『痛み』

街で食料品を買い込んだジョーは、トレーラーハウスに戻った。
今日はサーキットにも行かず、ゆっくり休もうと決めたのだ。
この処、何となく体調が悪い。
疲れているのだろう。
そんな時は出来るだけ眠って、身体から疲れを追い出してしまえ。
そう思っていた。
パスタやパンなど簡単に食べられるものを購入した彼は、それを定位置に仕舞い込もうとした。
その時、ズキンと頭痛が起こって、パンを危うく落としそうになった。
ジョーはパンを何とか仕舞って、パスタはそのままに、ベッドへと横たわった。
(薬を買って来れば良かった…。
 どうしたんだ?この頭痛は……)
普通の頭痛とは違う気がした。
元々それ程頭痛を起こした事はなかったが、痛み方が妙に一箇所に集中しているように思えた。
頭部をナイフで刺されたような痛みが彼を襲った。
切り裂くような痛みだ。
市販の薬では効果がないかもしれない。
ジョーはベッドの上でのたうち回った。
震える手でシーツを掴む。
そのシーツがみるみる内に皺だらけに歪んで行く。
(何故だ?何故、こんな痛みが?!)
しかし、南部博士に相談する訳には行かなかった。
きっと、この症状が続く間は、科学忍者隊の任務から外される事だろう。
今、ギャラクターとの闘いが緊迫しつつある中、それは出来ない。
ジョーは痛む頭でそう考えた。
2週間程前から始まったこの症状。
最初は眩暈だけだったのだが、段々と眩暈だけではなく、頭痛も激しくなって来た。
胸が痛む。
このままでは、コンドルのジョーは潰れてしまうのかと。
頭の痛みよりも、心の痛みの方がズシリと彼に圧し掛かった。
このまま死んでしまうのかもしれない、と発作の度に思う程、その痛みは酷く、苦しかった。
何故体調が思わしくなくなったのか、心当たりが何もない。
前兆はあの眩暈だった。
それからと言うもの、日に何度かこうして苦しむ事がある。
何ともない日もあった。
痛みがなく、苦しまないで済んだ日は、治ったのか?と思う。
しかし、翌日はまた痛みが復活する。
まだ任務の時に起こっていないのが、救いだった。
発作は眩暈単独の物もあり、サーキットで走っている時に起こした事もあった。
その時は危険を考えて、すぐにコース外に出た。
心配して近づいて来たフランツには、「疲れている」と告げた。
眩暈が収まるまで、そこで待機し、帰宅したのだ。
そんな事が増えて来ている今日この頃、今日の日にスクランブルが掛からないようにと祈るしかない。
この痛みを堪えて、出動する事など到底出来ない。
痛みを押さえ込む方法を大至急覚えなければならない、とジョーは思った。
こんな時でも、科学忍者隊として生きる事しか考えられなかった。
痛みはやがて薄紙を剥ぐようにして、引いて行ったが、ジョーは暫くの間、ベッドから立ち上がれなかった。
もう1時間はベッドに横たわっていた事になる。
発作の時間が長引いている、とジョーは思った。
自分の病状は確実に悪くなっている。
この事をいつまで仲間達に隠し通せるだろうか。
健などは勘が良い。
何ともない、と誤魔化した処できっと見抜かれる。
その日が来るのが怖かった。
任務の時だけは発作が起こらないでくれ、と祈るしかなかった。
痛みはやがて収まって、ジョーは半身をベッドの上に起こした。
買って来た食材を調理する気にはなれなかった。
食欲も失っている。
この処、そんな事が続いて、少しジーンズが緩くなっているのを感じていた。
痩せるのはマズイ。
見掛けですぐに解る。
頬もこける。
出来るだけ食べ物を機械的に押し込むようにして食べていた。
カロリー不足の部分は、ゼリー状飲料を摂る事で、何とかしている。
そんな状況だから、なかなか『スナックジュン』にも足を運ぶ事が出来なくなっていた。
行っても無理矢理に食べ物を押し込むようにして食べていたら、甚平辺りが気づくだろう。
ジュンも勘が鋭いから、何か異常を察するかもしれない。
結局、任務以外には、仲間と接触しないのが、一番の道なのだ。
仲間達にはレースが立て込んでいる、と告げていた。
しかし、優勝した時にはいつも『スナックジュン』に花束を届けていたのに、それもない。
少し疑われ始めているかもしれない、とジョーは思った。
それでも仕方がなかった。
体調が悪い事は誰にも気づかれてはならなかった。
自分1人の胸に仕舞っておかねばならないのだ。
決して仲間達に発覚してはならない。
南部博士に報告され、任務から外されてしまう。
この症状では、投薬で様子を見よう、などと悠長な事を言っていられない状況に陥っている事は間違いのない事だ、とジョー自身にも解っていた。
だから、医者にも架かれない。
重篤な症状だとなれば、南部博士に連絡が行ってしまう事だろう。
それだけは避けたかった。
科学忍者隊でなく、ただのレーサーならとっくに医師に診断を仰いでいただろうが、ジョーにはそうは行かない理由があったのだ。
ギャラクターへの復讐が果たせなくなる。
科学忍者隊にいるからこそ、ギャラクターと接触も出来るのだ。
自分の復讐心は病いで朽ちる程の弱いものではなかった。
例え、病気が手遅れになって、自身に死が訪れるような事になっても、ギャラクターに復讐する事の方が彼にとっては重大な事だった。
遠からず死を迎えるかもしれない、と思っていても、病いなど吹き飛ばしてギャラクターを斃す自信はあった。
何故ならば、自分にはもう時間が残されていない事を、ジョーはまだ知らなかったからである。
ギャラクターを斃し、それからなら前向きに治療を受けよう。
そう決意していたのである。
だから、今はどんな痛みにでも耐えられた。
あの刺すような痛みに、膝から崩れ落ちそうになる眩暈に、恐怖感はあったが、それを制圧するだけの意志の強さを彼は持っていた。
だからこそ、1人で抱え込む事が出来たのだ。
のたうち回るような痛みに耐え、視界がぐるぐる回るような眩暈にも耐え、彼はそれを押し隠した。
ただただ、任務の時にその症状が出ない事を願って…。
もしそんな事が起こったら…、そう考えただけで胸が痛くなる。
そうして、その考えを自分の心から無理矢理に押し出す。
それの繰り返しだった。
ジョーはそうして、発作の痛みと心の痛みの2つの痛みと向き合った。
自分自身を制御して、雄々しくも立ち向かったのである。




inserted by FC2 system