『世界で3人(8)/終章』

カッツェは逃げ出すタイミングを計っていた。
逃げ出さなければ、放射能発生装置のボタンは押す事が出来ない。
彼の手にそのリモコンがある事にジョーは気づいた。
あのリモコンを破壊してしまえば…、しかし、待てよ。
そのショックでスイッチが入ってしまう可能性も否定は出来ない。
遠くから狙うのではなく、自らカッツェに近づいてあれを直接奪い取るしかないのだと思った。
ジョーはそれを実行するしかないと、闘いの最中(さなか)出来るだけさりげなくカッツェのいる方へと寄って行った。
カッツェは闘いながら近づいて来るジョーを見て、後ずさった。
自分を狙っていると解ったのだろう。
ジョーは敵兵を相手にしながら、カッツェの動きを油断なく確認していた。
そして、リモコンを持つ右手に向かって、エアガンのワイヤーを繰り出した。
カッツェの右腕が雁字搦めになる。
「貴様…。コンドルのジョーとやら。このリモコンは渡さぬ」
「電流を流してもいいんだが、いいか?」
ジョーのこの言葉はハッタリである。
彼のエアガンにはそのような機能はない。
カッツェは真っ青になった。
ワイヤーを取ろうとしてもがけばもがく程、絡まって行く。
ジョーはそっとリモコンを奪い取った。
「やれやれ、素直に渡せばいいものを」
カッツェの右腕にワイヤーが喰い込んでいた。
しかし、その時、カッツェはジョーの左腕に体当たりをした。
「ぐっ!」
傷が裂けた痛みとともに辺りにまた血が飛び散った。
「健!カッツェが逃げるぞ!」
そう叫ぶのが精一杯だった。
膝から崩折れた。
また失血で意識が朦朧とした。
「ジョー、大丈夫?」
ジュンが近付いて来たが、ジョーは凄い形相で「俺よりカッツェを!」と叫んだ。
「くそぅ。俺の油断だ……」
ジョーはそう思いながら、意識を手放した。
それでもリモコンだけは、手放す事がなかった。

ジョーと王子は同時に意識を取り戻した。
全ては終わっていた。
国連軍選抜射撃部隊がやって来て、放射能発生装置を凍らせている。
ジョーがリモコンを奪い取ってあったので、安全に作業が出来た。
「すまねぇ。最後の最後で油断しちまった……」
「傷のせいだ。仕方がない」
健がジョーを慰めるように肩を叩いた。
「それより、王子。大丈夫ですか?立てますか?」
健はジョーに気絶させられていた王子を気に掛けた。
「鍛えておるから大丈夫だ。しかし、そなた…」
王子はジョーを見た。
「無茶な事をする。この剣を受けたら傷も深い筈だ。
 良くその程度で済んだものだ。
 腕を失くしても不思議ではなかったぞ」
「バードスタイルは衝撃を吸収してくれるんでね。
 この程度で済んだ」
ジョーは笑った。
「だが、出血が酷い」
王子が眉を顰めた。
「今、手当をし直すわ。ジョー」
ジュンが救急箱を持ってやって来た。
その時、国連軍選抜射撃部隊の中からレニックに言われたマカランがやって来た。
「私が手当しましょう」
軍隊式の的確な手当がなされた。
「骨には響いていないが、傷は酷い。
 早く縫合して出血を止める事です」
マカランはそう言うと、自分の持ち場へと戻って行った。
またお礼を言い損ねた、とジョーは思った。
「王子。これからのこの国は貴方の双肩に掛かっています。
 復讐したい気持ちはあるでしょうが、俺のようにはなって欲しくない」
「ジョーとやら。俺のようにとは、一体どう言う事なのだ?」
「俺の両親は8つの時に眼の前でギャラクターに射殺された。
 俺自身、爆弾で生死の間を彷徨った。
 だから、俺はそれ以来、生まれ変わったと思って、復讐の為だけに生きている」
「ジョー、お前にはレースもある。俺達だっているじゃないか」
たまらず健が口を挟んだ。
「でも、根底にあるものは、ギャラクターへの復讐心だけだ。
 それ以外には何もねぇっ!
 王子には国を治める為にも、その感情を封じ込めて欲しい。
 それが国民の為だ。俺とは立場が違う」
「そなたの気持ちは相解った。
 それは辛い事だったろう。
 辛い事を言わせて済まなかった。
 科学忍者隊は生命を賭けてこのアルベニア王国を守ってくれたのだ。
 これからは私が統治して、この国を元通りにしてやる。
 万が一ベルク・カッツェが来た時には……」
「来た時には?」
鸚鵡返しに甚平が訊いた。
「すぐに科学忍者隊を呼ぼう」
王子が笑った。
快活な笑い方をする人である。
ジョーの笑顔はこれ程までに明るくはない。
心の底に仕舞い込まれたものの重さなのだろうと、科学忍者隊の他の4人は思った。
「俺の失策でベルク・カッツェに逃げられた事だけが悔しいぜ」
ジョーは失血が重い割には元気な声で言った。
マカランにより三角巾が吊られている。
「俺達も遅れたんだ。ジョーだけのせいでは決してない」
健はそう言った。
ジョーはまだ持っていたリモコンを床に投げ捨て、長い脚で踏みにじった。
「私のせいで傷を負わせてしまって済まなかった。
 あの時は冷静さを欠いていたのだ」
「気にする事はないですよ。この男だってそんな事は年中です」
健が王子に言った。
「何を〜っ!?」
叫んだ瞬間に痛みが出たのか、ジョーは顔を顰めた。
「大丈夫か、ジョー」
健は王子の前でジョーと呼んでいた。
正体がバレているのはジョーだけではないのだ。
「いい若者達だ…」
「若者って、王子様だって、まだ……」
「私はこれでも、24だ」
「ええ〜っ!やっぱりジョーの兄貴は老けているんだな」
「ほっとけ」
甚平の言葉にジョーは腐った。
「父と執事の遺体は引き上げて、手厚く葬るつもりだ。
 そなた、良くあの場所から無事に戻って来たものだな」
「まあ、訓練の賜物です」
ジョーは短く答えた。
助けられるものなら助けたかった。
しかし、白骨化した遺体では、もう助けようがなかった。
その悔しさがジョーに甦った。
「精一杯の事はしてくれたと思っている。
 そなたには礼を言うぞ。
 私を間違った道へ行かないように歯止めになってくれた」
(俺は『間違った道へ行った』人間ですがね……)
ジョーは自嘲の笑いを見せた。
健にはその気持ちが良く解った。
「王子様、お名残惜しいのですが、彼の手術をしなければなりません」
「有難う。科学忍者隊。有難う。ジョー」
王子は全員と手を握り合った。
「見ていてくれ。きっとすぐに元通りのアルベニア王国にして見せる」
「王子様、いえ、王様。
 きっとそうなる事を願っていますよ」
ジョーはそう言って踵を返した。
ゴッドフェニックスまで、またG−4号機で掘った穴から隣国に駆け抜けなければならない。
「ジョー、走れるか?」
「当たりめぇだ」
「よし、急ごう」
科学忍者隊はこうして、任務を終え、三日月珊瑚礁への帰途に着いた。




inserted by FC2 system