『永遠の18歳』

ジョーの年齢は18歳で永遠に止まってしまった。
二十歳を迎える健にとっては、仲間の中にジョーがいない事が非常に堪えた。
成人式は共に迎える筈だった…。
「ジョー、お前も俺の隣で成人式を迎える筈だったのにな…」
科学忍者隊はまだ解散しておらず、4人でパトロールなどしていた。
ゴッドフェニックスのジョーの空席を見ると、たまらなくなる。
瀕死のジョーをどんな思いで残してギャラクターの本部に飛び込んだか。
戻った時にジョーの姿がなかった事の衝撃。
たった2年程ではその記憶もまだまだ鮮明だ。
「ジョー、だが、あの時の俺に何が出来たと言うんだ…」
健は礼服に着替えて、南部の別荘にいた。
退職をしたテレサ婆さんがわざわざ訪ねて来て、「成人式おめでとう。良く似合っているわ」と言っただけで去って行ってしまった気持ちも良く解る。
この場にジョーもいる筈だったのだから…。
彼女にとっては、健に「おめでとう」を言うだけでも精一杯だったろう。
孫のように可愛がったジョーが18歳のまま永遠に時を止めてしまったのだから。
彼女の孫も18歳で交通事故に遭ったと聴いている。
健は複雑な気持ちで、帰って行くテレサ婆さんを見送った。
「健、おめでとう」
いつもの姿のジュンがやって来た。
彼女も18歳になった。
とうとうジョーに追いついてしまったのだ。
「健が二十歳になったなんて、何か不思議ね。
 もうウチの店に来て、お酒も飲めるのね」
「それはもう誕生日を過ぎているから、とっくに飲めるさ。
 でもな。飲む気になれないんだ。
 ジョーが18歳のままだからだろうか?」
「健、もうその事は考えない方がいいわ。
 ジョーの事は勿論、私達ずっと覚えているけれど、いつまでも後ろを向いているな、って、きっとジョーならそう言うわ」
「ジョーがそう言うだろうって事は解っている。
 だが、これは俺の心の問題だ。
 いくらジュンでも入って来れない事もあるんだよ」
健は優しく言ったつもりだったが、ジュンの眼には涙が溢れて来た。
「ジュン、好きだよ。だけど、ジョーの事に関してだけは、俺の心の中にまだ檻がある。
 解ってくれ、ジュン。
 お前を受け入れられないと言っているんじゃないんだ」
「ごめんなさい…。泣いたりして…。
 大丈夫。私もジョーが此処にいてくれたら、って思って涙が出たのよ」
「そうか……」
「貴方の隣に今、ジョーがいるかもしれないわね」
「そうかな?」
「ジョーってずっと私達の傍にいてくれるような気がしない?」
「確かに時折、感じる事はある。ジョーの森に行った時とかな…」
「でしょう?時たまジョーの空気を感じるのよ」
「成仏出来ていないのかな?」
「そう言う事じゃなくて、ジョーだって私達の傍にいたいのよ」
「そんなものかな…」
「そうよ。共に生命を賭けて闘って来た仲間がどう生きて行くか、気になっていると思うわ」
「じゃあ、こんな事をしたら驚かれるかな?」
健はジュンを抱き寄せてそっとキスをした。
「うおっほん!」
南部博士の咳払いが聴こえて、2人はパッと離れた。
見られてしまった…。
ジョーに見せようとしたキスを。
「仲睦まじくて良い事だ。ジョーも喜んでいる事だろう」
博士は礼服を手にしていた。
「それは…?」
「今日の日にジョーに着せようと用意していたものだ。
 残念だが着る者がいないから、甚平が成人する時に着せようと思っている」
「竜では無理ですものね」
「甚平だって、ジョー程に背が伸びるとは限りませんよ」
「それもそうだ」
博士は苦笑いをした。
ジョーへの思いは博士とて同じなのだ。
今日の日を健と共に迎えて欲しかったのだ。
「この礼服は大切に私の部屋に保管しておく事にしよう。
 それより車を出すから、健は会場まで行きなさい」
博士は別荘の入口に車を用意してある事を告げた。
「別に自分で行きますよ。そんな大仰にしなくても…」
「いや、私の気持ちだ。行きなさい。
 最初からこの日はそうするつもりだったのだ。
 ジョーと2人で車に乗るのを見送れたら最高だったが……。
 いや、そんな事を言っては行かんな。
 健、おめでとう。式典には堂々と出て来なさい」
「解りました」
「そう固くなる事はない。記念品を貰うだけだ。
 私にはもう30年も前の事で、忘れたがね」
「はい」
「帰って来たら、ご馳走を用意して待っている。
 今日は特別にテレサが料理をしてくれるそうだ」
「テレサ婆さん、帰ったんじゃなかったんですか」
「今頃厨房で忙しくしている事だろう。
 諸君も全員呼んでいるから、楽しみにしていたまえ」

その日、式典が終わって別荘に戻ると、豪華な食事が用意されていた。
ジョーの墓前に備えてあった新しい車の設計図と、縮小サイズのフィギュアが飾られていた。
これは南部博士がジョーの二十歳の誕生日に渡そうと計画していたものなのだ。
「健にもプレゼントがある。
 5人乗りの飛行機だ。
 4人で時々空の旅を満喫するがいい」
「5人乗り…。ジョーの分の席も用意されていたのですね」
「そうだ。当然の事だ。
 こんな事になるとは思っていない時点から設計していたからね。
 実物は君の飛行場に置いてあるから、後でじっくり見てみたまえ」
「兄貴、良かったね!」
「健、成人式おめでとう」
「めでてぇこった。飛行機の空席にはきっとジョーも乗ってくれると思うぞい」
テレサ婆さんも嬉しそうにしていた。
本当は心中複雑だろうに、と健は思った。
自分がクロスカラコルムへジョーを置いて来たんだ。
そう思ったら、涙が出て来た。
「健……」
ジュンがその肩にそっと手を乗せた。
彼女は解っているのだ。
健の気持ちが…。
「ジョーも祝福に来ているわよ、きっと」
テレサがワイングラスを1つ持って来て、健の隣の空席に置いた。
「ジョーさんもご招待しているんですよ」
テレサは午前中から来ており、ジョーのお墓の前に額づいていたのだ。
ワイングラスにワインレッドの液体が半分程注がれた。
「ジョーさんは私に言いました。
 いい仲間に恵まれて幸せな18年間だったと。
 苦しい事も多々あったけれど、それに余りある幸せもあったと…。
 確かにそう聴こえましたよ」
テレサは穏やかな表情と声でそう言った。
「永遠の18歳だけれど、俺は若いまま歳を取らなくてもいいんだぜ〜、とも言ってました」
テレサが言うと本当にジョーがそう言ったように聴こえた。
「永遠の18歳か…。ジョーらしいな…」
博士が呟いた。
「健。ジョーを救えなかったのは、私の責任なのだ。
 君がいつまでも気にしている事はない。
 私が彼の健康状態をもっと把握しておくべきだった。
 助からなかったかもしれん。
 だが、苦しみを軽減してやる事は出来たかもしれぬ」
「博士。ジョーは満足していると思いますよ」
ジュンが言った。
「私はジョーを発見してから、ずっと傍にいましたから。
 解るんです。最期に臨んだ彼の気持ちが……」
ジュンは涙を拭いた。
「お祝いの席ですもの。
 湿っぽくするのはもうやめましょう」
「そうだな」
南部博士が頷いた。
そうして、健の成人式祝いの夕餉が夜更けまで続けられるのだった。




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