『健の憂鬱』

「健、どうした?」
普段余り仲間の悩み事には関わらないジョーが、どうしても気になったのは、父親であるレッドインパルスを亡くしてからの健が、尋常ではなかったからである。
いつも陣取っている『スナックジュン』のカウンター席ではなく、角のボックス席に1人ぽつねんと座っていた健を見とがめたジョーは、自分も健の向かい側の席に座った。
健は少々迷惑そうだった。
迷惑なら来なけりゃいいんだ、と言いそうになったのを直前で堪えた。
「親父さんの事を考えているんだろ?
 だがよ、考えてみろ。俺達は竜を除いて孤児の集団だ。
 だれ1人その事について、くよくよしたりしているか?
 あの甚平でさえ、本当は親が恋しい年頃なのに、黙って働いているじゃねぇか」
「俺には残酷過ぎる運命だった。親子だと名乗りを上げた途端に……」
「解ってるさ。おめぇにとっては残酷な事だった。
 だがよ、俺だって8つの時に、眼の前で両親を殺され、自分も死に掛けた。
 今までギャラクターへの復讐心だけで、拾った生命を生きて来た。
 その意味が解るか!?8歳から18歳までそれだけしかなかった人生だぞ……」
「ああ、今の俺には人の事を考える余裕がない、って言いたいんだろ?」
「その通りだ。科学忍者隊のリーダーとして、それでは困るんじゃねぇのか、と言っている」
健は父親の死後、荒れまくった。
それをサブリーダーとして補佐して来たのが、ジョーだった。
さすがの彼も健に喝を入れないと駄目だ、と思い始めていた。
「その死んだような眼つきは何だ?いざと言う時に働けるのか?
 また、冷静さを欠いてギャラクターの捕虜を拷問したりしねぇだろうな」
「あれはお前の役目だと言いたいのか?」
「おめぇには似合わねぇって言ってるのさ!」
ジョーはダンっとテーブルを叩いた。
コーヒーカップが少し浮いた。
だが、ジュンも甚平も割って入る事もなく、黙って見守っていた。
2人とも尋常ではない健の様子を憂えていたし、任務中の失態も見ている。
怒りが先走り1人で暴走して、仲間に助けられた事もある。
仲間を巻き込んで死の危険に晒した事もある。
それでも、その時、ジョーは冷静だった。
サブリーダーとしてしっかりしなければならない、と心に決めたのだ。
リーダーがこんな事では、ジョーはいつまでもその役目を担わなければならない。
とんでもねぇ、と思った。
リーダーの器にあるのは健だけだ。
自分はサブでいい。
同い年だが、健がリーダーで良かったと思う事は多々あった。
自分がリーダーだったら、科学忍者隊は正しい方向へは進めなかった事だろう。
それこそ暴走した健のようになるに違いないからだ。
「科学忍者隊はおめぇの部下じゃねぇ。仲間だ。
 リーダーだから命令には従うが、意味合いが違う事を忘れるな」
「………………………………………」
「おめぇの私隊じゃねぇって言っているんだよ!?解るだろ?
 ギャラクターに復讐心を燃やすのは良く解る。
 俺自身がそれに苛まれ、どれだけ苦しんで来たか。
 科学忍者隊に入れた時には、運命だとさえ感じた。
 俺は1人でも、復讐を果たすつもりだったんだ。
 ギャラクターに潜入して、ベルク・カッツェに近づいてな!」
健は黙ってジョーの言葉を聴いている。
「だが、きっと俺1人では、ギャラクターに虐殺されて終わっていただろう。
 科学忍者隊と言う場を与えられた事に感謝している。
 健、お前も科学忍者隊のリーダーとして、ギャラクターに立ち向かえ。
 そうすれば自ずと復讐を遂げる事が出来る筈だ。
 そうだろ?違うか?」
「………………………………………」
それでも健は答えなかった。
ジョーは腸が煮え繰り返る思いで、健の胸倉を掴んで立たせた。
「どうした?腰抜けになっちまったのか?
 おめぇだけだぞ。親父、親父、って騒いでいるのは!」
ジョーは思いっきり健の頬に握り拳を叩き込んだ。
健はそのまま起き上がって来なかった。
床の上で涙を流していた。
「……解っている。今の俺はリーダーの器じゃないって事は……」
「そう言う事を言いてぇんじゃねぇんだよ!
 科学忍者隊のリーダーはおめぇにしか務まらねぇ。
 だから、シャキっとしろ、と言いてぇ。それだけだ」
ジョーはそのまま勘定を払って、店を出て行った。
縋るような顔でジュンがジョーを見送った。
ジュンとしては、健を抱き起こして、その後も説得を続けて欲しかったのだろう。
だが、ジョーとしては、これ以上する気はなかった。
彼のキャラクターからして、それはない。
健は自分で理解する筈だ。
健の憂鬱がジョーには痛い程解った。
自分も両親を眼の前で殺され、自らも重傷を負わされ、南部博士に助けられた。
南部博士がいなければ、今の自分はない。
科学忍者隊として拾って貰った事にも感謝している。
南部博士がジョーの復讐心をどこまで知っていたのかは謎であったが……。
健に喝を入れた事で、今後の彼の態度がどう変わるか、ジョーは気になった。
更に陰(いん)に篭るか、立ち直ってこれまで通りのリーダー振りを発揮してくれるのか?
健がああなった事で、ジョーはサブリーダーとしての自覚が増したのを理解している。
しかし、自分は飽くまでもサブなのだ。
リーダーの器ではない事も自分が一番良く知っている。
健に取って変わろうなどと言う気持ちはこれっぽっちもない。
何故なら彼にはサブリーダーと言う二番手のポジションが一番居心地が良いからだった。
サブリーダーとしては、健がしっかりしてくれる事を願うしかない。
(あの程度じゃ荒療治にもならねぇか……)
ジョーは唇を曲げた。
そして、愛機G−2号機に乗り込んだ。
わざと怒っているようなエンジン音を吹かして、『スナックジュン』のガレージから飛び出した。

それから暫く、『スナックジュン』に行っても健には逢わなかった。
甚平に訊いたら、来ていないと言う。
あれから健も何も言わずにそのまま帰って行ったそうだ。
「あれは怒ってるよ〜。ジョーの兄貴」
「いいのさ。怒るぐれぇの元気があれば、その方がな」
「やっぱりそうだったのね…」
ジュンが涙を含んだ声で言った。
「ジョーの事だから、そう思っているんじゃないかと思った。
 後は健が自分で解決するのを待っているんでしょ?」
「ああ、確かにそうだ…。だが、ちと時間が掛かり過ぎているな」
ジョーが憂い顔で言った。
「ジョーがこんなに心配してるだなんて、健は知らずにいるのでしょうね」
「べっ…別に俺は心配なんてしちゃいねぇさ」
「解るわよ、ジョー」
ジュンがカウンター席に招いた。
「エスプレッソでいい?」
「ああ」
ジョーは不機嫌に答えた。
「お姉ちゃん、そんなに心配なら、飛行場まで行って来ればいいのに」
甚平が皿を洗いながら言った。
「何言ってんの!ジョーが折角荒療治をしてくれたのに、それが無駄になるわ」
ジュンは全て解っていたのである。
「………………………………………」
驚いた眼をして、固まったジョーに向かって、ジュンは言った。
「健が暴走した事で、サブリーダーもしっかりして来たと言う副産物があったわ」
と笑った。
「ちきしょう、馬鹿にしてやがる」
ジョーはそっぽを向いた。
きっと次に任務で逢う時には、健も元通りの冷静なリーダーでいてくれる。
確信もなくそう思った。




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