『エース(1)』

ジョーはサーキットでいつものように爽快に飛ばしていた。
今日は仕事なのか、フランツがいないようだ。
久し振りにフランツと話がしたいと思っていたのだが、残念だ。
だが、仕事とあれば仕方がない。
フランツだって、それで家族を養っている。
薄々どんな仕事をしているかは知っているが、普通のサラリーマンとして通している彼に、それを告げる事はなかった。
ジョーの正体も向こうは薄らと知っている。
だが、フランツもまた、それを黙っていてくれた。
お互いに暗黙の了解のように、打ち合わせた訳でもなく、自然にそうしていた。
相手が自分の事を気づいているかどうかは、はっきり言って確信が持てなかった。
だが、多分そうだろう、とそれぞれが感じていたのである。
これまでいくつかの事件で一緒に行動して来た。
フランツは『エース』と言うコードネームを与えられた、ベテランの情報部員だ。
若い者にはこのコードネームがまだない。
フランツはISO附属の大学で、諜報活動に関する事を学び、そのまま情報部員に吸い上げられた。
それだけ優秀だったのである。
『エース』として行動する時には、いつも仮面を着けていた。
別人のような顔になるのだが、ジョーにはその身体付きと声、口調で正体が解ってしまった。
先方も同様にジョーの事を見抜いてしまったのだ。
ジョーはサーキットから降りた。
フランツには逢えそうもないし、G−2号機を整備して帰途に着こうと考えた処に、南部博士からの全員呼び出しがあった。

「ISOの情報部員からの確実な情報だ。
 普通は言わないのだが、諸君も知っている男だから言う。
 情報源は『エース』だ。
 ベテランだし、様々な角度から分析した結果、情報には間違いがないだろう」
南部がそう言った。
「『エース』は相棒を亡くしたのでは?」
ジョーが言った。
「まだ1人で活動しているそうだ。新しい相棒を受け入れないらしい。
 だが、仕事はきっちりしている。
 今回の情報はこれだ」
南部博士がスクリーンに映像を映し出した。
「これはドクアップ国の首相官邸にある地下貯蔵庫だ。
 此処まで潜り込めて情報を持ち帰れたのは、素晴らしい功績だと言えよう。
 危険な任務だった筈だ。
 この地下貯蔵庫にあるジュラルミンケースに入った物質が何だか解るかね?」
博士が科学忍者隊に問うた。
「これは何かの有害物質かウランなどの核物質ですね?」
ジュンが言った。
「その通りだ。それはウランだ。
 何故こんな処に貯蔵していると思う?」
「悪事に使おうと企んでいるのでしょう?
 大方ギャラクターが絡んでいるのではないですか?」
ジョーが呟くように言った。
「然様。『エース』によれば、ギャラクターがこのドクアップ国に入り込んで、国の資産でもあるウラン鉱を根こそぎ奪い取り、こんな場所に貯蔵していると言うのだ」
「では、首相自身も怪しいですね」
と健。
「カッツェが化けているか、ギャラクターに既に取り込まれているのか…。
 首相にも何か莫大な利益を得る事が出来るように手筈されているのかもしれないですね」
ジョーは腕を組みながら言った。
「こんな核兵器を首相官邸の地下貯蔵庫に置くなんて…。
 官邸自体がギャラクターの基地にでもなっているんじゃないかいのう?」
いつものんびりとしている竜が核心を突くような事を言った。
「その可能性が高い、と『エース』も言って来ている」
「『エース』は?無事に脱出して来ているんですよね?」
ジョーは気になる事を訊いた。
フランツが『エース』である事は、彼には解り切った事実だった。
「この写真はメールに添付されて来た。
 『エース』自身の存在場所は確認されていない」
「ISOには戻っていないと言う事ですか?」
ジョーは額から汗を流した。
「そう言う事だ。情報部によると、所在不明だと言う事だ」
「つまりはギャラクターの手に身柄が確保されている可能性もあると言う訳ですね?」
ジョーが『エース』に肩入れしている事は、今までの事件で全員が知っている事だから、誰も不思議に思う者はない。
「可能性は、否定出来ないだろう。
 どこかで無事にいてくれると良いのだが……」
南部の声が沈んだ。
(冗談じゃねぇ!フランツには妻子がいるんだ!
 ギャラクターの手に落ちたら、すぐに殺されてしまう!)
ジョーが焦るのも無理はなかった。
「こちらからメールを返しても、返答はないのだ」
南部は尚も言った。
「まだ諜報活動を行なっていると思いたいですね」
ジョーは短くそう言った。
「とにかく、ドクアップ国にどうやって入り込むのか。
 それを検討しよう」
健が纏めた。

ドクアップ国は王政を敷いていない。
国会議員の中から互選された首相が国を束ねている。
この国の国会が今、紛糾していると言うニュースが漏れ伝わっていた。
ウラン鉱が何者かによって、ジャックされていると言う事件に関連したものである。
恐らくはこのニュースを逸早く知って、フランツはこの国に潜入したのであろう。
彼の年齢なら、ジャーナリストやカメラマン、旅行者、ビジネスマン…、何にでも身を窶す事が出来た筈だ。
若い科学忍者隊達は旅行者を装うしかないだろう、と5人の意見が纏まった。
幸いこの国には、風光明媚な山岳地帯があり、登山好きが殺到している、と言う話もある。
彼らは登山者として入国する事にした。
それなりの荷物をリュックに詰め込み、早速出発する事になった。
ゴッドフェニックスで隣国まで行く手筈は、いつものように南部博士が付けてくれた。
(フランツ…。無事でいてくれよ…)
ジョーは両掌を握り締めた。
「ジョー。『エース』とは何か因縁があるのだろう?
 知り合いなのか?」
健が訊いた。
「言っていいのかどうか解らねぇが、正体に心当たりがある。
 俺の親しい大切な仲間だ。
 それ以上は訊かねぇでくれ」
「解った。それだけ聴ければ充分だ。
 俺達も『エース』の救出には全力を注ぐ」
「すまねぇな」
ジョーは遠くドクアップ国に思いを馳せた。
多分、まだフランツはドクアップ国の中にいる。
諜報活動を続けているのか、ギャラクターの捕虜となっているのか?
前者であって欲しい、と願うのは我儘だろうか?
フランツに妻子がいる事を知っているからこそ、そして、彼の人格を知っているからこそ、ジョーはそう願わずにはいられなかった。
優秀なベテラン情報部員だと、南部も言ったではないか?
フランツが敵の手に落ちているとは思いたくなかった。
何かの理由で連絡が取れない状態にあるのだろう。
ジョーはそう信じた。
フランツはまた何かを掴んだら、連絡を取って来る。
きっとそうだ。
科学忍者隊が来たと解ったら、接触を計って来るかもしれない。
その事に期待を馳せるしか、今は出来る事がなかった。
ドクアップ国の隣国に到着したゴッドフェニックスを乗り捨てて、彼らは平服に戻った。
此処からは登山客を装って行く。
リュックサックを背負って、南部博士が特別に手配してくれた入国許可証をそれぞれが手にし、国境へと向かった。
これから何が待ち受けているのか、全く予想も付かない。
危険な任務である事には間違いなかった。
しかし、フランツも今も危険な任務に就いている可能性が高い。
科学忍者隊が任務の内容にとやかく言う物ではないのだ。
とにかく、状況を確認し、『エース』を探し出して必要に応じて救出する事。
それが彼らに与えられた任務だった。




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