『遺品整理』

遺品整理と言っても、トレーラーハウスの中にはそれ程の物はなかった。
南部博士の別荘の駐車場に牽引されて来たトレーラーハウスの整理を健達は進み出たのだが、レースのトロフィー類は博士の別荘に残る彼の部屋にあったし、後は作り付けのベッドや家具などで、運び出す物はなかった。
冷蔵庫の中の食材はジュンや竜が引き取った。
スパゲッティーなどの加工が必要な食品はジュンが、すぐに食べられる物は竜が貰う事にしたのだ。
室内は閑散としている。
シンプルな生活を送っていたのだと、改めて気づかされる。
数冊のカー雑誌が遺っていたが、全員で形見として分けた。
「綺麗にしていたのね。掃除も行き届いている。
 シーツまでマメに洗濯していたようだし」
ジュンが感慨深げに言った。
此処には洗濯機はない。
レースの時など、頻繁にコインランドリーに通っていたのだろう。
「もうこれ以上はこのままにしておきたいものだな。
 博士にはずっと此処に置いて貰えないか、お願いしてみよう」
「そうね…」
隠れクローゼットの中にある、洗剤の匂いのする『2番Tシャツ』を愛おしそうに抱き締めながら、ジュンが言った。
「このTシャツ、貰っては駄目かしら?」
「何枚かあるから、いいんじゃないかな?」
健は答えた。
「おらも欲しいぞい」
「おいらも」
結局、全員1枚ずつ貰う事にした。 替えはジョーが着ていた物を含めて丁度5枚あったのだ。
ジーンズはTシャツと違って、替えは1本しかなかった。
それは彼らも同様だった。
人数分ないので、その1本はテレサ婆さんに遺品として渡す事にした。
「もうこれ以上、整理のしようがないな」
健は狭いトレーラーハウスを見回した。
「家族写真もないのね…。可哀想なジョー……」
ジュンが涙を拭った。
「仕方ないさ。身体1つで博士に島から助け出されたんだから」
健はジュンの肩を叩いた。
「そうね……」
「お姉ちゃんだっておいらだって同じじゃないか」
甚平が言った。
健には幼い頃の写真がある。
竜には家族がいる。
「確かに私達ってそうだわね……」
「ジョーの兄貴、おいら達の事を羨ましかったって言ってたっけ。
 本当の姉弟のようでよ、ってさ……」
ジョーの最期の言葉が思い出されて、全員が黙り込んだ。
ジョーは健以外には1人ずつ遺言を告げたのだ。
「俺には、『最期まで説教のされっぱなしさ』だけだったぜ」
健が寂しそうに言った。
「健には言わなくても解る。そう思ったのね、ジョーは」
「そうなのかな?」
「そうよ…。でなければ、健にもきっちりと何かを告げたでしょう。
 でも、多分、『地球を頼むぜ』とかそんな事だったでしょうね。
 貴方には本部の入口を伝えた事で、全てを託したつもりだったのよ」
ジュンは皆が駆けつけるまでジョーの傍にいた。
だから、解る。
あの時間は辛いものだった。
「みんなを待っていた時、ジョーは譫言のように、健、健…って呟いていたのよ」
ジュンはまた涙した。
「見ているのが辛かったわ。
 もう弱り切って、血を喀いて、意識も朦朧としていたのに、健が来たらシャキっとしたのには驚いた」
「健には全てを託したから、その思いで充分、と思ったのよ」
「それにお姉ちゃんに言った言葉は、あれは兄貴への遺言でもあったに違いないよ」
甚平がにんまりとした。
子供の癖にませている。
「そうだわ。そうに違いないわさ」
竜も同意した。
「だから、兄貴は2つ遺言を聴いたのと同じ事だよ」
甚平が健の背中を思い切り叩いた。
子供にからかわれていると思ったが、健は怒らなかった。
「そうかもしれないな、ジュン」
「ええ。そうよ」
2人の親密度はジョーの死後、既に少しずつ進行しつつあった。
まだ、ジョーを失ったショックは抜けないが、その穴を埋めるかのように、お互い愛し合い始めている。
「ジョーの思いが通じたようで、おらもホッとしたぞい」
竜が甚平の肩を叩いた。
「腹が減ったんだが、店で何か喰わせてくれんかのう?」
「えっ?すぐに食べられるものを貰ったばかりだろ?」
「馬〜鹿っ!」
竜は甚平の頭を軽く叩(はた)いた。
甚平はその意図に気づいた。
「ああ、とびっきり上手い物を喰わせてやるよ」
甚平はわざと明るい声で言って、竜と一緒に先にトレーラーハウスを出た。

「ジョーにも恋と言う物をさせてやりたかったのう…」
竜が呟いた。
「ジョーの兄貴は、一番最初に突然結婚しそうなタイプだったよね」
「ああ、おらは最初からそう思っていたぞい。
 ジョーはあれで結構持てるからのう」
「でも、女の人の好みには煩かったかもよ。
 おいらが1度逢った事があるマリーンさんなんてお似合いのカップルだったのにな」
「事故で死んでしもうては、仕方ないわい」
「そうだね……」
「天国で2人、仲良くやってくれているといいのう」
「ジョーの兄貴はいつも言ってた。
 自分が死ぬ時は地獄に行くって。
 本当かなぁ、竜……」
「そんな事ねぇ。ジョーだって地球の為に働いて犠牲になったんだ」
「そうだよね。良かった。じゃあ、店に行こう。
 どうするの?竜。おいらのバギーに乗る気?」
「んだ。文句あるか?」
「ちょっと燃費が嵩むんだよね〜」
「煩いわい」
相変わらず歳の離れた友達コンビは健在だった。

残された健とジュンはまだジョーのトレーラーハウスにいた。
2人はまだ1度口づけを交わしただけの仲だった。
「ジョーのジュンに対する遺言は確かに俺にも向けたものだった。
 その意味は解っているつもりさ……」
健はいきなりジュンを抱きしめて、その唇を優しく貪ったが、それ以上の事はしなかった。
でも、ジュンにとってはそれだけで充分な甘い時間だった。
「ジョー、安心しろよ。俺達はこれから『恋愛』と言う物をするのだから。
 結婚まで勝手にお前に突っ走って貰っても困るぜ」
健が言った。
2人には青春がなさ過ぎた。
これから味わっても充分に間に合う。
まずは恋人同士の状態をのんびり楽しもう。
「ジョーのお陰さ。有難う」
健はそう呟くと、ジュンの背を押して出口の方に向かった。
2人とも大切そうにジョーのTシャツを抱えていた。


※この作品は、054◆『長い階段』 047◆『別離の前に』 とともにお読み戴くと良いかもしれません。
 その他にも、健とジュンの恋愛話が散りばめられている話があります。




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