『エース(3)』

『エース』は甚平と共に部屋を出た。
騒ぎになる前に消えたかったし、いつまたギャラクターの新手がやって来るとも限らない。
健達と合流して、街中から脱出した。
明け方になって来た。
健達もこの姿では目立ち過ぎる。
しかし、フランツの前で変身を解く訳には行かなかったから、また地下水路に入る事を健が提案した。
夜まで地下水路に潜むのだ。
フランツがパンを調達して来た。
「俺は絶対にそっちを向かないと約束するから変身を解いて食べるがいい」
フランツはそう言って、自分の食料だけを持って、離れた処に胡座を掻いた。
変身を解かなくても食事は出来るのだが、竜のバイザーだけは食事がしにくかった。
南部博士がダイエットの為にそうしたのだろうか?と竜は僻みたくなる事がある。
結局、竜だけが変身を解いて、健達に囲まれて食事を摂る事になった。
「で、これからどうするよ?」
ジョーが言った。
「再び潜り込んで敵の基地に辿り着くしか道はねぇんじゃねぇのか?」
「そうだな…。『エース』さん、どう思います?」
健が腕組みをして、フランツに訊いた。
「解決法はそれしかないように思う。
 ウランを使われてはならない。
 それが一番重要な事だ。
 ギャラクターが首相に変装している事が解った以上、猶予はないと見ている」
「やっぱりそうですよね」
「それ程逼迫しているのなら、夜まで待つべきではねぇように思うんだが…」
ジョーが呟くと、フランツも頷いた。
「その通りだ。いつ陰謀が巡らされるか解らないぞ。
 慎重に行きたい処だが、どうやらそうも言っていられないようだ」
「だったらどうして俺と逢った時に一時撤退させたんです?」
ジョーは不思議に思った。
「あの時は科学忍者隊が来たので、情報を遣り取りする必要があると考えた。
 だから、一時撤退したんだ。
 だが、敵はすぐに逆探知して我々を襲って来た。
 こうなればもう猶予はない。
 次にやる事は突入だ。
 或いは、わざとこのタブレットを起動させて敵を誘き出すと言う方法もある。
 今の内に全てのデータをISOに送ってしまうのだ」
『エース』はニヤリと笑った。
この人は何も恐れていない。
ジョーはその事を強く感じ取った。
「そいつはいい。向こうからお出ましとあれば、基地にも堂々と乗り込んで行ける。
 基地への道を案内してくれるようなものだからな」
ジョーは強い口調で言った。
「では、いいか?科学忍者隊の諸君」
「勿論です。お願いします。
 全員油断するなよ!」
健が言った。
フランツは先程敵から奪い取ったマシンガンを1丁所有していたが、もう、すぐに弾丸が切れる事だろう。
「あんたの武器は俺が調達してやるから、安心しな」
ジョーがフランツの近くで呟くように言った。
フランツにとっては、心強い言葉だった。
訓練を受けているとは言え、さすがに科学忍者隊のようには行かない。
武器も持たずに乗り込むなど愚の骨頂だ。
フランツはその事を解っていながらも、作戦を進めようとしたのである。
「『エース』さん、貴方には残って欲しい処ですが、内情を解っているのは貴方だけです」
健が申し訳なさそうに言った。
「構わない。危険を厭う程、柔ではないし、腐ってもいない。
 情報部員としての意地を見せてやる」
「でも、無茶はしないで下さい」
「君達の足を引っ張らない程度にしておくから、心配は要らない。
 自分の分と言う物は弁えている」
フランツはやはり大人だ。
決して無茶をして科学忍者隊の足を引っ張る事はないだろう、とジョーは思った。
情報部員として、やるべき事をやるだけだ。
腕っ節には自信があるだろうが、身を引くべき処では言わずともそうしてくれるに違いない。
その事は科学忍者隊にとっても大切な事だった。
さすがにベテランの情報部員だ。
立ち入るべき処とそうでない処の区別はきっちりと着けている。
健とジョーは安心して頷き合った。
この人なら水先案内人を務めて貰っても、問題はない。
(出来た人だ…)
健などは感心していた。
フランツの人となりを知っているジョーには当然の事だと言えた。
しかし、仕事中の彼も分別のある人間で良かった。
以前相棒を失ってからは、新しい相棒を受け入れないと言う。
なかなか頑固な処を持つフランツだが、任務の最中に犠牲となった『ビート』との関係は、それだけ深い物があったのだろう。
とにかくフランツを早く妻子の元に返す為にも、この任務は至急に片付けなければならない。
ジョーはそう思っていた。

より地下貯蔵庫に近い地点に移動してから、『エース』が、タブレット端末を起動し、一気にISOへメール送信を始めた。
すぐにギャラクターが襲って来るに違いない。
科学忍者隊の5人は既にそれぞれの構えで待っていた。
「よし、全て送信出来たぞ」
『エース』の言葉に、ホッと一息吐く5人であった。
『エース』が端末を仕舞うと、丁度足音が聴こえて来た。
「おいでなすったぜ」
ジョーはやる気満々の顔で、まるで舌舐りでもしそうな様子だった。
敵がやって来る。
ジョーの姿がまるでわくわくしている子供のようにフランツには見えた。
確かにジョーはまだ齢18の子供だ。
フランツから見たら、自分の半分しか生きていない、紛れもない子供だ。
だが、闘いの場では、素晴らしい働きを見せる事は、フランツも良く知っている。
「全員、散れっ!」
健の号令が掛かった。
「G−2号は、『エース』さんから離れるな」
「解ってるぜ」
ジョーはフランツを背に負うようにして、闘う覚悟を決めていた。
フランツも本人が言ったようにそんなに柔ではない。
武器さえ与えれば、相応の働き振りを見せてくれる筈だ。
ジョーはまず敵のマシンガンを奪う事を第一目標とした。
問題はない。
すぐにこなせる話だ。
敵がついに姿を見せた。
ジョーは長い脚で敵を蹴り捲り、鳩尾に重いパンチを浴びせた。
次の瞬間にはエアガンを抜いており、ワイヤーを使って、敵兵のマシンガンを絡め取った。
マシンガンを取られた隊員は、「あれ?」と間抜けな表情をしている。
その間にワイヤーをフランツの方に回し、ジョーはマシンガンを彼に渡した。
「ようし、これで思いっ切り暴れまくれるぜ」
身体を沈めたかと思えば、敵兵の脚を薙ぎ払って、どうっと纏めて倒している。
羽根手裏剣がピシュシュシュっと舞い、次から次へと敵兵の手の甲を貫いて行った。
気がついたら、ジョーはまたフランツの傍に戻り、タブレット端末を狙う敵兵に膝蹴りを浴びせている。
フランツは活躍する暇がなかった。
ジョーに何かあれば、援護するだけで充分なようだった。
(さすがの身体能力は相変わらずだ。
 俺の出番がない……)
苦笑する思いで、ジョーを見ていた。
しかし、油断はしていない。
自分はどこから狙われてもおかしくなかった。
とんでもなく離れた場所から自分を狙う銃口が見えたのに気づいたフランツは、マシンガンを思いっ切りぶっ放した。
敵がばたりと倒れ込んだのが見えた。
それを見て、ジョーがニヤリと笑った。
(フランツの奴、なかなかやりやがる…)
ジョーは安心して、「うおりゃあ〜!」と敵兵目掛けて回し蹴りをお見舞いした。




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