『夕焼けのサーキット』

今日はジョーが出場するレースの日だった。
久し振りの大きな大会なので、ジョーは張り切っていた。
そして、健達も甚平手製のお弁当を手に、応援にやって来ていた。
「ジョーの兄貴。終わったら美味しいサンドウィッチが待ってるからね。
 絶対優勝してね」
甚平が彼らしくジョーを鼓舞した。
「ああ、やってやる。優勝しなければ俺にとってはレースに出る意味はねぇんだ」
ジョーはやる気満々だった。
「だが、飛んだ伏兵がいる事もある。
 油断するなよ、ジョー」
健が言った。
「解ってる。1人気にしている奴がいるんだ…」
「誰だ?」
「今まで見た事もないレーサーだ。
 身体は小さいがなかなか鍛え上げられている。
 どこの地域から来たかは知らねぇが、伏兵がいるとすれば奴だろうぜ」
ジョーはその懸念を口にした。
「だが、負けねぇ。見てろよ…」
そう言い残して、観客席からピットの方向へと向かった。
マシンの調整は自分でするのがこのレースの決まりだ。
ジョーは元々自分でG−2号機を整備していたので、慣れていた。
先程コースの試走をして、タイヤを履き替える必要がない事も解っていた。
後はエンジンを見るだけだ。
「君がこのサーキットで最年少優勝を果たしたと言うジョーか?」
太く低く響く声が後ろから聴こえた時には、ジョーは既にその存在に気づいていた。
ジョーのその声よりも低いバス(テノール、バリトン、バスの順で声が低くなる)の通る声だった。
ジョーは振り向かずに答えた。
「そうだ、俺がジョーだが、何か?」
「顔見せに来ただけだ。どんな若造かと思ったが、なかなか骨がありそうだ」
男は小さい身体を揺すって笑った。
ジョーは何となくこの男の正体を感じ取っていた。
元F1ドライバーのマック・グローリア。
明らかに変装しているし、彼の登録名は偽名なのだが、身体付きと喋り方からそう感じた。
何故こんな処でストックカーレースに参戦しようなどと思ったのかは予測が付かない。
何か、ある…。
ジョーは嫌な予感に襲われていた。
ギャラクターに取り込まれでもしていて、自分を襲うつもりなのではないか、と彼は密かに警戒していた。
自分のチームを持つ事になった、と新聞で読んではいたのだが……。
レース開始時間は定刻通り。
ジョーは事前のくじ引きでポールポジションを取っていた。
隣に並んだのがマック、いや、偽名を使っているから『ノートン』の車だ。
嫌な予感は益々増したが、もう時間はなかった。
チェッカーフラッグが振られ、ジョーはアクセルを踏み込んだ。
レースは早くもジョーと『ノートン』の一騎打ちと言った様相になっていた。
フランツも出ていたが、スピンして脱落して行った。
今日のコースは特別にいろいろな仕掛けがなされている。
いつもはない場所にタイヤが積まれていたり、コースに油分が撒かれていたりと、そう言った仕掛けだ。
ジョーは試走の時に全てを確かめていたので、それには引っ掛からなかった。
ただ、自称『ノートン』の走りが気になっていた。
インコースからではなく、アウトコースから抜こうとして来るその大胆さ。
レーシングカーとストックカーの違いはあったが、現役時代のマックを思わせる走り振りだった。
ジョーは抜かれては抜き返し、トップの座を僅差で守っていた。
そして、そのままゴールに成功する。
ジョーが1位、『ノートン』が2位と言う結果に終わった。
表彰台を降りた後、『ノートン』が話し掛けて来た。
「おめでとう、ジョー。君には適わなかった」
「あんた、『ノートン』ではなく、マック・グローリアだろ?」
ジョーがそう言うと、『ノートン』は変装を解こうとした。
「変装は解かなくていいさ。周りで騒ぎが起こる」
「さすがはいい勘しているな。聴いていた通りだ」
「誰に聞いた?」
「君が親しくしているフランツ。あいつは俺の同窓生だ」
「ほう。そうだったのかい?で、どうしてこんなストックカーレースに出て来た?」
ジョーは元F1ドライバーだろうが、年上だろうが、いつもと同じ口の聞き方をしていた。
「まさか、手抜きなんかしてねぇだろうな?!」
一番許せない事だ。
ジョーはそれを問い正したかった。
「手抜きは一切していない。
 ストックカーレースには慣れていなかったし、何よりもジョー。
 君のテクニックが素晴らしかったからだ。
 抜き返して来るあのテクニックは、他の誰にもないものだった」
「そうかな?」
「もう、勘の良い君の事だ。私の目的は解っているだろう?」
「まさか、新しく作るチームにスカウトに来たとか言うんじゃないだろうな?」
「その通りだと言ったら?」
「………………………………………」
ジョーは驚きで答えられなくなった。
元F1ドライバーからの誘いは、正直言って嬉しい。
今までどんなスポンサーからのスカウトにも応じなかったジョーも、さすがに心が動いた。
「将来上でやって行きたいと言う気持ちは正直言ってある。
 だが、今はある事情があって、それに応じる訳には行かない」
「フランツの言った通りだな…」
マックは右手を顎に当てた。
「待とう、と言ったら?どの位待てばいい」
「地球が平和になるまで。それ以上は何一つ答えられない」
ジョーは短く答えた。
「その答え、信じていいんだな。
 ギャラクターとか言う組織が地球を席巻している事は知っている。
 そいつらが撲滅された頃には、君を迎えに来てもいいと言う意味に取ってもいいんだな」
ジョーはマックの言葉に黙って頷いた。
マックはそれで充分だ、とばかりに取って返した。

