『腐食ウイルス〜後日談』

ジョーはその後、一進一退を繰り返しながら、何とかベッドをギャッジアップして座っていられるまでには回復していた。
しかし、まだ酸素マスクは取れていない。
「ジョーの兄貴、痩せちゃったね…」
見舞いに来た甚平が思わず呟いた。
「仕方が、ねぇだろ…。一番やら、れていた、のが、肺と胃だっ、たんだ…」
まだ息切れがするので、まともに話す事が出来なかった。
「ジョーの兄貴、まさか無茶な事はしていないよね?」
「まさか…、療養に、専念している、さ…。
 1日も早く、第一線、に復帰した、いからな……」
「それならいいけど。おいら差し入れを作って来たんだ。
 此処に置いておくから食べて。
 そのままにしておいちゃ駄目だよ。
 看護師さんに言っておくから…」
「わ、かった、よ……」
「とにかく任務はおいら達に任せて、ゆっくり休んでよ」
甚平は細い腕で力瘤を作って見せた。
「頼りねぇ、腕をして、やがる、ぜ……」
ジョーはフッと笑った。
実はICUから出て個室に移ってから、ジョーは夜中に看護師が来ない時間帯がある事を計り知って、酸素マスクを外してこっそり抜け出し、訓練室に出向いていた。
初日は辿り着くまでに何度も座り込んだ。
人気がなくて助かったが、誰かに見られればすぐに病室へ逆戻りだ。
訓練の最中には、血も喀いた。
それでも、続けざるを得なかった。
彼の焦りがその行動を取らせていた。
甚平はジュンから病室に長居をしないようにキツく言われていた。
店の営業の事ではない。
ジョーの体力を憂慮しての事である。
「兄貴が心配してるよ。
 任務でなかなか来れないからさ。
 じゃあ、おいらも帰るね。
 また来るよ」
「ああ……」
甚平は早々に病室を辞した。

翌日はジュンがやって来た。
「お花を持って来たわ。
 この病室は殺風景だから」
「すま、ねぇな……」
「相変わらず息が苦しそうね。
 背中を摩って上げましょうか?」
「いや、いい……」
ジュンは構わずにジョーの背中に手を差し入れ、そのゴツゴツとした感触に思わず手を止めてしまった。
「だから、いい、って、言ったの、によ…」
ジョーは不貞腐れてベッドのギャッジアップを元に戻してしまった。
「ジョー……。甚平に痩せたとは聴いていたけれど、これ程までとは思わなかったわ…」
ジュンはショックを隠せないでいた。
「でぇ丈夫さ。大人しく、していれば、その内、良くなる……」
「貴方は重症患者だったのよ。
 無理はしないでね」
ジュンは心配そうにジョーの顔を見てから帰って行った。

それから数時間後、竜がやって来た。
「お前、飯を食わんのじゃって?
 勿体ない事をするのう」
「おめぇに、やっても、いいぜ……」
「馬鹿を言うな。おらが食べてもジョーが元気になる訳じゃないわい。
 それにしても日を追って薄紙を剥ぐように良くなって行くのかと思っていたが、全然良くなっていないのう。
 まさか夜中に訓練なんかしていないだろうな?」
「そんな、元気は、ねぇぜ……」
「それならいいんだけんどよ。健が心配しとるわ」
「俺が、いなくて…忙しくし、てるか?」
「まあ、リーダーじゃからのう。
 ただ、ギャラクターは幸いにして出て来ていないから安心するといいぞい」
「だが、いつ出、て来るか…、解ら、ねぇだろう」
「その時はその時。おら達だけで何とかするわさ」
「そう、は、行かねぇ。早く、戻らねぇと……」
「焦るなって、ジョー。とにかくちゃんと療養してくれや。
 おらも心配でたまらんぞい」
「解っ、てる、ぜ…」
「元気がないのう。やっぱり心配だわ。
 とにかく無理はしなさんなよ」
竜はそう言って帰った。

その夜。ジョーは動き出した。
点滴が日中だけになった事を幸いに、個室に移ってから毎日訓練室に通っている。
まだバードスタイルにはなっていないが、少しずつ身体を馴らして行きたい処だ。
途中1回ふらりとしたが、訓練室に無事に到着し、上の制御室で明かりを付けた。
その時、下の訓練室に4つの鳥の影が見えた。
「あ、やっぱりだ!ジョーの兄貴!」
甚平の声に思わず肩を竦めた。
そして、壁にふらりと寄り掛かり、肩で息をした。
健達が上がって来た。
「そんな状態で良く訓練室までやって来たものだな。
 いつから来ていた?
 さっき古い血の跡を見つけたぞ」
バードスタイルの健が怖い顔で言った。
「いや…昨日、から…」
「そんなに息が切れているのに、訓練なんかしているのでは、日中元気がないのは当然だな」
健の眼が険しかった。
「バードスタイルになってみろ」
唐突に彼は言った。
ジョーは驚いた。
「驚いた処を見ると、まだバードスタイルでの訓練はしていないようだな。
 バードスタイルになってみろ。
 3600フルメガヘルツの高周波に耐えられるのか見届けてやる」
「やって、やろうじゃねぇか。見てろよ……」
ジョーは左腕を持ち上げた。
「バード・ゴー!」
彼は虹色に包まれ、バードスタイルに変身した。
バードスーツの上からでも、痩せたのが眼に見えて解る。
訓練によって、辛うじて筋肉は保持しているようだ。
「ジョー。どこまでやれるか俺に見せてみろ。
 その様子によっては、俺が南部博士に日中堂々と訓練出来るように進言してやる」
「健!そんな事を言っていいの?」
「いいんだ。ジョーが望んでいる事なのだから。
 どうせ止めても、また夜中に忍び込む」
「やって、やるから、見ていろよ」
ジョーは下の訓練室へと走り降りた。
「あ、ジョー!そんなに走ったら…」
ジュンが心配して止める程素早い動きだった。
そこへ南部博士が入って来た。
「すみません。博士、俺の独断です」
健が言った。
しかし、博士は全てを解っていた。
「どうせこんな事だろうと思っていた。
 あのジョーが病室で大人しくしている訳がない」
「でも、博士、見て下さい。
 あのキレのある動きを。
 バードスタイルになった途端に動きが変わりました。
 あいつは昨日まで生身で訓練していたようです。
 その成果が出ているとは思いませんか?」
確かにジョーの動きは、ロボットの攻撃を見事に交わしている。
自分が攻撃に転じて、1体ずつ物にしていた。
「解った。日中の訓練を許可しよう。
 午前と午後に2時間ずつ。
 それ以上は許可出来ん。
 まだ点滴があるのでな」
「博士、有難うございます!」
健が頭を下げた。
「後15分したら、プログラムを止めてやりなさい。
 ジョーは日中も余り寝てはいないようだ、。
 それではあれだけ息切れもする事だろう。
 明日から睡眠薬を処方して、夜はしっかり眠らせる事にする」
博士はそう言うと、くるりと背中を向けて制御室を出て行った。
健はまだ蒼白な顔色をしているジョーを見つめた。
「何とか食事を摂らせないと行かんな」
「病院食が嫌なら、おいらが毎日作って運んでもいいよ。
 ジョーの兄貴があんなに頑張っているんだもん。
 おいらだって応援したいよ」
「頼む、甚平」
こうして、ジョーはその1週間後に病室から解放された。
そして、前にも増しての活躍振りを見せるのだった。




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