『海が枯渇する恐怖(2)』

「待て!降りて来いっ!敵を知らずに修羅場に乗り込むようなものだ」
下から声がして、ジョーは思わず警戒しながら、下を見下ろした。
その相手の顔を見て、ジョーは先頭を行く健を手で合図して止めた。
「どう言う事だい?ヤブさんよ」
『ヤブ』とは豪華客船の事件で知り合った、国際警察の警部、藪原誠の事だった。
185cmの長身で73kg、柔道5段の猛者だ。
他にも武道をやっているらしい。
しかし、見かけは髪がさらさらとした、所謂爽やかな二枚目。
厳しい目つきがなかったら、とても刑事とは思えない風貌だった。
「俺達は国際警察の『ギャラクター特捜班』。俺は何故か警視に昇進させられ、此処のキャップになった」
「ほう、昇進おめでとう。でも今はそれどころじゃねぇ。油田が……」
「この油田は捨てろ、と今、アンダーソン長官からの指示が出た。
 南部博士からは何も言って来てはいないのか?」
ジョーは怪しいと思った。
藪原の偽者か?
そこに南部博士からの全員緊急呼び出しが掛かった。
『諸君。大変な事が解った。今はメカ鉄獣に近づくな。退避せよ。
 国際警察からのある情報がある』
「それは信じてもいいんですか?」
ジョーは思わず訊いた。
『信じていい。同じ情報が、ISOの情報部からも届いている』
「解りました。一旦引き上げます」
健が答える。
『私は海洋科学研究所にいる。
 そこにいる国際警察と共にそこへ来てくれたまえ』
「ラジャー」
事態は違う展開を見せて来た。
『ヤブ』が本物だと解ると、ジョーは彼とガシっと手を握り合わせた。
間違いない。この身体、この手は藪原だ。
「旧交を暖める暇はない。行くぞ」
藪原は既に一組織のキャップと呼ばれるリーダーだった。
科学忍者隊よりも人数が多い。
此処にいるのは10人だが、実際にはもっと多くの人間を率いているのであろう。
27歳のキャリア警視だ。
僅かな間に警部から警視に昇進していたとは、ジョーも驚いた。
あの事件を解決した事や、その他にも実績を積んでいたのだろう。
プロファイリングも得意としていると聴いた。

