『きっと君は来ない』

♪きっと君は来ない。
そんな流行歌があったな、とジョーは1人苦笑する。
今年のクリスマスイヴはサーキットにいた。
今日は『サーキットのアイドル』、マリーンの誕生日でもある。
生きていれば19歳。
ジョーより少し年上だったのだ。
その事を知ったのは、マリーンが此処で不慮の死を遂げてから暫く経ってからの事だった。
サーキットの情報通、フランツがそっとジョーに教えてくれたのだ。
ジョーはマリーンに生前、『次に逢う時に話がある』と言われていた。
その謎をフランツが知っていた。
レースに没頭する娘に反対する母。
その確執をマリーンはフランツに相談していた。
結局、レーサーであった父親と同じコーナリングで自損事故を起こして逝ってしまったマリーン。
ジョーはその日、任務があったのでサーキットにはいなかった。
「マリーンは、クリスマスイヴの誕生日にジョーと一緒に此処で走りたかったようだ。
 それが彼女にはお前とのデートのつもりだった」
フランツはそうさらりと言ったのだった。
ジョーはそれを聴いて、今日はサーキットにやって来たのだ。
♪きっと君は来ない…。
来る筈もない相手を待ち続ける。
マリーンの魂魄があるのなら、何としても来る筈だ。
ジョーは誕生日プレゼントと花束をマリーンが亡くなったコーナーに置いて、手を合わせた。
(マリーン…。出て来るなら出て来いよ。
 おめぇの幽霊なんか怖くねぇぜ。
 一緒に走りたかったんだろ?)
ジョーはマリーンの美しい面影を思い浮かべていた。
長い金髪がヘルメットからさらりと落ちる瞬間が好きだった。
レースなんかやっているから気が強いお嬢さんかと思ったら、意外と清楚な娘だった。
ジョーの取り巻きとは正反対。
ジョーは一緒に走ったりしている内に心を通わせ、恐らくはマリーンの死がなければ2人の間にはロマンスが生まれた事だろう。
任務の事を考えて深追いしないように気をつけていたが、マリーンの死後、ジョーは彼女を深く愛していた事に改めて気づいた。
何とも残酷な運命だった。
(せめて…俺がいたなら…。マリーンを救えたかもしれないのに)
仕方のない事だった。
その頃は任務で八面六臂の活躍をしていた。
(マリーン。クリスマスイヴの誕生日に俺と走って何がしたかったんだい?)
マリーンはジョーに告白するつもりでいたのだが、それはジョーの知る処ではないし、情報通のフランツもそこまでは知らなかった。
空の色が変わった。
何か明るく差し込むものがある。
ジョーはマリーンが来たと思った。
♪きっと君は来ない…。
でも、俺のマリーンはやって来たぜ。
ジョーはG−2号機に乗って、その光を追うように、時には戯れるようにして走った。
爽快な走りだった。
マリーンの赤いマシンがジョーには見えていた。
クリスマスイヴで誰も来ていないサーキット。
ジョーは自由に走った。
『ジョー、私の勝ちよ…』
「いや、まだまだ…」
声に出して気づいた。
マリーンの声がジョーに届いたのだ。
『私は貴方が好きだった…』
その声を聴いて、ジョーはG−2号機を停めた。
『やっぱり私の勝ち。先に停まった方が負けよ』
フフフ…とマリーンが笑ったように思えた。
「ああ、いいさ。俺の負けだ。不意打ちを喰らったからな」
ジョーは笑った。
『来てくれて有難う。嬉しかった……』
「今日はおめぇの19歳の誕生日だって言うじゃねぇか。
 俺も一緒に走りたかったのさ…。
 出来れば生きているおめぇとな」
『ごめんなさいね。ジョー。今日は本当なら貴方と……』
「こうしてデート出来ただろ?おめぇの描いた『デート』はこれで良かったんだろ?」
『そうね…。終わった後は貴方とお茶でもして、もっと距離を縮めたかった…』
「俺だって同じさ。それなのに自分から自分の人生に幕を引いちまうなんてよ」
『それはもう言わないで…。私の運命だったのよ、きっと……』
その時、何かがジョーの唇を掠めた。
「マリーン…。この車の中にいるのか?」
ジョーは真っ赤になった。
それは多分、マリーンの唇の感触……。
その後、右腕に誰かの体温を感じた。
マリーンが寄り添っているのだろう。
「メリークリスマス。そして、誕生日おめでとう。マリーン……」
ジョーは呟いた。
「おめぇが死んでから、愛しているって事に気づいた。
 遅過ぎたよな……。
 おめぇからは俺が見えても、俺にはおめぇが見えねぇ」
ジョーは悔しそうにステアリングに突っ伏した。
誰かがジョーを抱き締めた。
マリーンしか有り得ない。
『ジョー。その言葉を聴けて私は満足よ。
 メリークリスマス。後は仲間と楽しく過ごして…』
もう行ってしまうのか?
ジョーは見えない相手の手を取ろうとした。
しかし、ジョーからは相手に何もする事が出来なかった。
一方通行の思いを、ジョーは噛み締めた。
「マリーン……」
♪きっと君は来ない…。
やっぱり来なかったのと同じだ。
一瞬の交情はあったけれど、ジョーは誰から見てもサーキットにずっと1人だ。
虚しさが胸を駆け抜けた。

何時の間にか観客席に4人入って来ていた。
「ジョーの兄貴〜!」
「甚平。もう暫く1人にして上げましょう。
 今日はマリーンさんに逢いに来たのよ、きっと…」
「その内、コース外に出て来るだろ?」
健も言った。
「おら、早くケーキが食べたいぞい」
「全く竜ったら食い意地ばっかりね。
 ジョーの気持ちを考えて上げなさいよ」
「マリーンさんと何か約束があったのかもしれないな」
「まだ彼女が亡くなって1ヶ月でしょ。その可能性はあるわね」
ジョーは陽が沈むまでG−2号機で佇んでいた。
その間、4人はじっと待ち続けた。
ジョーは漸くコース外に出て来た。
駆け寄る4人に驚く彼。
「いつから居たんだ?」
「3〜4時間前からかな?」
健が事も無げに言った。
「ジョーの兄貴。豪勢なクリスマスケーキを作ったから、来てくれないと困るよ」
「そうか…。クリスマスパーティーをするつもりなのか」
「当たり前じゃない。毎年やっているでしょ?」
まだ呆然としているようなジョーに、ジュンが言った。
「そうだな」
ジョーは気持ちを切り替えたらしい。
「遅くまで待たせたな。帰ろうか」
愛機の整備もそこそこに、ジョーは言った。
整備は明日すればいい。
今はこの仲間達とクリスマスを過ごそう。
マリーンと少しでも会話出来た事に満足せねばなるまい。
此処に来て良かった。
そして、『君』はやはりやって来た。
4人も揃って……。




inserted by FC2 system