『北極点(10)/終章』

隊長の顔がパラボラアンテナになっているのは、恐らくは変な電波か放射能を送る為の設備。
そして、あのマントはそれを増幅させる為のもの。
ジョーにはそこまでの予測が付いていた。
どんな物が送り込まれて来るか解らない。
絶対に浴びないようにしなければならない。
だが、彼の身体は弱っていた。
ジョーはふらつく身体で、敵の顔を重点的に狙おうとしたが、チーフのバズーカ砲がそれを邪魔して来た。
そのバズーカ砲を奪って、隊長の顔を狙うのが、一番効率的な筈だった。
ジョーはそこまですぐに思い至ったのだが、それをする手段がなかった。
チーフ達は隊長の横から離れないのだ。
自分達が隊長が放つ『何か』を浴びる事を恐れているのだろう。
では、自分から隊長の懐に入ったらどうだ?とジョーは思った。
至近距離からやれるものならやってみろ。
ジョーは一か八かの気持ちになって、敵の隊長に体当たりを噛ました。
隊長はパラボラアンテナから何かの電波を出した。
いや、電波ではない。
これは放射能だ。
ジョーはバードスーツに防護被膜を噴霧し、顔にはマスクをしているので、被爆は最低限に出来る筈だ。
それを利用して、ジョーは敵の隊長の身体をぐるりと回した。
チーフの1人が「うわぁ!」と叫んだ。
防護服は着ているようだが、近くでは危険なのだろう。
思わずバズーカ砲を取り落として、逃げようとする処を、エアガンで背中から撃った。
チーフは倒れ込んだ。
ジョーはバズーカ砲を拾って、もう1人のチーフを狙った。
「このバズーカ砲を浴びてぇか?」
チーフはその言葉に真実を見つけて、隊長の背中に隠れようとした。
「この腰抜けめ!」
隊長はチーフに振り返って、放射能を浴びせた。
許容量を超えたのか、そのチーフも倒れた。
ジョーの手にはバズーカ砲がある。
だが、ふらつきは収まらなかった。
(まさか、病気だけじゃなく、放射能のせいか……?)
考えている暇はなかった。
ジョーは天井へと跳躍した。
天井のパイプに両足でぶら下がると、もうパラボラアンテナから発射される電波には拘らなかった。
「もう、どうせ浴びちまったんだ。今更怯えるものかよ!」
ジョーはそう叫ぶと、隊長の顔、すなわちパラボラアンテナに向けて、逆さのままバズーカ砲を放った。
パラボラアンテナが飛んで、普通の男の顔が出て来た。
しかし、防護マスクを着けていなかったので、自分で放った放射能を浴びてしまったようだ。
「まだすぐには症状が出て来る事はねぇよ。安心しな」
ジョーはそう言い放ったが、自分の方はと言うと、既におかしくなり始めていた。
しかし、元々の体調不良もあり、どちらがどちらだか、解ったものではない。
ただ、健達に逢っても、この体調不良は被爆が原因と言い逃れが出来そうだと思った。
隊長はそのままバズーカ砲を浴びたショックで気絶してしまった。
ジョーはそれを捨て置いて、この放射能だらけの部屋から脱出した。
頭がクラクラする。
病気から来る眩暈が元々あったので身体が慣れていて、彼はそれでも歩き進める事が出来た。
この地下のどこかに司令室があり、そこに基地の移動制御装置がある筈だ。
隊長が此処に出た以上は、もう自分はその近くまで来ているに違いない、とジョーは思った。
ジョーは部屋から部屋を当たって行った。
空の部屋ばかりだった。
隊員の待機場所だったのだろう。
どの部屋にも二段ベッドが大量に設えられている。
「どこだ?どこにある!?」
ジョーは鬼気迫る表情で、通路を進んで行った。
その時、視界が霞んで来た。
「何だと?!」
眼が見えなくても闘える訓練はしているが、物を探すのには都合が悪い。
視界の外側からぼやけ始めている。
これは病気の症状ではない。
放射能の影響に違いなかった。
これまで被爆したものが積み重なって、あの隊長との闘いでピークに達したか。
防護被膜を噴霧していても、やはり防げなかったのか……。
ジョーは足が縺れ始めているのも感じていた。
「まずい。今、倒れる訳には行かねぇんだ!」
彼は必死に歩き続けた。
通路の行き止まりが見えて来た。
そこに厳重な扉がある事に気づいたジョーは、体調が悪い事も忘れて燃え上がった。
「あそこだ!」
きっとそうだ。そうに違いない。
何か確信のような物があった。
ジョーはその扉に体当たりをしたが、開かなかった。
そこでエアガンにバーナーを取り付けて、丸く焼き切る事にした。
この部屋の入口にも放射能のカーテンはあるかもしれない。
それでも任務は果たさなければならない。
ジョーは視界の悪い中、必死にバーナーを使い続けた。
丸が切れた処で、パンチを入れてみる。
分厚い扉だったが、何とか穴は空いた。
ジョーはそこから飛び込んで行く。
一瞬、喉が詰まったような感覚を起こした。
やはり『放射能のカーテン』はあったのだ。
これ以上悪化してしまうかもしれないが、そんな事を恐れてはいられなかった。
視力を失わない内に、制御装置を見つけなければ!
それだけの思いでジョーは部屋の中を歩き回った。
そうして、ゴッドフェニックスの操縦席のような場所を見つけた。
「これか!?」
ジョーは操縦桿のような物を触ってみる。
ロックが掛かっている。
ロック解除ボタンを探す。
見えなくなって来た視界の中で、それを探すのは至難の業だったが、漸く機器の右側にある事に気づいた。
「健!基地の制御装置を発見したぞ!動力室の方はどうなっているんだ?」
『今、ジュン達がそれらしい部屋を見つけて、扉を破っている』
「早くしねぇか…。俺が持たねぇ……」
『どうした?ジョー!』
「隊長との闘いで多量の放射能を浴びた。視野が狭まって来ている…」
『バードスクランブルを発信しろ!』
ジョーはそれには答えず、ブレスレットを強く押した。

