『予後』

「今日、俺だけ呼び出されたのは、送迎ですか?」
ジョーは三日月基地ではなく、博士の別荘に呼び出されていた。
「うむ。先日脳に傷を受け、手術をしてから丁度今日で1ヶ月になる。
 調子はどうかね?おかしな事はないか?」
博士は様子を問診する為にジョーを呼んだらしい。
「頭痛もありませんし、視界がダブるような事もありません。
 任務も今まで通りこなしていますし…、それは博士もご存知でしょう?」
「何か諸君に言えないような事を抱えていないかと心配になってね」
「破片が取れて、縫合して貰ってからは、暫くは頭がクラクラしましたけど、今はそれもありませんよ」
「そうかね?場合によっては、脳のレントゲンを撮ろうと思ったのだが……」
「必要ないでしょう。こんなに元気なんですから。
 何か異常が起こっていたら、普通には任務を遂行出来ないでしょう」
「それもそうだな」
博士が此処で納得してしまわないで、脳の検査をしていれば、もしかしたら違う未来があったかもしれない。
ジョーは一時的に忍者隊から外れても、戻る事が出来たかもしれない。
『たら・れば』を言っても仕方のない事だが、この時ジョーの未来は1つに決まってしまったのかもしれない。
「少しでもおかしい処があるのなら、必ず言うように」
「解りました。はっきり言って予後はいいですよ。
 もう普通と何ら変わりはありません。
 何か異常があったら、必ず報告しますから、どうかもう気にしないで下さい」
「解った。では、今日はISOに行って貰おうか」
「公用車にしますか?」
「うむ。そうしよう。途中でアンダーソン長官が乗り込んで来る予定だから、私の養子として徹底してくれたまえ」
「解りました」
ジョーは車寄せに公用車を寄せて待機した。
別に異常は何も感じられなかった。
この時期に彼が何も気づいていない事を、誰も責める事は出来ない。
事実、何も異常がなかったのだ。
ただ、レントゲンを撮っていれば、何かが解ったかもしれない。
南部博士は後になってその事を悔やむ事になる。
せめて定期的に検査をするべきだった。
若くて壮健な身体をしている科学忍者隊だからこそ、油断したのだと言える。
ISO附属病院では医療過誤を起こしたのだ。
取り切れなかった破片が、後にジョーを苦しめる事になる。
後に街医者のレントゲンで簡単に解った事だ。
南部博士がレントゲンさえ撮っていれば、気がつかない筈がなかった。
予後が良い事を理由にそれを怠ってしまった事は、いつまでも博士の心に重く圧し掛かった。

