『海が枯渇する恐怖(9)』

巨大な亀のような大男が現われ、ジョーはそれに対峙した。
緊張感溢れる一瞬だ。
敵が動き始める。
その凄い装甲の腕が風を切って、ジョーを襲って来た。
ジョーは身を翻してそれを避けたが、なかなかどうして敵のスピードは早い。
左肩に打撃を受けた。
どうやら骨折したようだ。
激しい痛みが走った。
「大丈夫?ジョーの兄貴?」
「肩を骨折しただけだ。心配するな」
「だって、バードスタイルから骨が飛び出ているよ!」
甚平に言われるまで気付かなかった。
折れた骨が、肩を突き破って外に飛び出ている。
そこから血がボタボタと溢れている。 「なぁに、気にするな。こんなのは怪我の内には入らねぇ。
 だが、凄い威力だ。
 やはり俺の身体を囮にするしかねぇか…」
ジョーは一瞬の内に自分を此処までにして隊長に畏敬の念を抱いた。
「なかなかやるじゃねぇか…。
 だが、やられたままにしておく訳には…行かねぇんだよっ!」
最後の声が一際大きく、敵の隊長にぶつけられた。
左肩の痛みは激しかった。
骨がバードスタイルを突き破る程の衝撃をたったの一撃で喰らったのだ。
ジョーのプライドがそれを許さなかった。
「ジョーの兄貴、兄貴達が来るまで待とうよ」
「いや、時間がねぇ……。
 いつエネルギー炉に何かが起こるか解らねぇ。
 一刻も早く辿り着かなければよ」
「それは解るけど……」
甚平が心配そうにジョーの顔を見上げた。
見る見る内に顔色が蒼褪めて行くのが、甚平にも解った。
「ジョーの兄貴……」
甚平は泣き出しそうになった。
「馬鹿野郎。死にゃあしねぇよ」 ジョーはそう言い残して、「たあっ!」と敵の隊長に向かって走り込んだ。
敵の懐に入ってしまう事にしたのだ。
他に勝ち目はない。
羽根手裏剣をしっかり3本、唇に咥えていた。
敵は自分の身体の重さを利用して、自分よりも5分の1しか体重のないジョーに圧し掛かって来た。
「ジョーの兄貴が潰れちゃうよ〜!」
甚平が悲鳴を上げながら、アメリカンクラッカーを投げ、敵の首に巻きつけた。
しかし、ビクともしなかった。
甚平に向かって石の礫のような物が投げられた。
甚平は上手くそれを摺り抜けて避ける事が出来た。
心配なのは、敵に下に入り込んだジョーの事だった。
「ジョーの兄貴、大丈夫かなぁ?」
300kgの下敷きになっているのだ。
60kgしかないジョーに耐えられるとは甚平には思えなかった。
しかし、装甲が厚い敵にも弱点があった。
動きが取りづらいのだ。
そして、身体に隙間も出来る。
ジョーは抑え込まれたと見せ掛けて、その隙間で自由に動く事が出来た。
(まずは喉元だ…。そうすれば暴れ出して攻撃しやすくなるだろう…)
そう踏んだジョーは、敵の身体によって作られた暗闇の中でヒュッと右手を動かした。
それだけで充分だった。
ジョーは敵の喉元に見事に羽根手裏剣を必中させたのである。
「う…うおっ…!」
敵のガメラ隊長が急に立ち上がり、苦しみ始めた。
「ジョーの兄貴、やったか?!」
甚平が見守る中、ジョーの姿がちらほらと見えて来た。
生きている。
ジョーは左肩の傷からボタボタと血を流していたが、案外元気だった。
「甚平、まだ終わりじゃねぇぜ!」
ジョーはそう言うと、敵の身体の下から両眼を羽根手裏剣で射抜き、更にその身体を軽々と飛び越えて後方から羽根手裏剣を放った。
頑丈な覆面の後頭部、僅か数ミリしかない隙間に羽根手裏剣が刺さった。
丁度急所に当たる部分だった。
巨大な身体がもんどり打って倒れた。
ほんの僅かな時間の事だったが、甚平には1時間ぐらいの事に感じられた。
ジョーはふらりと甚平の方にやって来て、エアガンのキットをバーナーに取り替えた。
扉に穴を空けようと言うのだ。
「ジョーの兄貴、おいらがやろうか?」
甚平はジョーの傷を心配して言ったのだが、ジョーはそれを承知の上で断った。
「こいつは俺にしか取り扱えねぇ」
そう言った自負がジョーを突き動かしていた。
敵の隊長を斃す事も、この先の通路を確保する事も、彼にとっては、同次元の事だった。
「ジョー!」
健とジュンが駆けつけた。
「こいつが手強くてな。ちょっとした不覚を受けた。
 だが、大丈夫だ。心配はするな」
ジョーは一言でその事を片付け、健達に何も言わせないようにした。
「でも、止血は必要よ」
「此処には止血帯はねぇ。それよりも任務を急ぐ事だ」
「ジョーの言う通りだ。此処は先に進む事だけを考えよう」
健はジョーを気遣うように見てから、扉の穴が空いて行く状況をじっと見つめた。
やがて、バーナーは円を描き、ジョーはその部分を拳で叩き込んだ。
左肩に少々響いたが、大した事はない。
固定具がない代わりに左腕を動かさなければいい。
彼は密かに訓練室でそう言った訓練も行なっていたから、別に堪えはしなかった。
ただ、痛みと失血が時折意識を浚いそうになるだけだ。
それをジョーは意志の力で堪えている。
若い体力は怪我にも動じない。
ジョーはこのまま行けそうだと確信した。
「ジョー、ゴッドフェニックスに戻るか?」
健が訊いたが、ジョーはそれを一蹴した。
「冗談じゃねぇや。此処まで来て帰る訳には行かねぇぜ。
 此処まで来れたのは俺の功績だろ?」
ジョーはわざと強がって見せた。
「それはそうだが…。まあいい。調子が悪そうなら無理にでも下がらせる。いいな?」
健が強い口調で言った。
「解ったよ……」
全く解っていないような口調で、ジョーは答えた。
全員がジョーが空けた穴を通ってその先の特別区域へと入った。
「何だか今までと通路の雰囲気が違うわね」
「如何にも危険区域って感じじゃん」
ジュンと甚平が呟いた。
「ジョー、大丈夫か?!」
健の声に2人は我に返った。
ジョーの肩から大量の出血があり、ボタボタと音を立てて血が零れたのだ。
暗くて顔色は見えないが、恐らくは真っ青になっている事だろう。
だがジョーの声音はしっかりしていた。
「大丈夫だと言ったろう」
それはそれ以上の質問を絶つ、と言った意志に溢れた答えだった。
健は黙って頷いた。
それより先を急がなければならない。
「信号弾を焚くか?」
ジョーは暗闇に慣れる訓練を積んでいたが、ジュンと甚平はまだそれ程その訓練が進んでいるとは言えなかった。
「いや、派手な行動は控えよう」
健の言葉にジョーは頷いた。
「それもそうだな」
遠くから不気味な音が聴こえ始めた。
ウィーン、ガタっ、と言う感じの音だ。
「エネルギー炉だな」
健がジョーに目線をやった。
「ああ、そのようだな」
「爆破はジュンと甚平に任せる。
 俺達は警護している連中をやろうと思うが、ジョー、本当に大丈夫なんだな?」
「何度も言わせるな。俺はしつこい奴が一番嫌いなんだぜ」
ジョーは冷たく答えた。
いつものジョーだ、と健も納得したのだろう。
先に進み始めた。




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