『ハンモックからの風景』

良い天気だった。
今日はパトロールもない。
午前中にサーキットでひとっ走りして来たジョーは、『スナックジュン』で昼食を摂り、森へと戻って来た。
此処にはハンモックも吊るしてあり、一番のお気に入りの場所だった。
羽根手裏剣の訓練をする為に、手製の板も吊るしてある。
後に甚平が『ジョーの森』と名付けた場所であった。
森の木々が切り取る空をハンモックの上から眺めるのが好きで、良くこの場所にトレーラーハウスを停めた。
真っ青な爽やかな空、そして夕暮れ時には夕陽がゆっくりと落ちて行くのを飽かずに眺めている。
そんなのんびりとした時間を取る事が、とても贅沢に感じられた。
ジョーはトレーラーハウスには入らず、早速ハンモックに横たわった。
ゆらゆらと揺れて心地好い。
空は雲ひとつなく、綺麗な空色だった。
そこを健のセスナが飛んで行くのが見えた。
うっすらと飛行機雲が健のセスナを追い掛けて行く。
「やってるな…」
健はアクロバティックな飛び方をして、木々が切り取る視界から消えて行った。
空には暫く飛行機雲が残った。
それが少しずつ薄くなり、消えて行く。
ジョーはじっとしてそれを見ていた。
ハンモックが時折風で揺れる。
風は強くはなく、爽やかだった。
気持ちがいい。
ユートランドは気候が良く、暑くもなく寒くもない。
カラッとした天候で、いつでも爽快だ。
ジョーはこの気候が気に入っていた。
1年中半袖でいられる。
空から飛行機雲が完全に消えて、また空色になった。
まだ昼間だ。
夕陽が落ちるまでには時間がある。
ジョーはウトウトとし始めた。
こんな日はブレスレットが鳴らないといい。
そんな風に思いながら、気が付くと、寝入っていた。
爽やかな風に吹かれながら、ジョーは夕方まで眠ってしまった。
「思ったより、眠ってしまったようだな。
 今、何時だ?」
とジョーが呟いた時、空が赤くなり始めたのに気づいた。
「もうこんな時間か……」
贅沢な時間の使い方をしてしまった。
しかし、日頃の任務の疲れを取るには丁度良かった。
疲れが綺麗さっぱり消えている。
(俺は疲れていたのか……)
普段、疲れを知らないつもりだったが、身体には疲れが蓄積していたのだろう。
ジョーはそれを実感した。
(贅沢な時間ではなくて、俺にとっては必要な時間だったって訳か…)
先日傷を受けて復帰したばかりであった。
いつも以上に疲れが出ていたのだろう。
ジョーは空を見上げた。
夕陽のパノラマショーが始まろうとしていた。
空色に橙色が混じり始めている。
色合いはグラデーションになっており、橙色も単色ではない。
刷毛で刷いたような色合いが拡がり始めた。
ふと気づけば、空色の方にもコバルトブルーが混ざり始める瞬間があった。
太陽が沈んで行く。
木々が切り取るスペースからはそろそろ太陽が見えなくなっていた。
ジョーは様々な場所から夕陽のパノラマショーを見て来た。
お気に入りの場所はいくつもある。
その中でも、此処はハンモックに横になったまま夕陽の変化を観察出来る貴重な場所だった。
海辺で見る夕陽も好きだった。
海の上に出来る自分に向かって来る夕陽の道が、彼は気に入っていた。
子供の頃から生まれ故郷まで歩いて行けるような気がしていた。
それは今も変わらない。
今日、その場所を選ばなかったのは、無意識に疲れを感じていたからに違いない。
橙色とコバルトブルーが混ざり合って来ている。
それはこれから夜の帳が降りると言う合図だ。
見事なグラデーションだ。
水の中で絵の具を混ぜ合わせたようなイメージだった。
ジョーはそれをじっと見つめていた。
故郷で見た夕陽もこんな感じだった。
子供の頃から故郷の一番高い木に登っては、夕陽を眺めていた。
両親が仕事で不在の時はいつもそうしていた。
夕陽が好きなのは、見ていて飽きないからだろう。
色合いの混ざり具合が刻々と変わって行くのを見ているのが好きだった。
それが今でも続いている。
森の木々が切り取る空は段々とコバルトブルーへと変化して行った。
橙色が影を潜めて来る。
そして、何時の間にかコバルトブルーがその面積を凌駕する。
パノラマショーはまだ終わっていない。
コバルトブルーはやがてその色を強くして行き、夜空に星を瞬かせる。
ジョーはそうなっても、まだハンモックから降りようとはしなかった。
空を飽かずに眺め続けた。
(ユートランドの空は綺麗だ。
 BC島のそれのようにな……)
ユートランドは無公害都市として開発された。
空も美しい筈だ。
ジョーは空に瞬く星座を探した。
子供の頃、両親と庭に寝っ転がって、星座を教えて貰ったのを思い出す。
ふと気づけば、頬に涙が伝っていた。
ジョーはそれをゴシゴシと握り拳で乱暴に拭いた。
(俺とした事が……)
何も恥じる事などない。
彼は此処に今、1人だ。
だが、涙を流してしまった事実に、彼は恥じらいを覚えた。
自分は強いつもりだった。
だが、両親の事や故郷の事を思うと、まだこんなに感情が溢れて来るのだ、と改めて思い知らされた。
仲間達の前では絶対に見せられない姿だった。
孤高の人、『コンドルのジョー』は強くなければならない。
ジョーは空腹を覚えて、夜空を眺めるのを止めた。
今日は半日もハンモックに寝そべっていた。
身体の疲れは癒された。
夕陽を見る事で、心も癒された。
これで明日からまた闘う事が出来るだろう。
今日は『充電』する日だったのに違いない。
ジョーはハンモックから降りて、尻ポケットからトレーラーハウスの鍵を取り出した。




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