『北極点(1)』

ジョーはサーキットで軽く走った後、『スナック・ジュン』に来ていた。
客は科学忍者隊の面々しかいなかった。
此処は彼らの溜まり場になっている。
「ジョー、どうしたの?食欲がないじゃない」
「ああ、走る前に朝食をしっかり摂ったからな」
「そうならいいんだけど……」
ジュンがなかなか減らないジョーの皿の中身を見て、少し心配した。
「最近、疲れているんじゃないのか?」
健も訊いて来た。
「いや、そんな事はねぇぜ」
「そうか。ならいいんだが、少し頬が痩けたような気がしてな。
 気のせいかな?」
「ううん、気のせいじゃないよ。おいらもそう思うもの」
甚平が健の意見に賛同した。
「そんなに心配すんなって。
 今度のレースはレーシングカーレースなんだ。
 体重は落としておいた方が有利なのさ」
「それは理論上解るが、任務に差し支えない程度にしてくれよ」
健が言った。
「解ってるさ」
ジョーは少し唇を曲げた。
正直、煩いなと思っている。
此処に来るのも善し悪しかもしれない。
実は最近眩暈や頭痛に襲われる事があって、体調を崩しているのだ。
食欲がないのもそのせいだろう。
だが、そんな事を仲間達にはとても言い出せるものではなかった。
『科学忍者隊の諸君』
ジョーが考え込んでいる時に、南部博士からの指令が入った。
『至急、基地に集まってくれたまえ』
「ラジャー。此処に全員揃っています」
健が答え、ジュンと甚平は閉店準備に掛かった。
こういつも閉まっているような店に、客が定着してくれる筈もなかった。

三日月基地は、キラキラと光る海が見渡せた。
司令室はそう言う造りになっている。
博士はすぐにやって来た。
「ご苦労。実は国際科学技術庁に、こんなテープが送られて来た」
博士は再生機にそれを掛けた。
『南部博士に科学忍者隊の諸君。おはよう』
「またカッツェの野郎かいな?」
竜が嫌そうな顔をした。
『北極点にあるものを仕掛けた。君達に是非調べて貰いたい』
テープはそれだけ言って切れた。
「これだけですか?」
健が訊いた。
「そうなのだ。観測隊に連絡を取っているのだが、連絡が途絶えている」
「何かあったと言う事ですね?」
「そうとしか思えん」
「ある物を仕掛けたって、一体何だ?」
ジョーが呟いた。
「うむ。丁度有人宇宙船のヤマト15号が近くを飛んでいる。
 間もなく衛星写真が届く手筈になっている」
衛星写真は程なく届いた。
「パラボラアンテナのようですねぇ」
ジョーが腕を組んで言った。
スクリーンに映し出された写真によると、巨大な箱のような簡素なコンクリートの建物が作られており、その屋上とも言うべき場所から、大きなアンテナらしき物が立っていた。
その正確な大きさまでは解らない。
「うむ……。これは一体何をしようと企んでいるのだろう」
南部博士も黙り込んでしまった。
「何らかの電波を発信しようとしているのか、それとも受信しようとしているのか……?」
ジョーの呟きに、南部が反応した。
「ギャラクターは恐ろしく能動的だ。恐らくは前者に違いない」
「電波を発信?どこにですか?」
健が意気込んだ。
「宇宙にだよ、健」
南部博士はスクリーンに映るパラボラアンテナの映像をじっと見た。
「地球は自転・公転している。
 無論極点に於いては自転は観測出来ないが、公転だけで考えても、長い目で見ればあらゆる方向に電波を発信出来るだろう」
「その電波とは?」
「それは諸君の調査に委ねるしかない。
 映像を見ただけでは判断が付かない。
 但し、罠の可能性もある。充分注意して掛かってくれたまえ」
「解りました」
「ギャザー、ゴッドフェニックス発進せよ」
「ラジャー」
そんな事で、ゴッドフェニックスは一路北極点を目指す事になった。
「北極の観測隊が行方不明だ。彼らの捜索も頼みたい」
南部博士はそう言っていた。
「とにかく、まずはゴッドフェニックスで近づけるだけ近づき、拡大写真を撮るんだ。
 衛星写真では解らない事が解るかもしれん」
「ラジャー」
健の指示に竜は操縦桿を操作した。
「全く、カッツェの奴は何を企んでいるんだ?」
ジョーはそう言いながら、嫌な眩暈を感じていた。
任務中には起きないで欲しい、と思っていたのだが……。
コックピットに来る前、眩暈止めを飲んで来たので、最小限に抑えられるとは思うのだが、少し不安が残った。
最近では薬が効かない事もある。
眩暈と頭痛が彼の身体の異変を如実に表わしているのだが、彼は病院には行っていなかった。
身体に変調を来たしている事を仲間達や南部博士に知られたくなかったからだ。
だが、今は考えても仕方がない。
眩暈を抑え付けるには任務に没頭して忘れる事だ、とジョーは思った。
「あのパラボラアンテナで宇宙に何かを発信?
 一体何を発信するって言うんだ?
 それよりも俺達を罠に掛けようとしているって方が、現実的じゃねぇのか?」
ジョーは捲し立てるように言った。
「ジョーの言っている事には一理ある。
 でも、宇宙にある星を引きつけようとしているのだとしたら?
 有り得ない事じゃないだろう」
健が言った。
「成る程、電波で誘導しようってのか?
 地球にその星をぶつけさせ、被害を与えようとしているって事か」
「その可能性があると言っているだけさ」
「だが、そうだとしたら、大変な事になるぜ。
 地表に落ちて来るまでにそれらの星は巨大な火達磨になる。
 地球の半分ぐれぇは欠けてしまうかもしれねぇ」
「ああ、そうだろうな。まだ結論を出すのは早い。
 とにかく拡大写真を撮って、一旦は基地へ引き返すんだ」
健は腕を組みながら何か考え事をしていた。
「引き返すじゃて?」
竜が驚きの声を上げている。
他の3人も同じ気持ちだった。
「ジョーが言うように罠を張って待っている可能性も否定出来ない。
 まずは様子を見るんだ」
「健。ブリザードで視界が悪そうだ。いい写真が撮れるとは限らねぇぜ。
 俺達であの建物に潜入した方が確実なんじゃねぇのか?」
「それが罠だったら?」
健が叫んだ。
「俺は科学忍者隊のリーダーだ。
 みんなの運命を握っているようなものなんだ。
 冷静に考えて、一旦引き返した方がいいと言う結論を出したんだ」
「解った。健がそう言うのなら、そうするしかないようだぞい」
竜がまず了解した。
ジュンと甚平も頷いた。
ジョーだけは納得が行かなかったが、リーダー命令とあっては仕方がない。
健だって、決して臆した訳ではないのだ。
ジョーも体調が少し下り坂に入っていたし、出直すのも悪くないと考えて、渋々ながら漸くその事を了承した。




inserted by FC2 system