『逆光』

余りの眩しさに立ち上がれなかった。
ベルク・カッツェが投げた照明弾に眼を射られ、激しい眩暈を起こしたのだ。
「くそっ!カッツェ!また逃げる気か?」
カッツェが逆光の中、影となって姿を消した。
俺は奴を追おうとして立ち上がろうとしたが、頭がクラクラとしてよろめいてしまった。
誰かが後ろから支えてくれた。
「大丈夫か、ジョー!?」
健だった。
「カッツェが!」
俺はそれしか言えなかった。
頭がズキズキと痛み、思わず膝を付いた。
またあの発作だ。
「お前…。見た処傷は受けていないようだが…?」
健が俺の顔を覗き込む。
「大丈夫だ。照明弾で一瞬眼が眩んだだけだぜ」
見ないでくれ。
その真っ直ぐな眼で俺を見ないでくれ!
俺はそう願った。
「歩けるか?ゴッドフェニックスに戻るぞ。この基地は自爆装置が作動しているに違いない」
健が肩を貸してくれた。
(あ…頭が割れそうだ…。足が動かねぇ…)
「どうしたんじゃ?ジョー?」
竜の声がした。
「照明弾で眼をやられたと言うんだが…。それだけではなさそうだ」
健が言った。
(頼む…。余計な詮索はしないでくれ…)
俺の身体が誰かの大きな肩に軽々と担がれた。
多分竜だろう。
「ジョーはおらに任せとけ!脱出するぞいっ!」

俺が意識を取り戻したのは、ゴッドフェニックスのトップドームの上だった。
「ジョー!大丈夫か?」
「すまねぇ。あの光にやられただけだ。もう何でもねぇ…」
逆光の中の憎々しいカッツェの影が脳裏に浮かんで、また頭痛を引き起こした。
ゴッドフェニックスの座席まで自分で歩く事が出来なかった。
(この俺が何て態(ざま)だ……!)
俺は眼の前の計器を叩き割りたい衝動に駆られた。
幸いにして健達は俺の異常が照明弾による一時的な物だと解釈してくれたようだ。
「ジュン。ジョーにアイマスクを」
健が指示をして、ジュンが救急パックから出したアイマスクを俺に手渡した。
「すまねぇな」
此処は誤解していて貰った方が都合がいい。
俺は大人しくアイマスクを付け、眠った振りをした。
……『寝た振り』をしたつもりだったが、実は余りの頭痛の為、意識を失っていたらしい。
三日月基地が破壊されてからは、南部博士の別荘を秘密基地代わりにしていた。
別荘の近くにある隠し倉庫に戻るまで、俺は『眠って』いた。
みんながそう思い込んでくれていれば有難い。
立ち上がるとまだふら付いたが、何とか歩く事が出来た。
「ジョー、医務室で博士に検査して貰え」
健に腕を引っ張られたが、
「いや、ただの睡眠不足だ。悪いが休ませて貰うぜ」
俺はそう言ってその腕を振り切り、博士の別荘の中で自室として振り分けられている部屋へと直行した。
トレーラーハウスに戻る気力は無かった。

頭痛と眩暈の発作は日に日にその間隔を狭めている。
部屋に入ると俺は無意識に後ろ手に鍵を閉めた。
その瞬間突然光が翳り、膝が力を失った。
床に崩れ落ちると、俺はまた意識を失くした。
親父とお袋との最後の瞬間(とき)の夢幻(まぼろし)を見る。
(俺はもうすぐそっちの世界に逝けるのか…?)
ふと意識を取り戻すと、俺は床に手を付いてゆっくりと起き上がった。
眩暈が収まっている。
そっと立ち上がってみる。
頭痛はまだ残っているが、然程強くはない。
喉が渇いていた。
部屋には小型の冷蔵庫があり、飲み物が数本入っている筈だ。
俺はミネラルウォーターを取り出し、ベッドに座って蓋を開けた。
冷たい水が喉を潤して行く。
これから、今日のように任務中にも症状が出るかもしれない。
いつまで隠し通せるか…?
いや、隠し続けなければならない。
俺の生命は復讐の為だけにあるのだから。
……コンコン。
そっとノックの音がした。
「ジョー…入るぞ」
声を聴かなくても気配で解る。
訪ねて来たのは健だ。
「ああ…。今、開けるぜ」
俺はベッドから立ち上がって鍵を開けた。
「お前が鍵を閉めてるなんて珍しいな。もう具合はいいのか?」
「ああ。少し眠ったらすっかり大丈夫だぜ」
俺はニヤリと笑って見せた。
顔色が悪いのは、部屋の暗さで誤魔化せた筈だ。
「そうか…。それならいいんだ。食事の用意が出来てるってさ」
健が親指で食堂の方向を指差した。
「わざわざ来なくてもブレスレットで知らせてくれりゃいいのに」
「寝不足だって言ってたから、寝てると悪いと思ってさ」
健が飛びっ切りの笑顔を見せた。
三日月珊瑚礁の基地を失くしてから、久し振りに見せた笑顔だった。
こいつの笑顔には俺に力を与えてくれる何かがある。
奴はついに基地を失ったショックを乗り越えたようだな。
そうだ。俺もこんな不調は絶対に乗り越えてやる。
ギャラクターの奴らを、ベルク・カッツェをこの手で叩きのめすまではな。




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