『海が枯渇する恐怖(10)/終章』

果たしてそこはエネルギー炉だった。
警護の者も防御服を来て、ガスマスクのような物を被っていた。
「あれなら視界が遮られるな…」
ジョーが呟いた。
「こっちにはチャンスだと言える。
 ジュン、甚平。危険な任務だ。充分気をつけろ」
「ラジャー」
こうして4人は二手に別れた。
健とジョーは慎重に進んで行く。
2人とも武器は手の中だ。
ジョーは羽根手裏剣も唇に咥えている。
いざとなればエアガンを持ったままでも飛ばす事が出来る。
そう言った訓練を彼は黙々と1人でこなして来たのだ。
左肩の骨折は身体に響いたが、此処は耐え忍ぶしかない。
戦力はこれ以上、割けないのだ。
エネルギー炉の爆破作業にはどうしても2人は必要だ。
見た処、相当大きな塔が立っている。
ピラミッドの上に長い煙突のような塔が何本も立っていて、その上に丸い輪がそれらの塔を束ねている。
これだけ大規模なエネルギー炉が入る程、大きい飛行空母なのだ。
とにかくこれを何とかしなければ、この飛行空母はゴッドフェニックスを潰した上に、藪原のプロファイリングにあったように、七つの海を枯渇させる準備に入るだろう。
それだけは阻止しなければならなかった。
藪原は決して間違っていたのではない。
途中の材料が抜けていたので、廻り道しただけだったのだ。
今はジョーもその事に気づいている。
さすがは国際警察で27歳の若さで警視まで上り詰めた男だと、ジョーは思った。
「ジョー、行くぜ」
「おうっ!」
健とジョーは阿吽の呼吸でエネルギー炉の警護をしている連中に飛び掛かった。
傷口が疼く。
出血も増して来た。
だが、ジョーは顔色ひとつ変えずに闘っていた。
健が彼の負傷を忘れる程の活躍振りだった。
エアガンで敵を威嚇し、羽根手裏剣がピシュッと鋭い音を立てて飛ぶ。
必ずその先には敵兵が喉笛や後ろ首を射抜かれて倒れている。
ジョーは怪我をしているとは思えないスピードでシュッと影になり、意外な場所の敵を足蹴にしている。
肉弾戦は控えた方が良いのだろうが、こう言う時には血が騒ぐのだろう。
敵に重い膝蹴りを与えておいて、ジョーはくるりと回転した。
長い脚を翻し、敵兵の首に掛けてそのまま床に叩き落とした。
これは効果がある。
敵は当分意識を戻す事はないだろう。
ジョーのキックで打撃を受けて、そのまま床に叩き付けられているのだ。
重い脳震盪に掛かっているに違いない。
そのまま彼は止まる事を知らない。
回転すると彼の左肩から激しく血が飛び散ったが、全く気にしている様子はなく、普段通りに闘っている。
普段と違う事と言えば、左腕を使っていない事ぐらいだ。
だが、彼はそう言った状況も考慮して訓練を重ねて来たので、充分過ぎる程こうして闘う事が出来るのである。
ただ、敵に彼が手負いである事は知られてしまった。
マントで出来るだけ隠してはいたが、血が飛び散っている。
敵はジョーを中心に狙いを付け始めた。
それに気づいた健が「バードランっ!」と叫び、敵を威嚇する。
「健、余計な心配をするな。大丈夫だ」
ジョーは低い声でそう言い、無茶としか思えない行動に出た。
健の上を飛び越えるようにして、その反対側にいる敵に立て続けに体当たりしたのだ。
勿論右肩から行ってはいるが、その勢いで敵が多数倒れた。
そのままエアガンの三日月型キットで、敵の顎を打ち砕いて行く。
そして、エアガンを持ったままに右手で唇に咥えた羽根手裏剣を飛ばす。
何とも器用な男である。
健とジョーが善戦している間に、ジュン達の作業が終わった。
「健、終わったわ。退避しましょう」
「よし、全員退避!」
健が叫んだ。
ジョーは少し力が抜けたのか、一瞬ぐらりとした。
「ジョー、大丈夫か?走れるか?」
「ああ、問題ねぇ。心配するなって!」
ジョーは存外元気な声を出し、健に遅れずに走り始めた。
血が点々と飛び散っているのを見ながら後ろを走るジュンと甚平は気が気ではなかったが、ジョーが倒れるような気配はなく、ホッとしていた。
「竜、ゴッドフェニックスを飛行空母に近づけろ!」
『ラジャー!』
4人は最初に入り込んだ通風孔から抜け出して、激しいスピードで飛んでいる飛行空母の外に出た。
『これはゴッドフェニックスのスピードじゃ追い付けんぞいっ!』
竜が悲鳴のような声を上げた。
「落ち着け。爆発が始まればスピードは落ちる」
ジョーがしっかりとした声音で言った。
傷は重傷だが、重篤ではないらしい。
健は横に立ちながら、心から彼の無事を喜んでいた。
手強い敵の隊長を1人で倒した代償だった。

