『アンダーソン長官誘拐(前編)』

何故かその日は寝付けなかった。
両親の夢を見た訳でもない。
ただ、何かどす黒い嫌な予感を感じていた。
途轍もない事件が起こるような気がして、着替えもせずにベッドに寝転んでいた。
『科学忍者隊の諸君。速やかに三日月基地へ集合せよ』
南部博士からの通報があったのはその時だった。
「G−2号、ラジャー」
ジョーはすぐに応じて、トレーラーハウスを出た。
午前2時の事だった。

「アンダーソン長官がギャラクターに拉致された」
「間違いのない事なんですか?」
「これを見たまえ」
南部博士がある映像をスクリーンに映し出した。
ベルク・カッツェだ。
後ろに縛られたアンダーソン長官が映っている。
『アンダーソン長官は預かった。
 今遂行中の南アフリカのマントル計画をすぐに中止するように』
カッツェはそれだけの短いメッセージを告げた。
「アンダーソン長官が眼を使ってモールス信号で合図を出していますね。
 『私は、構わぬ。屈するな』」
ジョーがそれを読み取って言った。
「そうだ。良く読み取ったな」
「と、言う事は本物?」
甚平が眠い眼を擦って言った。
「確認した処、アンダーソン長官は私邸にも公邸にも帰ってはおらぬ。
 ISO本部を出てから、運転手、SP共々行方不明だ」
南部が悲痛な声を出した。
「ギャラクターめ。汚い手を使いやがる」
「この場所はどこかの基地ですね。
 でも、手掛かりが何もない」
「健の言う通りだ。この映像はISOを経由して此処まで送られて来た。
 逆探知は勿論試したが、不可能だったそうだ」
「運転手もSPもプロ中のプロなのに…」
ジュンが非難するように言った。
「じゃが、どんな灰汁どい手を使ったのか解らんわい」
「気の毒だが、運転手とSPは殺されているだろうよ」
ジョーはギャラクターがそんなに甘いものじゃないと思っている。
やるからには徹底的にやるだろう。
運転手とSPを何らかの手で、例えば心臓麻痺でも起こさせるような手口を使って殺し、アンダーソン長官だけを誘拐した事は充分に考えられる。
その時、南部博士にホットラインが入って来た。
「うむ、解った」
南部は受話器を置くと、全員に向き直った。
「長官が乗っていた車が山間部で発見された。
 運転手とSPはISOの地下駐車場で殺されており、どうやら偽者だったようだ」
成る程、ジョーの読みは少し違ったが、殺されていたのは間違いなかった。
「とにかく車が発見された現場に行ってみましょう」
健がそう締め括り、科学忍者隊は速やかに現地へと飛んだ。

全員がゴッドフェニックスからバードスタイルで現地へと降り立った。
こんな山間部に車を乗り入れた時点で、アンダーソン長官はおかしいと思わなかったのか?
それとも、事前に眠らされていたのかもしれねぇ、とジョーは思った。
「間違いない。ギャラクターだな」
健は地面に落ちていたギャラクターの赤いバッジを見つけて拾った。
「つまり一般人の模倣犯ではねぇって事だな。
 あのカッツェも本物だったって事か」
ジョーが言った。
「此処から連れ去れるそんなに遠くはない場所に基地があるとは思わねぇか?」
ジョーがニヤリと笑った。
「俺もそんな気がする。皆で手分けをして探そう」
「ラジャー」
「夜中の方が探索には何かと動きやすい。
 但しゴッドフェニックスが来た事は敵に知られていると思え」
健が的確な事を言った。
全員が散った。
ジュンと甚平は2人で組まされた。
ジョーは1人、北の方向に走った。
それ程遠くはないと踏んでいる。
こっち方面には人里がない。
ギャラクターが好みそうな処だ、とジョーは思った。
そう言った処に密かに基地を建造するのが、ギャラクターのやり口だ。
ジョーはひた走った。
やがて怪しい集落に巡り合った。
(こんな場所に人が住んでいるなんておかしいぜ…)
ジョーは怪しんだ。
そっと忍んで集落の中を探る。
それぞれの家はこんな時間なのに寝静まっていない。
今は午前4時。
朝が余程早いのか、眠らずに待機しているのかどちらかだ。
どちらにせよ、こんな場所でそんな生活をしているのは、怪しいと言えた。
ジョーは怪しい集落を発見した事を告げた。
「もう少し探ってみる。向こうから俺の事を拉致してくれれば更に好都合だ」
『ジョー。危険だぞ』
「解っている。だが、敵の基地を探す手間は省ける」
『それは解るが…。気をつけろよ。
 何かあったら必ず連絡してくれ』
「ラジャー」
ジョーは敢えて目立つ行動をして、敵に拉致されようと計画した。
その方が手間が省けるのは言うまでもない。
危険な作戦だが、アンダーソン長官の身に何か起こっては困る。
一刻を争う時だ。
この作戦が一番効率が良いように思えた。
ジョーは忍びの行動をやめた。
堂々と集落を探って歩いた。
それに敵は引っ掛かった。

いきなり、周囲を囲まれたのは、それからすぐの事だった。
ジョーは敵が出て来るタイミングまで予測していたが、驚いた振りをし、両手を挙げた。
「くそぅ。此処におめぇらの基地があるとは思わなかったぜ…」
「飛んで火に入る夏の虫とはお前の事だ。着いて来い」
ジョーはマシンガンで身体の両側を固められ、突き飛ばされるように先を急がされた。
焦ってはいない。
全て自分の計算通りだからだ。
基地に着いたら、バードスクランブルを発信すれば、仲間達もやって来る。
健達は今頃、こっちの集落に向けて移動している筈だった。
(ふふん。何もない処に集落なんか作るから、俺に見破られるんだ!)
ジョーはしてやったりな気持ちで敵に従った。
これから基地に乗り込んで、アンダーソン長官を救い出すストーリーを頭の中で練っていた。
恐らくはカッツェと共にいるか、どこかの檻に収監されている事だろう。
探し出すのは容易ではないが、やるしかなかった。
山肌が続く中、洞穴に連れ込まれた。
「こいつ、少し痛め付けてやろうか?」
ギャラクターの隊員が下卑た笑いを見せた。
「やめておけ。逃げられるだけだ。
 こいつの強さを知らないのか?」
1人はどうやらジョーと対峙した事があるらしい。
恐れでもするようにジョーの顔を見た。
向こうからはバイザーで見えない筈だが、彼はジョーの鋭い瞳が見えたかのように震え上がった。
洞穴の中は、途中から鉄製の四角い穴に変わっている。
もう少し奥に行ってからバードスクランブルを発信しよう。
ジョーはそう決めて、猟人に捕まった鳥のように大人しくしていた。
(今に見てろよ…)
自分にとっては、屈辱的な役割を果たしているのも、全てはアンダーソン長官救出の為にやっている事だ、と自分自身を納得させ、ジョーは促されるままに前へと進んだ。




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