科学忍者隊の任務は、ジョーの活躍を以て無事に成功裡に終わらせる事が出来た。
彼らは全員例外なく、除染の対象となったが、ジョーは特に念入りに除染され、更には点滴を打たれて暫く入院と言う結末となった。
この時、脳の病気は把握されていなかったので、検査はしなかった。
南部博士は後にその事を深く悔やんだ。
ジョーの身体は既に酷く蝕まれていたのだ。
しかし、ジョーは回復して見せた。
相変わらず頭痛と眩暈の症状はあったが、まだ仲間達の前では隠し通す事が出来た。
まだ闘える……。
ジョーはそう思った。
少しだけ救われたような気がした。
除染の際に点滴を受けたのも体調の回復には良かったようだ。
「ジョー、あの後お前が崩れ落ちるように意識を失った時はどうなる事かと思ったぞ」
健が言った。
ジョーは健と甚平の姿を確認し、指令通りに制御装置を発動した後、突然意識を失ったのである。
「済まねぇな。敵の隊長が放射能を武器とする奴でよ」
ジョーは張りのある声で答えた。
「あの後、どうなった?無事に基地を氷漬けに出来たのか?」
「ああ、お前が制御装置を発動した直後にジュン達が動力室を破壊した。
 基地は表面の氷から一旦離れ、すぐに動きを止めた。
 それから俺達が脱出して、後は国連軍が鉄板で蓋をし、氷の層を吹き付けたって訳さ」
「じゃあ、予定通りだな」
「ジョーがあの部屋を見つけてくれたお陰で、カッツェが自爆装置のスイッチを入れる前に辛うじて防ぐ事が出来た」
「それは良かった。ホッとしたぜ」
ジョーはもう退院が許されていた。
「腹が減ったな」
「今日は店は開けないのよ」
珍しく空腹を訴えるジョーにジュンが答えた。
「いいよ、おいらが何か作って上げる」
甚平が殊勝にもそう言ったが、ジョーは首を振った。
「折角の休みに働く事ぁねぇ。俺は馴染みの店に行くから気にすんな」
「あら、ウチ以外にも馴染みの店があったのね」
「あっちゃ悪いか?」
ジョーは笑った。
そんなジョーを見て、全員が安心した。
まさか彼の身体に病魔が巣食っていようとは、誰も予想だにしなかったのである。




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