『海が枯渇する恐怖(5)』

サラジン国の油田を襲った敵のメカ鉄獣はジョーの腕によって無事に破壊された。
彼の射撃の腕がなければ、こなせない技だった。
藪原はそれを見ていて、長嘆息を漏らした。
「さすがはジョーだ。やってくれた」
しかし、彼にはホッとしている暇はなかった。
既に次のプロファイリングを進めている。
サラサラとした前髪が額に掛かるのを、手で押し上げるようにして、彼は考え込んだ。
「キャップ。取り敢えず全員帰庁して宜しいですか?」
1つ下の階級の警部が、話し掛けて来た。
「ああ、そうしてくれ。俺は南部博士と通信してから戻る」
そう言うと、藪原は国際警察の覆面車に戻った。
彼には1台与えられていた。
運転手付きの身分だ。
運転手には、少し席を外すように指示をした。
『ああ、藪原警視。貴方のプロファイリングでは、次のターゲットは算出されましたかな?』
南部博士はすぐに呼び出しに応じた。
「アグリカ地方の砂漠にある油田と、サバーラ国の油田のどちらかと踏んでいますが…、もしかしたら同時に出るかもしれません。
 奴らは科学忍者隊を翻弄したいのです」
『成る程。ジョー程の射手を、となれば国連軍の手を借りなければならない。
 それに、G−2号機並みの威力があるガトリング砲若しくはバズーカ砲に対応した特殊弾を作らなければ……』
「それにどの位の時間が必要です?次の攻撃は24時間後だと思われます」
藪原が眉目秀麗な顔を顰(しか)めた。
『原理は解っている。後は入れ物を作れば良いのだ。
 時間には間に合わせよう』
「国連軍と言えば、噂の国連軍選抜射撃部隊ですか?」
『そう言う事になるだろう。
 失礼だが、さすがに拳銃やライフルなどを扱うあなた方国際警察でも、バズーカ砲は無理でしょう』
「確かに。悔しいが止むを得ません」
『いや、貴方のプロファイリングは大いに役に立っている。では』
南部博士は忙しそうに無線を切った。
博士は藪原のプロファイリングの根拠も訊かなかった。
それだけ信用してくれているのか、若しくは博士自身も同じ結論に達しているかどちらかだろう。
天才博士は、自分の考えが正しいかどうかを、藪原の意見を聴いて確認しているだけなのかもしれない。
藪原は急にそんな考えに支配された。
敵わない。
南部博士にも、科学忍者隊にも。
国際警察はギャラクターに対抗するには、軍事力がなさ過ぎるのだ。
藪原はそれを思い知らされただけだった。
せめて敵のメカ鉄獣の内部に入り込む事が出来たら、肉弾戦で活躍してやるのに…、と歯噛みをする思いで、メカ鉄獣の残骸を車の中から振り返り、そして同じ警察官である運転手を呼んだ。

ジョーはゴッドフェニックスに戻り、一息ついていた。
この作戦は緊張する値するものだ。
まだ4体も敵が残っている。
その全てが彼の腕に掛かっている。
しかし、今傍受していた南部博士と藪原の通信によると、どうやら事情が変わって来そうだ。
自分だけではなく、レニック中佐やマカラン少佐が参入して来る事になるのか。
それはそれで頭が痛い。
ジョーは未だにレニックが苦手だった。
大分打ち解けては来たものの、レニックの馴れ馴れしい態度が気に喰わなかった。
だが、メカ鉄獣が同時に出て来る可能性があるとなっては、そんな事は言ってはいられない。
ジョーと言う存在は1人しかいないのだ。
「ジョー。国連軍に任せるのもいいじゃないか?
 レニック中佐ならやってくれるだろう。
 科学忍者隊だけでは手に負えないんだ。
 仕方がない…」
健が呟くように言った。
「そんな事ぁ解っている。別に拗ねる気持ちはねぇから心配すんな」
ジョーは何かに苛立っていた。
その『何か』の正体が解らない。
「何かよ、敵に対して違和感があるんだ。
 それが何だか解らねぇ……」
ジョーは腕を組み、長い脚を組み、二の腕で指をとんとんと動かしていた。
その態度だけで、彼がイライラしている事は充分に解った。
「ジョーの兄貴のイライラの理由が解るまでにメカ鉄獣が来てしまわないといいね」
甚平が言った。
「探し出す。それまでには絶対にな」
ジョーは強い意志を感じさせる眼で甚平を睨み付けるようにしながら言った。
甚平は少し萎縮したが、別に気にする様子はなかった。
ジョーのこんな態度には慣れている。
「とにかく基地に戻ろう。何か解るかもしれん」
健がそう言い、ゴッドフェニックスは三日月基地へと機首を向けた。
「竜、尾行が尾いていねぇか、充分に気をつけろ」
ジョーが呟いた。
やはり何かを考え込んでいた。

