『永過ぎた春を越えて』

コンドルのジョーの死から7年が過ぎていた。
その命日に健とジュンが結婚式を挙げる事になった。
敢えてBC島のあの教会を選んで。
BC島に出発する前日、甚平が神妙な顔をしてジュンにスケッチブックを手渡した。
『スナックジュン』は畳む事になり、その同じ場所で『軽喫茶JIN』が営業を開始する事になっており、甚平がそこのオーナー兼シェフとなる事が決まっていた。
結婚式が終わって戻って来たら、店の改装が始まる事になっている。
「ジョーの思い出がまた1つ無くなってしまうのね…」
ジュンが感傷的な声で言った。
「お姉ちゃん、このスケッチブック、開けてみて」
甚平が差し出したスケッチブックには余り綺麗とは言えないが懐かしい文字があった。
「これ……」
「ジョーの兄貴だよ。おいらがインフルエンザで寝込んだ時に、ジョーの兄貴にお姉ちゃんに料理を教えてよ、と頼んだ事があってさ。
 ジョーは『何で俺が?』なんて言ってたけど、後でこっそりおいらにこれを渡してくれたんだ。
 『いつか、ジュンが健に貰われて行く時に渡してくれ』、って」
ジュンはページを繰った。
ジョーにとってはこの国の言葉は母国語ではない。
汚い字だったが、それでも彼にしてみれば丁寧に書いたのだろう。
何とか判読可能な文字が並んでいた。
それはイタリアンのレシピだった。
所々に説明用のメモ的なイラストも描かれている。
「ジョー……」
ジュンは思わず涙ぐんだ。
「おいら、ジョーの兄貴に訊いたんだ。どうして自分で渡さないんだい?って。
 そしたらジョーは急に寂しそうな顔をしてこう言ったんだ…」
闘いが終わったら、俺は糸が切れた凧のように、風に吹かれてどこかに飛んで行っちまうかもしれねぇからな……。
「本当にそうなっちまったよな……」
甚平は一瞬沈んだ声を出したが、すぐに明るい表情に戻った。
もうすぐあの頃のジョーの年齢に追い付きそうになるまで彼は成長していた。
「おいらもジョーの真似をして、『スナックジュン』で出したメニューを少しずつレシピに纏めておいたんだ」
甚平はキャンパスノートを取り出して見せた。
.「甚平……」
ジュンはいつの間にか自分より背が高くなった甚平を抱き締めた。

挙式当日のBC島は快晴。
2人を祝うように、まるでジョーが健とジュンを祝福しているかのように、花々が美しく咲き乱れていた。
「鷲尾健様とジュン様に花束が届いています」
花屋が挙式前の教会を訪ねて来た。
綺麗に整えられた生花のブライダルブーケに添えられたカードには『ジョージ浅倉』の名前。
「これは……テレサ婆さんの字だ…!ジョーの奴、こんな事まで頼んでいたのか……」
健が唇を噛み締めた。
『長い春だったな。おめぇらにはほとほと待ちくたびれたぜ。
 幸せになれよ。俺の分もな……』
教会に足を踏み入れた時、確かに健とジュンの2人には懐かしい風とともにジョーの心地良く優しい声が届いていた。




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