「ジョー、君を殺したのは私のようなものだね……」
博士はジョーの墓の前に額づいていた。
「何故気付かなかったんだろう。無理矢理にレントゲンを撮る事は出来ただろうに…」
健や竜の力を借りれば、例えジョーが抵抗したとしても、レントゲンを撮る事は出来ただろう。
それに全員の健康診断として行なえば、ジョーも大人しく写真を撮らせたに違いない。
科学忍者隊の健康管理をお座なりにした事は、後悔してもし切れない。
たまたま、健、ジュン、甚平、竜には異常が出なかったに過ぎない。
だが、ジョーのような事は、他のメンバーにも起こりうる事だった。
それを怠った事は、いくら多忙だったからと言って、許せない事実だった。
博士は自分自身を許せずに責めて責めて責め立てていたのだ。
健達はそれを知っている。
だから博士には重荷を背負って欲しくはなかった。
もう過去を振り返っても、戻る事は出来ないのだ。
その事は科学者である南部博士が一番良く知っている筈なのに……。
「博士、またジョーの墓の前で苦しんでいるわね」
「今日はジョーの祥月命日だからな」
健とジュンが花を持って来ていた。
「暫く1人にさせて上げよう」
健は別荘の緩い坂の花畑の方へとゆっくり歩き始めた。
「博士はジョーの検査をもっと頻繁にすべきだったと後悔しているのね」
「ジョーだけじゃない。科学忍者隊の健康管理をもっと自分がすべきだったと思っているに違いない」
「確かにそう言った検査は任務が立て込んで殆どなかったわね」
「本来なら必要な事だったのかもしれんな。
 ジョーの事を思うと……。
 ああ言った事は誰にでも起こりうる事だった。
 たまたま俺達は無事だったと言うだけだ。
 大きな怪我もしなかった。
 あいつだけが脳に重い傷を負い、もう駄目かと言う処まで追い詰められた。
 まさかあの傷が後になってジョーを苦しめる事になるなんて、博士だって想像出来なかったに違いない」
「手術はISO附属病院でしたんですものね。
 博士は関わっていないわ」
「それでも、自分を責めたくなってしまうんだろう……」
健は手頃な草の上に座った。
「ジュン。俺達もだが、博士の心からもなかなかジョーに関する傷は消えないらしいな」
「そうね」
ジュンは健に寄り添うようにして座った。
「この場所にジョーが座っていた時の事を忘れないわ…。
 あの時、もう病気が発症していたのよ。
 私は気付けなかったわ。
 ジョーが苦しんでいたのに……」
グレープボンバー戦の時の事だった。
「俺だって、ジョーの異常には気付いていた。
 しかし、殴り合っただけで、結局何も出来なかった。
 あの時、博士にジョーの体調が悪いと告げていれば、脳の傷の予後が悪いと言う事も解ったに違いないのに……」
「みんな何かしらの後悔があるのよ。
 健だけじゃない。
 甚平だって、竜だって、もっと何かして上げられなかったのかと悔やんでる。
 でも、もうジョーは戻って来ないのよ」
「そうだな…。どう足掻いてもジョーは戻って来ない。
 せめて遺体が見つかれば納得出来ただろうに、そうではなかったから、もしやどこかで記憶でも失って生きているのでは、と思ってしまう。
 今朝見た夢なんだけどね」
健が遠くを見た。
「どんな夢?」
「ジョーがG−2号機で飛行場を訪ねて来た。
 『よう、心配掛けて悪かったな』って……。
 それだけの夢だ」
「本当なら良かったのに……」
「飛行場一帯を探し回ったが、やはり夢だったよ」
「そう……」
「そろそろ墓に戻ろうか?」
「まだ博士はいるかしら?」
「マントル計画で忙しい身だ。もういないだろう」
「博士ったら『ゆっくり哀しむ』時間すらないのね……」
「だから、邪魔したくなかった。博士を癒すのは時間だけだろう。
 俺達も同じだが……」
「そうね。私達には余りにも生々しいから、癒されるまでには当分時間が掛かりそう。
 私もジョーがブラリと店にやって来る夢を良く見るもの」
「実際、ジュンの店には来ているかもしれないぜ」
「良くそう思うの。そんな時はエスプレッソを淹れて上げるのよ。
 水面が揺らいだりするから不思議。
 ジョーが飲んでくれたのかしら?と思うの。
 本当はゴーゴーの音楽の振動なんでしょうけどね」
「ああ、博士は戻ったな……」
健が言った。
博士はジョーに何と言ったのか?
詫び事を言う博士など、ジョーは嫌うに違いない。
ジョーが必死に博士のせいじゃないと話し掛けても、通じたのかどうか……。
「博士、立派な花を供えたわね。
 ジョー、私達のは見劣りするけど、許してね」
ジュンはそっと、ジョーの平らな墓の上に花を供えた。
「博士の事は心配するな。
 研究に没頭している内にいつか傷が癒えて来る時が来る。
 今はまだお前の予後が悪かった事に気付けなかった自分を愚かしく感じているのだろう」
健はジョーの形見の折れた羽根手裏剣を透明なケースに入れ、キーホルダーにしていた。
「お前が地球を救ったんだ。
 博士はマントル計画の再建で忙しくしている。
 大丈夫だよ、ジョー。余り心配をするな。
 俺達もこれから『心の再建』をするから。
 お前に恥じない生き方をしてやる」
「そうよ。残された者の心配なんかしないで、ゆっくり休んで頂戴」
ジュンも優しい声を掛けた。
ジョーを思わせる力強い風が吹いた。




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