「何か根本的に間違っている気がする。
 ヤブのプロファイリングが示す七つの海を枯渇させる作戦……。
 やけにあっさりとやられた最初のゴジラ型メカ鉄獣……。
 どうしても頭が纏まらねぇんだが、何かが変だと俺の勘がそう告げている」
基地に戻って、また司令室で待機している間にジョーが言った。
「充分手応えはあったと思うがのう…」
竜が呟いた。
「確かに敵が狙っているのは、海に近い油田だ。
 だが、メカ鉄獣を5体も用意して、何故最初から5箇所を同時に襲わない?
 変だと思わねぇか?!」
「藪原警視のプロファイリングに何か見落としがあると?」
健が訊いた。
「ヤブにケチを付ける気はねぇんだが、どうも気になる……」
「ジョーの勘も反古には出来ないからな」
健は立ち上がった。
「博士の処に行って、話してみる」
「いや、行ってもしょうがねぇ。
 博士は自分の見通しがヤブのプロファイリングと一致した事で、ヤブを信用している。
 此処で俺がゴタゴタ言っている事を聴かせても仕方がねぇ」
ジョーは全てを見通していた。
南部博士が藪原を信用している理由も解っていたのだ。
「では、南部博士も何かを見落としていると言うのか?」
健が怪訝そうな顔をした。
有能な指揮官でもあり、科学者でもある南部博士に間違いなどあるのだろうか?
「博士は現場に行く訳じゃねぇ。入って来る情報だけで動いている」
ジョーの言わんとする事は、科学忍者隊の他のメンバーにも伝わった。
「俺の違和感は…、恐らく敵の今回の作戦が囮なんじゃねぇか、って事だ。
 ゴジラ型メカ鉄獣よりも、他に眼を向けなけりゃならねぇ事があるような気がする……」
「そんな雲を掴むような事を言われてものう……」
竜が困ったような顔をした。
「地球の七つの海が枯渇する。
 そこへ人々の恐怖を引いておいて、何か別な事を……。
 それが何か、と言われたら、俺にだって解らねぇ。
 今回の敵のメカ鉄獣は、アラボア王国の油田のエネルギーを吸収してパワーアップしていた筈だ。
 だが、余りにもあっさりとゴッドフェニックスとG−2号機にやられた。
 どうしてもそこが引っ掛かる」
「ジョーが言っている事は良く解った。
 俺達も今までの事を筋道を立てて整理し、良く考えてみよう」
健が言った。
「その前に、おらは腹が減ったのう……」
「おいらも!」
「おめぇら、全くしょうがねぇなぁ…」
「時間は限られている。手早く食事を済ませよう」
健がジョーの肩を叩いた。
展望レストランに行く4人の後ろを歩きながらも、ジョーはまだ何かを考え込んでいた。
何か不吉な予感がしてならなかった。
これから全く別の事件が起こると言う妙な危機感を覚えていた。
敵の作戦は、ゴッドフェニックスを潰す事にあるのではないか、と、ジョーは密かに考え始めていたのである。




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