『夢枕』

ジョーの夢を見たのは久し振りだった。
俺達はサーキットの観客席にいた。
大きなレースが開催されていた。
当然のように表彰台の一番高い場所に立った奴は、キラキラと輝いていた。
生きていてくれたのなら、今、実際にこんな場面を見ていたのかもしれない。
でも、ジョーはもういないんだ。
あれが夢だと気づいた時の、喪失感ったらなかったな……。
今日はパトロールがあって、4人が集まった。
皆が同じ夢を見ていた事が解って、俺は驚いた。
「今日はジョーの命日でもないのに、一体どうしたんだろう?」
俺は思わず呟いた。
「その事なら1つ情報があるわ」
ジュンが言ったんだ。
「何だ?」
と俺が訊くと、ジュンは涙を零しそうになりながら、こう言った。
「私の店にジョーの仲間が来てくれたのよ。
 今日はジョーが良く通っていたサーキットで大きなレースがあるのですって。
 勿論、ジョーがいたら、優勝候補間違いなしだって言ってたわ」
ジュンの言葉を聴いて、俺は成る程、と思った。
ジョーは走りたかったんだ。
俺はパトロールが終わると、バイクに跨ってあのサーキットへと走った。
まだレースは行なわれていた。
コースを59周もすると言うF1並みの耐久レースらしい。
ストックカーレースとしては、長いレースだろう。
俺は思わず、脇に『2』の数字がある蒼い車を探した。
気のせいだろうか?
トップを走っていると思われる車は−−周回遅れが走っているから定かではないが−−ジョーのG−2号機ではないか?
俺は眼を瞠った。
また夢を見ているのか?
それともジョーが走りに帰って来たのか。
ジョーが生きている?!
そんな筈がなかった。
それにG−2号機はゴッドフェニックスに格納されている筈だ。
俺は眼をこすった。
再び見た時、その車には『5』の文字が描かれ、色も若干違っている事が解った。
動体視力トレーニングを積んでいる俺が何とした事か。
錯覚を起こしていたのだ。
ジョーの車が見たいばかりに……。
でも、そのトップを走っている車を応援したくなった。
在りし日のジョーを思いながら、俺は「ファイト!」と叫んでいた。
カーブの曲がり方がジョーに似ている気がした。
俺が勝手にジョーと重ね合わせているだけなのだろう。
やはり幻を見ているのか?
ジョーが生きていたら、優勝は間違いのない事だと思った。
彼なら、ギャラクターが自滅した今、もっと上の道を走っているかもしれない。
F1レーサーを目指して、もうこのコースではない場所で、レースに参加している事だろう。
そんなジョーを見たかった……。
俺は急にこのレースを観続ける気が失せた。
そうだ。ジョーならもうこのコースは走ってはいない。
きっと……。
彼にはスポンサーになりたい企業や個人事業主が群がっていたのだ。
任務の事を考え、ジョーはそれを断っていた。
実は元F1レーサーにも、自分のF1チームに入らないか、と声を掛けられている。
ジョーはそっと俺に話してくれた。
話は保留していると言っていた。
今頃きっとそのチームに入り、頭角を表わしていたに違いない。
俺達の手が届かない存在に伸し上がって行くのは、時間の問題だっただろう。
まだあれから半年しか経っていないが、このサーキットもこれだけ復興した。
ジョーも伸び伸びと走っていると思うと、俺はそれを観たくて仕方がなくなった。
だが、それは叶わない。
「ジョー。だから俺達の夢の中で目一杯走っていたのか?」
独り言を言っていた。
そうだ。ジョーは俺達の心の中では、いつまでも走っている。
ずっと現役のままだ。
走りたかっただろう。
生きたかっただろう。
あんな病魔に冒されなければ……。
ジョー。あの仔犬はもう成犬になって、立派な家で可愛がられているそうだ。
博士の知り合いの家だと言うから、安心だぜ。
あの事がなかったら、と思わない事はないが、仕方がなかった。
ジョーがあの仔犬を放っておける筈もなかったからな。
俺が一番その事を解っているつもりだ。
だが、破片が脳の中に残っていただなんて……。
慚愧に堪えない。
それは俺達よりも南部博士が一番感じている事なのだろう。
ジョー。お前には生きていて欲しかったぞ。
俺達と共に白髪になるまで、傍にいて欲しかった。
だが、お前は自由に羽ばたいて、結局俺達の手の届かない場所に行ってしまったんだろうな。
有名なF1レーサーになって……。
その姿を見たいのは、俺だけではない筈だ。
ジュンも、甚平も、竜も、そして南部博士も……。
F1の表彰台に上がって、得意そうにしているお前を見たかった。
テレビでしか逢えない人になってしまったとしても。
新聞を開けば、お前が表彰台で笑顔を見せている写真が大々的に載っている。
そんな世界を夢見てしまうのは、愚かな事なのだろうか?
もう有り得ないと言う事が解っていても、そんな事を思ってしまう。
ジョーが俺達の夢にあんな形で出て来たって事は、まだ走りたいって事なんだろうと思う。
俺だって走らせてやりたいよ。
もうそれは叶わない事だなんて、認めたくない。
俺達はジョーの遺体を見た訳ではないからな。
まだ生きていると信じたい気持ちもある。
だけれど、南部博士は「無理だ」と断言している。
あの病いで残り僅かな生命だった処に、マシンガンで蜂の巣にされたジョー。
生きて俺達に逢えた事自体が奇跡だと博士は言う。
確かにそうだと思う。
でも、「俺達は遺体を見ていない」!
どこかで生きていてくれる事はないだろうか?
時々そんな考えが浮かんでしまう。
博士の言う通り、希望はない。
それなのについそう思ってしまうのは、それだけジョーに生きていて欲しかった、と言う気持ちの強い表われなのだ。
ジョーが走っていたら、俺達はどんなにジョーが遠い存在になったとしても、世界中のサーキットに応援に出向く事だろう。
それはきっと楽しい旅になった筈だ。
そうなる事はもうないと言うのに、未だにそんな事を夢見てしまう。
愚かだ。俺は愚かだ。
後ろばかりを見ていては、前に進めない。
ジョーはきっと嗤うだろう。
俺の事は忘れろ、と言うだろう。
それとも、どこかで生きていると思っていてくれ、とでも言うだろうか?
解らない……。
でも、ジョーがいない事だけは確かな事だ。
俺はジョーを見捨てた。
その事が今でも胸に重く伸し掛かる。
せめて、ジョーがF1レースで転戦しているのだと思い込んだ方が自分の救いになる。
そうか!
だから、俺はそう思いたいんだ。
これは自分の為だったんだ!
ジョー、済まない。
俺は自分が救われたいが為に、こんな事を思っていたのか……。
あの時はああするしかなかったんだ。
科学忍者隊のリーダーとして。
お前は解っていてくれたと思う。
「さあ行け」と背中を押してくれたのはお前だった……。
俺はこれからどうしたらいい?
お前に訊いても、「自分で答えを見つけろ」と言うのだろうな。
そうだ、もうお前には訊かないよ。
自分で答えを探そう。
例え長く時間が掛かっても……。
その事に思い至る事が出来ただけでも、今日、このサーキットに来た事は実りのある事だったに違いない。
ジョーが夢に出て来て、そう導いてくれたのかもしれないな。




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