『カートに乗った日』

今日はサーキットに甚平を連れて来ていた。
「坊や。その歳で特別免許証を持っているだなんて、なかなか筋があるのかもしれないな」
フランツが甚平にそう言った。
甚平は任務の中で何度か出逢った『エース』が、このフランツだとは気づいていない。
フランツはジョーの正体を何となく気づいていた。
従って、フランツは甚平の正体も見抜いている事になる。
だが、そんな事は億尾にも出さないのは、さすがに大人だった。
ジョーもフランツの正体がISO情報部の『エース』である事に気づいている。
お互いに何となく気づかれているのかな、と思いつつ、気づかぬ芝居を続けていたのだ。
「坊やじゃないやい。おいら、甚平って言うんだ」
「そうか。ごめんよ。甚平君。折角ジョーに着いて来たのだったら、カートに乗ってみないか?」
いつもはジョーに着いて来ても、G−2号機に同乗して、コースを走るだけだった。
ジョーは甚平をカートに乗せようとはしなかった。
「まあ、そろそろいいかもしれませんね」
ジョーは顎に手を当てて言った。
自分はその間監視していないと行けないので、走れなくなるが、他ならぬフランツの提案だ。
「甚平。やりたいんだったら、やってみたらどうだ?
 俺が見ていてやる」
ジョーはそう言い、甚平の肩を叩いた。
「ホント?」
甚平の眼が輝く。
「いいさ」
ジョーはカート場の係員に話を付けた。
そして、カートに乗る時の注意事項を甚平に説明してから、甚平をカートに乗り込ませた。
「説明に不足はありますか?」
「いいえ」
係員がそう答えた。
甚平はカート用のコースを走り始めた。
「ジョー、お前がこのコースを走った時には、ちょっとしたセンセーショナルだったんだぜ」
フランツが腕を組んで言った。
「初めて走った日の事は良く覚えているさ。全身に力が漲って来るような感じがした」
南部博士にせがんで、カートに乗せて貰ったのは、甚平と変わらぬ年頃だった。
「風が爽快だったなぁ。スピード感にワクワクした。
 こんなに楽しい世界があっただなんて、と思った……。
 ずっとカートに乗りたかったから、それが叶って本当に嬉しかった」
「そのジョーがすぐにストックカーレースに上がって来た。
 デビュー戦で史上最年少優勝を果たした時には、俺達大人は唖然とした。
 予想は出来ていた事だったんだが…。
 まさかそんなに早く、と言う思いがあった」
「予想が出来ていた?」
ジョーがフランツを眼だけで見た。
「コースを走っているのを見ただけで解った。
 ジョーの腕は既に大人顔負けだった」
「そうですかねぇ」
フランツはそんなジョーを見て、笑った。
「実績がもうそれを証明しているんだよ」
ジョーの肩をポンっと叩いた。
話している間にも、ジョーは甚平から眼を離さないようにしていた。
監督責任がある。
甚平に怪我を負わせては南部博士に申し開きが出来ないからだ。
「甚平、そこはもっとインコースを走れ!」
叫び乍ら、兄のような気分になっている自分に気づいた。
「うん!解った!」
甚平は嬉しそうに答えた。
「いい弟分じゃないか?」
フランツが言った。
「仲間の1人の弟のような存在だったんだが、何時の間にか仲間の中に入っていた」
ジョーがポツリと言った。
「あいつも孤児でな。何となく兄貴の気分になっちまう」
「成る程ね。俺はそろそろ行くが、弟分の面倒を良く看てやれよ」
フランツはそう言って、去って行った。
彼には妻子がいる。
家族サービスもしなければならないのだろう。
「甚平!そろそろ20周だぞ!」
「解った!」
甚平はぴったり20周して、カートを停めた。
一緒に走っていた子供よりも運転が上手かったので、カート場の係員がビックリしていた。
「君の再来かと思ったよ」
真面目な顔でそう言った。
「俺もなかなかやる、と思いましたよ。
 あいつがその気なら道を拓いてやってもいい」
ジョーはそう答えて、甚平の方へと歩いた。
自分の過去の喜びを、今、甚平が体現して戻って来た。
輝いている。
「甚平。これからG−2号機に乗せてやる」
「うん!今日は何て素敵な日なんだろう!」
甚平は眼を輝かせた。
「たまにはそんな日があってもいいだろう。
 いつも厨房で大変な思いをしているし……」
そして、小声になって付け加えた。
「厳しい任務もこなしているしな」
「お互い様さ。でも、ジョー、有難う」
「礼なら俺じゃなくてフランツに言うんだな。もう帰ったが……」
「あの人、ジョーの兄貴の仲間?」
「仲間と言うか、本来なら先輩、と言うべきだな。
 俺の腕を買ってくれているから、何かと良くしてくれる」
「そうなんだ〜。何となくどこかで逢ったような気がしたんだけど、ジョーのサーキット仲間なら、レースの時に顔ぐらい見ているかもね」
ジョーは甚平の勘の良さに驚いていた。
さすがは科学忍者隊に所属するだけの事はある。
『エース』は顔に別人のようなマスクを着けて行動しているが、それでも既視感を覚えたと言うのか?
ジョーはそれには触れずに、
「そうかもしれねぇな」
とだけ答えて、甚平をG−2号機の方に誘(いざな)った。
G−2号機でコースを30周した。
甚平はカートとはレベルの違うスピード感に、興奮していた。
「変身したらもっと違うぜ」
ジョーは笑った。
「時速1000kmっておいらには想像が付かないや」
「乗せてやりてぇ処だが、その時はおめぇはG−4号機に乗っているからな」
「そう言う事!」
スピードを出している為、風がビュンビュンと入って来るので、窓は開けられない。
それでも爽快感はあった。
ジョーがわざとアクロバティックな運転をして見せた事もある。
甚平はナビゲートシートで手に汗を握ったようだ。
「どうした?疲れたか?」
「ううん、興奮しているだけだよ」
「ふふ、今夜は眠れねぇかもな」
今夜はジョーのトレーラーハウスに甚平を泊める事になっていた。
天気が大丈夫そうなので、ジョーは甚平をハンモックで寝かせようと計画していた。
少年はそう言った事が好きだ。
冒険的なのだと言う。
ジョーも自分の数年前を思い出しながら、甚平のそう言った心を擽る準備をしていたのだ。
「さあて、30周だ。身体慣らしには丁度いい。
 整備をしたら帰るぞ。今夜はバーベキューにしてやる」
「ホント?」
ジョーといる甚平は子供らしい。
他のメンバーともそうなのだろうが、兄貴と慕っている健は此処まで彼を構ってはくれないだろう。
竜とは歳の離れた友達みたいなものだ。
『ジョーの兄貴』は、彼にとって冒険心を満たしてくれるそんな存在なのだろう。
2人はその夜、夕陽が美しい『ジョーの森』の中で、バーベキューを楽しみ、甚平はハンモックに眼を輝かせた。
ジョーはトレーラーハウスの中で眠った。
甚平は興奮してなかなか寝付けないだろう、と心配していたが、それはジョーの杞憂だった。
夜中にそっとトレーラーを開けて覗いてみたら、甚平はスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
「おやおや、さすがに疲れたようだぜ」
ジョーは笑って、自らもベッドに戻った。




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