『ジョーの笑顔の為に』

「あ、ジョーの兄貴。また優勝したのかい?」
スナックジュンの扉を潜ったジョーに甚平から声が掛かった。
「お、まだ準備中だったか?」
「違うよ。お姉ちゃんがちょっと出掛けてるだけだよ」
「そうか…」
ジョーは大きな花束を抱えていた。
「どれ、俺が活けてやる。そこの花瓶を寄越しな」
スナックジュンにある花瓶は、ジョーがジュンに買ってやったものである。
レースで優勝する度に彼が花束を持って来るのだが、それに見合う花瓶がないと言ったジュンに、ジョーが買って来て上げたのだ。
センスの良い流線形の花瓶の中身を甚平に捨てさせ、ジョーはカウンターの中に入った。
「花を活ける時にはな。水の中で斜めに切ってやると水揚げがいいんだ」
「ジョーの兄貴、良くそんな事を知ってるね」
「まあな」
ジョーは器用に花を活けた。
「綺麗だね〜。お姉ちゃんよりもずっと見栄えがするよ」
「そんな事を言っていいのか?甚平」
ジョーがニヤリとして言った時、既にジュンは裏から戻って来ていた。
ジョーはその気配に気づいていたのである。
「まあ!甚平ったら!今夜のご飯は抜きよ!」
ジュンの金切り声が上がった。
「そのご飯を作るのはおいらですけど」
ジョーはその仲の良い2人を見つめてクックッと笑っていた。
「それより、ジョー。今日もおめでとうを言わなくちゃね。
 甚平、綺麗に花を飾り付けたじゃない」
「おいらじゃないよ。ジョーだよ、これをやったのは」
「あら!意外だわ。ジョーにこんなセンスがあったとは…」
「悪かったな。俺らしくなくてよ」
「ごめんなさい。貴方と花ってどうも結びつかなくて……」
「そうかい。意外に花を育てるのは嫌いじゃねぇんだ。
 トレーラーハウス暮らしだから、何もしてないだけさ。
 博士の別荘には、子供の頃作った花壇が今もあるぜ」
「へぇ〜。知らなかったわ」
「それより何か喰わしてくれ」
ジョーはお腹が空いていた事を思い出した。
サーキット場から食事も摂らずに此処に直行したのだ。
「今日のお勧めのパスタは何だ?それでいい」
「紫蘇のジェノベーゼはどう?」
「紫蘇か…。変わってるな。それでいい」
「じゃあ、早速作るから待っててよ」
甚平はいそいそと料理に取り掛かった。
むきえび、シソ、ニンニクをみじん切りにして行く。
フライパンに火を点けない内に、オリーブオイルとニンニク、鷹の爪を入れて弱火で焦げないように香りを付け始めた。
「うん、いい香りだな…」
ジョーは香りを楽しんだ。
甚平はその中に海老を入れて炒めた。
そして軽く塩・胡椒を振る。
海老に火が通った処で、別に茹でたパスタと紫蘇、塩を入れ、甚平はそこに麺の茹で汁を少々足して混ぜ合わせた。
「出来たよ」
皿に盛り合わせて、粉チーズを振って完成だ。
ジョーはその過程をじっと見詰めていた。
「甚平は料理の天才だな。自分で覚えたのか?」
「前にジョーが連れて行ってくれたイタリア料理店のパスタを応用したのさ」
甚平はジョーに褒められた事が嬉しかったらしい。
「いい味が出てると思うよ。お客さんにも好評なんだ」
「そうか…。早速戴くとするかな?」
お腹がグーと鳴りそうだった。
「ちょっと多めにしておいたよ。ジョーの兄貴は痩せ過ぎだからね」
「余計なお世話だ」
「でも、身体測定で低体重って出たのはジョーだけよ」
「構うもんか。今がベスト体重なんだ。竜みてぇに太ってみろ!
 今のようには働けなくなるぜ」
「全く、極端ね〜。ジョーったら」
ジュンは甚平と顔を見合わせて笑った。
「5kgぐらいは太っても問題なくってよ」
「それでも痩せ過ぎだと思うよ」
さっき喧嘩し掛かった2人がもうタッグを組んでいた。
ジョーはまた笑い出した。
「おめぇら、本当に仲がいいのな」
「あら、そうかしら?」
「忘れているのなら、そりゃ結構だ」
ジョーは更に笑った。
「変なジョー」
「でも、ジョーが笑ってるの久し振りに見た気がするよ」
「そうね」
「俺が笑ったら悪いか?」
「そんな事言ってなくてよ、ジョー。
 笑うのは精神衛生上、とても大切な事よ。
 私達、嬉しいのよ」
「ふ〜ん…。それにしてもこのパスタ、うめぇな」
ジョーは美味しそうに平らげた。
甚平がこっそりいつものジョーが食べる量の1.5倍にしていたにも関わらず、である。
「食欲もあるじゃん。いい事尽くしだね。お姉ちゃん」
「ホント。これでなくちゃね。18歳の若者なんだから」
「何だよ、俺が年寄り臭いって言うのか?」
「そうじゃないけれど、若々しくていいわ」
「何だか、変な気分だぜ……」
ジョーは食べ終わると紙おしぼりで口元を拭いた。
「本当に美味かった。甚平ありがとうよ」
「ありがとうはこっちの台詞じゃん。ジョーはお客さんなんだから」
ジョーはその言葉を聴いて小銭入れを取り出した。
「ご馳走さん」
「あら、デザートは?」
「もう入らねぇ。食べ過ぎたみてぇだ。
 甚平、竜並みに作っただろ?」
「あれぇ?おかしいなぁ。竜の半分にしたんだけどな」
「あいつ3人前も喰ってるのかよ!?」
ジョーは呆れて苦笑した。
平和な1日になりそうだ。
甚平はそう思った。
ジョーの笑顔をこんなに見られたのだから。
サーキットではこんな笑顔を仲間達に見せているのだろうか。
ちょっと妬いてみたくなる。
でも、今日のジョーの笑顔で救われた気がした。
ジョーだって普通の若者だ。
どんなに苦しい事があっても、暗い思いばかりを抱えて生きている訳ではない。
それが良く解って、甚平はホッとしたのだった。
平穏な、爽やかな風が吹く、そんな午後の事であった。




inserted by FC2 system