『世界で3人(3)』

「ジョー、眼つきを柔らかくな」
王宮に入る前、健が言った。
「そうは言っても、難しいぜ。生まれつきだからな」
「大丈夫です。それだけ似ていらっしゃれば、国王の偽者も気づきはしません。
 それよりも本物の国王がどうしておいでなのか、その事が気掛かりです」
側近の者が言った。
「その通りです。今回はそこまで探る事は難しいかもしれません」
健が眉を顰めた。
「国王が生きていてくれるといいんだが…」
ジョーも瞳を閉じた。
ジョーと似ているかもしれない。
王子があれだけ似ているのだから…。
ジョーの父親が生きていたら同じぐらいの世代か?
「国王は貴方に良く似ています。いや、貴方が似ていると言うべきか。
 王子は国王に似たのです。
 王子をそのまま渋くして口髭を生やしたような印象です。
 ご覧になれば、すぐに国王だと解ります」
「と、言う事は痩せている?」
と健が訊いた。
「はい、スリムで運動神経も抜群の国王です。
 まだ40代前半で体力もお有りになります」
「それなら簡単には殺されないかもしれねぇな」
「それは解らない。ギャラクターの事だ。
 どんな卑怯な手を使っている事か…」
「多分、俺の親父にそっくりだ。
 逢えるものなら逢ってみてぇぜ…」
「貴方のお父様に似ている可能性があると?」
「聴いた限りではね」
「成る程。貴方も父親似ですか」
「俺も親父とお袋をギャラクターに殺された。
 王子にはそんな思いをさせたくない」
「王子のお母様は?」
健が訊いた。
「既に病気で亡くなっておられます」
「入り込むには丁度良かった訳か…」
ジョーがポツリと呟いた。
「では、参りましょうか?」
側近が王宮の門へと近づいた。
警備兵と一言二言話している。
顔見知りなのだろう、「少し待っていろ」と言う声が聴こえた。
王子の側近に対して何とも尊大な態度だ。
やはりギャラクターが王宮に大挙して入り込んでいるに違いなかった。
「許可が出た。3人だな」
「その通り」
「入れ」
側近が最初に入り、ジョー、健と続いた。
「国王は王子だけとお逢いになる。
 側近どもは別室で待機していろ」
中に入ると国王の執事が横柄な態度でそう言った。
「解りました」
王子の側近は重大な事に気づいた。
国王の執事と彼は、親しい仲である。
しかし、この執事はそんな態度を全く見せない。
人が変わっている。
執事も誰かと入れ替わっているのだ。
それをそっと健に告げた。
健がジョーに眼で合図をした。
ジョーもそれを理解して、静かに頷いた。
「では、父上に逢って来る。待っておれ」
ジョーは口調に気をつけて、執事が案内するカーブしている階段を登った。
階段は勿論、天井の飾り付けも豪華である。
この国では金銀が出る。
その金銀を使って、王宮は贅を尽くして造られていた。
シャンデリアも大振りで美しい。
輝きの中にいるような錯覚をジョーは覚えた。
国王の部屋へと上がって行く。
「さあ、王子。どうぞお入り下さい」
罠を覚悟でジョーは部屋へと入った。
今は反乱軍のリーダーとして、父親とは敵対する立場だ。
相手が国王の姿をしているベルク・カッツェであれば、何を仕掛けて来るか解らない。
互いに偽者同士が対峙した。
「おう、シルベスタ王子。変わりないようだな」
そう言葉を発した国王は、ジョーが予想した通り、彼の父親にそっくりだった。
カッツェは見事に化けているのだろう。
お腹も出ていない。
着ている衣装のせいで解らないが、多分鍛えられた肉体を持っているのだろう、と思われた。
「変わりないと言えるでしょうか。
 父上がこんなに変わられてしまったと言うのに。
 私は貴方がどうして変わってしまったのかを知りたい。
 だから危険を承知でやって来たのです」
ジョーは言葉遣いに注意を払っていたので、今の処、いつものべらんめえ調は出ていない。
「私はベルク・カッツェ様が構想された未来図に賛同しただけだ。
 それに手を貸して何が悪い?」
「国民を犠牲にしてまで、する事ではありません。
 国民は貧乏に喘いでいる。
 そんな国民を放っておける貴方ではなかった筈だ」
「だからと言って父へ刃を向けるとはどう言う事かな?
 シルベスタ王子」
「その息子に軍を差し向ける貴方もどうかしているでしょう」
ジョーはカッとカッツェが変装している国王を睨んだ。
「ほう、そんな眼つきが出来るとは知らなかった。
 気に喰わない眼つきだ。おい!」
国王が執事に命令をした。
執事は壁にあるボタンを押した。
ジョーの足元がバッと開き、奈落の底に落とされてしまった。
勿論、しっかりと着地したが、かなりの深さだった。
ジョーは眼が慣れて来るのを待った。
「健、落とし穴に落とされたぜ。やっぱり王子を閉じ込めて殺すつもりだったようだぜ」
『今、ギャラクターに襲われている。少し待ってくれ』
健からは切羽詰まった声が帰って来た。
側近を連れて、健も孤軍奮闘しているに違いない。
ジョーはその間にこの落とし穴から脱出する方法を考えていた。
眼が慣れて来ると、この部屋には遺体が2つある事が解った。
一体は先程の国王と同じ衣装を着ている。
もう一体は執事っぽい服を着ていたので、ジョーはすぐに全てを理解した。
この奈落の底からは何も武器を持たない2人は出る事が出来ず、衰弱死してしまったのだ。
王子には気の毒な事を…。
とジョーは瞑目した。
遺体は既に白骨化しており、ベルク・カッツェが相当前からこの国に乗り込んでいた事が解る。
しかし、いろいろな国に同時に入り込んで、カッツェもなかなかやるものだ、と変な処で感心した。
『ジョー、2人とも無事だ。落とし穴から脱出出来るか?』
「脱出出来なかった遺体が2つある…。
 残念だが、国王と執事だ。既に白骨化していた」
ジョーは暗澹として答えた。
側近が嘆き哀しむ声がブレスレットから伝わって来た。
「王子に何と言ったらいいかな?」
ジョーは力を落としていた。
また自分と同じ境遇の人間が作られてしまった。
それも自分とそっくりな親子だ……。
生かして連れ出してやりたかったが、最早手遅れの事だった。
「通路がある。俺はこのまま通路を手繰って、少し移動してみる。
 ギャラクターの基地があるかもしれねぇ。
 王子には上手く報告してくれるか?」
『解った。だが、充分に気をつけろ。何かあったらすぐに連絡してくれ』
「解ってるよ。心配すんなって。
 それより側近さんを連れて早く安全な場所に逃げろ」
『それは抜かりはない。とにかく気をつけてくれ』
「ラジャー」
健の横で側近が国王と執事を失って、脱力していた。
「今の貴方の任務は王子を力づける事です。
 俺の仲間のジョーも、危険を承知で敵の手の中に潜入しています。
 とにかく王子の元に戻りましょう」
健はそう言って、側近を走らせるのであった。
ジョーはその時、暗い通路の中を夜目が利く事を頼りに移動し始めていた。
どんな危険が待ち受けていても、屈しはしない。
カッツェの悪事を暴いてやる。
そう言った思いで一杯だった。




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