海洋科学研究所には、20分もあれば到着した。
部外者がいるから基地には呼ばなかったのだろう。
南部博士は珍しく外に出て待っていた。
「これは藪原警視。いつぞやはお世話になったそうで…」
ジョーはそんなに偉い人間なのか、と首を捻っている。
警察の階級から言えば、巡査、巡査長、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監と10階級あり、警視は下から6番目だ。
『27歳の警視』がどれ程のものであるのか、南部博士は簡単に説明した。
「ふ〜ん、とにかく偉いんだ〜」
甚平が呟いた。
藪原は警視を拝命すると共に、この『ギャラクター特捜班』のキャップにも任命されたと言う事だ。
「今度は実績を上げるのは難しいですよ」
ジョーはぶっきらぼうに言ったが、藪原は気にしなかった。
「俺の拘りは昇進にはない。今はギャラクターと言う組織だ」
「あんたは大丈夫だと思うが、部下達は大丈夫なのか?」
「ジョー、国際警察を舐めては行けない」
南部が慌てて止める程だった。
今まで事件の中で逢った国際警察には碌な者がいなかった。
ジョーはそれを鑑みて言っているのであるが、藪原の部下達は屈強な者が多かった。
「それで、突入をやめさせたのは、どう言う意味ですか?」
健が訊いた。
それは南部博士以外の全員が訊きたい事だった。
「奴らはメカ鉄獣のエネルギーとして油田を吸引しているだけではない。
 それを海にばら撒いて、地球の海を枯らそうとしている。
 あのメカ鉄獣は1機ではないのだ」
藪原の発言は衝撃的だった。
「そんな事は絶対に許せんぞいっ!」
海の男の息子である竜からは当然の言葉が発せられた。
「つまりは敵を空に誘き寄せて爆破するのが一番なのだが、奴らは飛べない。
 国連軍に吊り上げさせようかとも考えたが、それでは国連軍に殉職者が出るのは間違いない」
藪原が一気に言った。
「では、どうしろと?」
ジョーが右拳を左掌に音を立ててぶつけた時に南部博士が言った。
「ゴッドフェニックスの下部に触手を付けよう。
 それで1機ずつ持ち上げる」
「下部ではバードミサイルは使えません!」
健が叫んだ。
「特殊弾を作る。G−2号機だけ離れて、地上から狙うのだ」
「そんなに射程距離があって、威力がある物を作れるんですか?」
ジョーは気になる処を訊いた。
「今、国際科学技術庁が全力を賭して製造している。
 高い山脈に登って貰って、ガトリング砲から狙い落とすのだ。
 勿論、下に村落があるような場所は選べない」
「G−2号機を欠いたら、ゴッドフェニックスだってその力が激減しますよ」
ジョーは飽くまでもバードミサイルでやる事が出来ないのかと訊いているのだ。
その辺は南部博士にも解っている。
「だが、超バードミサイルは2発しかない。
 藪原警視の報告では、敵のゴジラ型メカ鉄獣は少なくとも5機はあると言う」
「何てこった……」
ジョーは頭を抱えた。
やるしかないのだ。
「あのメカ鉄獣の重さは?G−2号機を欠いたゴッドフェニックスに耐えられるんですか?」
「計算上は耐えられる。他に質問はあるかね?ジョー」
博士は話を打ち切りたいようだった。
忙しいのだろう。
「ジョー……」
健がジョーの肩を叩いた。
「やるしかあるまいな…。
 とにかくその特殊弾が出来上がるまで、俺達は指を咥えて見てろって事か!?」
ジョーの焦りは科学忍者隊全員の焦りでもあった。
「とにかくゴッドフェニックスを基地に戻して、待機しているしかあるまい」
健はジョーを諭した。
「焦るな。焦りは失態を生むぞ」
藪原はそう言い残すと、部下を下がらせた。
「ジョー、また逢えるといいな。お前さんの腕前をもっと見たいものだ」
「まあな…。その時が来れば幾らでも見せてやるぜ。
 あんたも張り切り過ぎて怪我をするなよ」
ジョーはニヤリと笑った。
ジョーと藪原の間には、2人の間にしか解らない友情が沸いた。
「では、国際警察は引き上げる。科学忍者隊の成功を祈る。
 作戦遂行の際に必要ならまた逢えるだろう」
「必要なのはどちらかと言えば、国連軍の方だろ?」
ジョーの悪態にも、藪原は全く怒った様子はなかった。
「では」
静かに部屋を出て行った。
「とにかく急いでゴッドフェニックスを基地へ戻そう。それが先決だ」
健が言った。
「解った!」
珍しく竜が一番最初に行動を起こした。

ゴッドフェニックスをメンテナンスに出してから、科学忍者隊は基地の中の展望カフェで待機していた。
健の分は仕方なく、ジョーとジュンが支払った。
「リーダーの威厳ゼロだな」
ジョーの皮肉にも健は屈しない。
「それにしても、あの藪原って人は凄いな。27歳で警視か」
と上手く話題を逸らした。
「ヤブならもっと上に行くぜ。あれでかなりの遣り手だ。
 出世など気にしていないのは本当だと思うが、周りが放ってはおかねぇ」
「でも、いい男だったわよね。警察官には見えなかったわ。
 所謂二枚目よね〜。眉目秀麗ってああ言う感じを言うのよね。
 短い髪がサラサラとしていて、爽やかだったわ〜。
 そこにいる『諸君』とは雰囲気が全然違う。
 まるで俳優さんみたいなイメージだったわ」
ジュンが少しうっとりとしたように言った。
「だが、あの眼つきは間違いなく警察官の眼だぜ」
ジョーがつまらなそうにコーヒーを啜った。


※豪華客船の事件は、ピピナナさんとのコラボ◆第三弾◆『Luxury Night』 をご参照下さい。
 すみません。薮原のイメージは、『ハンチョウ』と言う刑事ドラマの村雨部長刑事(36歳)です。
 キャリアではないのですが、なかなか出来る刑事さんです。




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