「ジョー、おめでとう!」
仲間達の処に行くと、皆興奮冷めやらぬ状態だった。
「伏兵も上手く躱したじゃないか!」
健が言った。
ジョーは貰った花束をジュンに渡した。
それを遠目で見て悔しがっている女性達がいる事を意識しつつも、構わねぇ、と思った。
店に持って行って渡すのも今渡すのも同じ事だ。
女達は誤解するだろう。
ジュンが変な目に遭わなければ良いのだが、と思う反面、ジュンなら大丈夫だろう、と言う意識もあった。
「さっきの男と話していたな。最後は握手までしていたじゃないか」
健がもう姿が見えない『ノートン』を探すような素振りを見せた。
「好敵手だったからな。今頃はフランツと一緒だろう」
ジョーは遠い眼をした。
マックから振られた話は、仲間達にはしなかった。
自分の心の中だけに留め置きたかった。
いつか、ギャラクターを斃す、そんな日が来たら、自分は夢に向かって羽ばたいてもいいんだ。
そう思ったら、何となく気分が軽くなった。

それから半年が過ぎた。
復興しつつあるサーキットに『ノートン』の姿が見えた。
「待っていたよ。マック」
フランツが前方からやって来た。
「ジョーを改めてスカウトにやって来たんだな……」
「ああ、その通りだ。ジョーはどこにいる?」
「残念な知らせをしなければならない。
 ジョーはギャラクターのブラックホール作戦の犠牲になったそうだ」
フランツは悔しそうに唇を噛み締めた。
彼自身、妻子を失っている。
ジョーの事は健の口から真相を全て知らされていたが、「ジョーは科学忍者隊だった」とは言えなかった。
「まだ、18だったのに…。残酷な運命だとしか言いようがない」
フランツは自分のマシンのルーフを叩いた。
「そうか…。死んだのか、ジョーは……。
 走らせたかった。絶対にいいレーサーになったのだが。
 残念だ…。私のチーム・マックの計画も頓挫だ」
「やめるのか?」
フランツがハッとしたように顔を上げた。
「ジョーがいない以上、私の眼に適うドライバーは誰もいない」
マックはそう言い切った。
「そうか……。残念だな……」
フランツも気落ちしていた。
ジョーの死はいろいろな処に波紋を広げていた。
「喪いたくなかったな……」
フランツが呟いた言葉が全てだった。
18歳の若さで亡くなったジョーを悼む声はあちこちから聴こえて来た。
その声はジョーに届いているのだろうか?
届いていると信じたい。
生き急ぎ過ぎた彼を誰も責める事は出来ないが、生きていて欲しかったと言う気持ちは共通していた。
いつか彼が生まれ変わって来る事があったら、せめてまた逢いたい。
そう思わずにはいられない存在だったのだ。
サーキットの空はどこまでも青く、澄み渡っていた。
「ジョーは此処から夕陽を眺めているのが、好きだった。
 せめてもの供養に、見て帰ったらどうだ?」
フランツはマックを誘った。

※この話は2015年2月22日を記念して書いたものです。




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