科学忍者隊は速やかに基地に戻り、ジョーは傷の手当を受けた。
簡単な手術が必要だったが、添え木を当てて、起きて動き回る事は出来た。
「諸君、ご苦労だった。国際警察の藪原警視が諸君に逢いたいと言っている。
 手数を掛けるが国際科学技術庁へバードスタイルで行ってくれたまえ」
「解りました。博士は行かれないのですか?」
健が訊いた。
「私が行かなくては君達は中には入れないだろうからな。
 既に長々と彼と通信したのだが、行く事にしよう。
 今回の事件で彼の実績にはまた1つ箔が付いたと言えるだろう」
約束の刻限に南部博士が車を2台出してくれた。
南部博士の車には健とジョーが同乗し、他の3人は後続の車に乗車した。
「ジョーはまた無茶をしたのかね?」
南部が呟くように言った。
「あの状況では傷を受けた事は仕方がなかったと言えます。
 でも俺から言わせれば、その後の行動は無茶でしたね」
健が笑いながら言った。
「余り無茶をして仲間達や私を心配させるものではない」
南部は憂い顔で呟いた。
「申し訳ありませんでした…」
ジョーは丁重になった。
国際科学技術庁では南部が指定した部屋で藪原が待っていた。
5人はその部屋の前室でバードスタイルに変身した。
部屋に入ると藪原は申し訳なさそうに立ち上がった。
「この度は我々の情報不足の為、科学忍者隊を振り回すような事になり、申し訳ありませんでした」
藪原が長身を綺麗なフォームで折った。
ジョーよりは体格がいいが、身長は同じだ。
さらりとした髪が下に下りた。
「頭を上げて下さい。藪原警視」
そう言ったのは南部ではなく、ジョーだった。
「貴方のプロファイリングは情報さえ正しければ間違ってはいなかった。
 ギャラクターはゴッドフェニックスを潰した後、確実に地球の海を枯らす計画に出た筈だ。
 恐ろしい作戦だった。
 それを喰い止める事が出来たのは、あんたの功績だと、俺は思う」
ジョーはそれだけ言うと、そっぽを向いた。
藪原が爽やかに笑った。
まるでモデルのようなスマートさだ。
「ジョー。君からそんな言葉が聴けるとは思わなかった…」
「俺はジョーじゃねぇ。科学忍者隊G−2号だ」
ジョーはまだ白を切っていた。
藪原はまた笑った。
「そうだったな。有難う。科学忍者隊G−2号。
 そして、南部博士に科学忍者隊の皆さん。
 俺はこれから更にギャラクターの情報を集め、データ化して行くつもりです。
 南部博士のお役に立てれば良いのですが……」
「君は充分に役に立ちましたよ。
 今回の事件で国際警察の中での評価も上がった筈だ。
 君の上司には私から直々に礼を言っておいた」
南部が両手を出して、藪原の手を握った。
「有難うございます。身に余る光栄です」
藪原はすっかり恐縮していた。
「科学忍者隊にも休息を与えなければなりません。
 申し訳ないがこれにて失礼」
南部が話を切り上げた。
「ジョ、いや、G−2号。怪我の回復が早い事を祈っている」
藪原の声を背中で聴いて、ジョーは(ヤブ、ありがとよ…)と心の中で呟いていた。




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