『束の間の戯れ』

ジョーは脳から爆弾の破片が摘出出来たとは言え、縫合手術を受けなければならなかった。
術後は当分の間安静を言い渡され、南部博士の別荘に程近い病院で療養生活をしていた。
その日は健が甚平を連れて見舞いに来た。
「面会謝絶が取れたと言うんで早速来たよ」
健はまだ頭に包帯が巻かれており、点滴を受けながら横たわっているジョーを気遣わしげに見遣った。
「こいつか?ただのブドウ糖さ。食欲中枢をやられていたらしくてな。
 今日から普通食になったから近い内に取れるだろうぜ」
思いの外元気なジョーの様子に2人は安堵の表情を見せた。
「ジョー。歩けるか?」
健が訊いた。
「当たりめぇさ。身体が鈍っちまうとまずいからな。看護師の眼を盗んで…」
「おいおい!」
健がジョーの言葉に被さるように大声を出した。
「大丈夫だって。それより此処は病院だぞ。場所柄を考えろ」
ジョーの方が注意をする位だった。
「で?どこに連れて行こうってんだ?」
ジョーはもう起き上がってスリッパを履いている。
点滴を吊り下げた支え棒を手にして立ち上がった。
「ジョーの兄貴が助けた仔犬がね。
 ジョーが回復して来るのとシンクロしているかのように元気になって来たって、南部博士がね」
甚平が健にウインクをする。
「ああ…。お前のお陰で別段怪我は無かったんだが、母犬を亡くした事で元気が無くてな…」
「そうそう。でも、もう大丈夫だって!博士が『ジョーに逢わせてやってくれたまえ』ってさ!」
「へぇ。連れて来てるのか?」
「ああ。中庭にジュンと竜が一緒にいる」

ジョーはとても脳の手術をしてから間もない人間だとは思えないしっかりとした足取りで歩いた。
健はそれを見て、ホッと溜息をつく。
この様子ならもう心配は要らないだろう。
逆に無理をして自主訓練でも始めているのではないか、と別の面が心配になって来る。
中庭ではあの仔犬がジョーを見つけると尻尾を振りながら走り出した。
ジュンがリードを持っていたので、引っ張られるように付いて来る。
竜はその後ろからのっそりと歩いて来た。
「ジョー。元気そうね。良かったわ」
ジュンが少し湿った声で言った。
「ああ…。みんなには心配を掛けちまったな。すまねぇと思ってるぜ」
ジョーは足元に纏わり付く仔犬に進路を阻まれ、そこに屈み込んだ。
仔犬は待ってました、とばかりにジョーの顔中をペロペロと舐め回した。
「おいおい、くすぐってぇよ…」
困惑するジョーを見て、みんなが笑った。
「ジョーの兄貴。おいら勝手にこいつに名前を付けちゃったんだ…。事後承諾だけどさ」
甚平が何となく済まなそうな顔つきになった。
「へぇ。何て付けたんだい?」
「ジョジョ……」
消え入りそうな声で甚平が呟いた。
「甚平、もっと大きな声で言ってやれや」
竜が甚平の背中を叩く。
「……ジョジョだよ!ジョーの兄貴に助けられたから、ジョーの名前に肖(あやか)って『ジョジョ』!」
「ほ〜う…。何となく気恥ずかしいが、悪い名前じゃねぇや」
ジョーが笑った。
「さあ、ジョー。博士から許可が出ているのは30分だけだ。そろそろ病室に戻ろう」
健がジョーの両腕から『ジョジョ』を引き取った。
「たったの30分で、またあの退屈な病室に逆戻りかよ!?」
ジョーが心底情けなさそうな顔をした。
「早く退院したければ、無茶はしない事だ。解ってるな?」
科学忍者隊のリーダーの顔になった健がジョーの背中をそっと押した。
束の間の戯れだった。

健達は知っている。
何と言われようとも、自分の精神と肉体が持っている闘争本能の為に、彼が『急いで』這い上がって来るであろう事を。
身体を鈍らせない為に陰で相当な訓練を積んでいるであろう事も。
ジョーが自分の身体がコマンダーとして衰える事を極端に嫌っているのは良く解っている。
しかし、必要な休息を取る事も、戦士としては重要な事なのだ。
「ジョーは常に何かを急いでいるわ…」
思わず呟いたジュンの言葉が当たっている事を後年彼らは思い知らされる事になる。




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