『エース(6)/終章』

ジョーの羽根手裏剣は狙い違わず隊長の両眼に当たった。
閉じた瞳に羽根手裏剣が刺さっているのは、凄惨な図だった。
しかし、この際仕方がなかった。
敵の隊長は激しく呻き始めた。
だが、このままで終わるような隊長ではなかった。
怒りは狂った精神に火を点けた。
ジョーは今の内に、とその槍を取り上げてしまおうとしたが、エアガンのワイヤーを巻いても、決して手放そうとはしなかった。
まるで掌に吸い付いているかのように、長槍は隊長の手から離れなかった。
その槍が狂った蛇のように自由に動き始めた。
眼は見えない筈だが、盲滅法に振られているかと思うと、決してそうではない。
ジョーを狙って振り下ろされている。
ジョーはその事に気づいた。
自分と同じ訓練をしていたのだろう。
気配を探って敵を襲う術を身につけているのだ。
(それならば気配を消してやる…)
ジョーはそっと気配を消した。
ギャラクターに対する憎しみの気も消して、『無』になった。
彼が無の境地に達した時、敵の隊長は、どこを狙って良いのか解らなくなって、動きを止めた。
両者探り合いが続く。
身体は何か加工がしてあり、攻撃しても無に等しい。
両眼をやってもこれだ。
ジョーは暫し考え込み、エアガンを天井に向けた。
その瞬間の動きを敵の隊長は見逃さなかった。
しかし、仕方がなかった。
ジョーは肉を斬らせて骨を断つ方法を見つけたのだ。
エアガンは天井のシャンデリアに向かって放たれた。
次の瞬間、長槍が彼の左肩を襲って来た。
ジョーはそれを辛くも避けた。
シャンデリアが落ちて、敵の隊長を押し潰した。
頭を打って気を失っている。
これで暫くは大丈夫だろう、とジョーは一息吐いた。
「ジョー、やったな」
何時の間にか健が横にいた。
チーフ連中を片付けたらしい。
「危なかったぜ…。
 この隊長は俺達の爆破によって全身を火傷し、俺達に酷く恨みを持っていたんだ。
 だから、なかなか手強かった……」
ジョーは長槍を拾って、太股に当てて折った。
念には念を入れて、刃物の部分をバーナーで焼いて、溶かしてしまった。
「これで意識が戻っても何も出来ねぇだろうぜ」
とジョーは言った。
その内に薬の効果で自滅するに違いない。
もう捨て置いて大丈夫だ。
ジョーは確信を持った。
「いよいよ、司令室に向かうぞ」
健が言った。
「此処にコンピューターを狂わせるいいものがある。
 俺のタブレットもイカれてしまうが、仕方があるまい。
 さっき必要なデータはISOに送ったしな。
 此処は俺に任せてくれ」
フランツはバッグから発信器のような物を取り出した。
「これをコンピューターのあちらこちらにセットすればいい」
「『エース』さん。それを我々にも分けて下さい」
フランツはそれを10個程持っていたのを健は見逃さなかった。
「俺の手で始末を着けたい。
 その代わりに敵の戦闘員の事は頼む」
「解りました」
フランツは健の申し出を断り、自分自身の手で、この基地のコンピューターを狂わせようと言うのだ。
爆弾を使う危険性を考えたら、その方がいい。
(最後にいい処を持って行きやがって…)
ジョーは苦笑した。
だが、笑ってもいられなかった。
司令室前にも、ギャラクターの雑魚隊員達が待っている。
「ようし、やってやるぜ」
先程の隊長戦の疲れも見せぬまま、ジョーは敵兵の渦へと乗り込んで行った。
他の科学忍者隊も同様である。
ジョーは伸び伸びと闘った。
羽根手裏剣を繰り出し、次の瞬間には自らの身体を駆使して、敵の背中に膝蹴りをお見舞いしている。
そのまま回転し、敵を足払いにし、エアガンの三日月型キットで、顎を砕いて行く。
エアガンを素早く腰に戻し、側転して別の敵を痛めつける。
それらの動きが早かった。
「ジョー、司令室の扉を頼む!」
健の声が飛んだ。
「解った!」
ジョーはエアガンのキットをドリルに取り替えた。
ドリルで穴を空けようと言うのである。
バーナーでも良いのだが、この扉は防火加工してある事が解ったので、ドリルを使った。
ジョーは額に汗しながら、ドリルを使った。
これは結構腕に来る。
しかし、彼なら問題はない。
司令室の扉を見事に円状に刳り貫き、ジョーはそれを蹴って一番乗りした。
敵兵が待ち構えていて、マシンガンの洗礼を受けたが、ジョーは上手く避けて無事だった。
健に守られるようにして、『エース』が入って来た。
「早くやれよ、『エース』」
ジョーが促した。
その間は俺が守ってやる。
無言の内にその気持ちはフランツに伝わっていた。
「解った!」
フランツはその発信器のような装置を各所に取り付け始めた。
恐らくは一番効果的な場所を解っているのだろう。
5分もしない内に、大型コンピューターに取り付けが完了し、狂いが生じ始めている。
この基地はもう使い物にならない。
そして、これから国連軍が地下貯蔵庫からウランを積み出す事になる。
『エース』の活躍によって、ギャラクターの野望が1つ潰えたのである。
「やったな…。『エース』……」
「有難う。G−2号を始めとする科学忍者隊の手助けがなければ、此処までは出来なかった。
 本心から礼を言わせて貰いたい」
「そろそろ、新しい相棒を受け入れたらどうです?
 1人じゃ危険極まりなくて、心配だ」
「『心配』してくれるのか?G−2号」
フランツは、ジョーを見た。
「そりゃあ、まあ、な……。
 それに仲間っていいもんだ。
 そうだろ?違うか?」
「ああ、君達を見ているとそう思うよ」
「じゃあ、決まりだな。
 今度逢う事があったら、新しい相棒を紹介してくれ。
 約束だ……」
ジョーは右手を差し出した。
フランツもそうして、2人は握手を交わした。
健達はそれを微笑ましい気持ちで眺めていた。
今回の闘いでは、この2人の闘い振りが目立っていた。
最後の要は『エース』だった。
その事を帰って、南部博士に報告しよう、と健は思った。
「ゴッドフェニックスで途中までお送りしましょう」
「いや、出張手当が出ている。
 自分で帰るよ。
 本来、情報部員は影の仕事だからな」
フランツはそう言うと、「じゃあ、また逢う事があったら…」と言って、科学忍者隊の元から離れて行った。
「大した人だな……。ブロ根性としか言いようがない」
健が呟いた。
「あの人はあれでいいのさ。
 自分の分と言うものを弁えているって言ってたじゃねぇか」
ジョーは眩しそうに沈む夕陽に同化しそうなフランツの後ろ姿を見送るのだった。




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