『追憶と後悔』

今日は博士をトラッシュ発電所まで迎えに行く事になっていた。
そんな場所に何の用事があるのかは、ジョーには関係がない。
ただ、博士を無事に公用車で基地に送り届ければ良いだけだった。
今日の公用車は水陸両用車である。
博士と水陸両用車と言うと、つい思い出してしまう事がある。
デブルスターに薔薇爆弾で襲われた事だ。
あのサーキットの娘が、アランの婚約者で、あのデブルスターだったと言う事実を、ジョーはもう知っている。
ほろ苦い思い出だ。
任務だったとは言え、幼馴染みの婚約者を殺し、後にその幼馴染みまでも死に至らしめた。
自分が持っていた闘争本能がそのまま咄嗟に出てしまったのだ。
南部博士は健から全ての報告を受けていたので、トラッシュ発電所まで送った際も何も言わなかった。
ジョーが何かの感慨に耽っている事に気づいていたが、黙っていた。
博士を送り届けて、迎えに行くまでの時間がジョーにはいつも以上に長く感じた。
この公用車でサーキットに行く訳には行かないだろう。
海辺をドライブと言う訳にも行かない。
砂だらけにする事は出来ないからだ。
「また、カーチェイスにならなきゃいいんだがな…」
ジョーはつい、呟いていた。
あの時の再来は勘弁して欲しい、と思った。
どうしてもその後の因縁の対決を思い出してしまう。
『その薔薇が、俺の親父とお袋を!』
自分の声が頭の中に木霊する。
実際には両親は銃弾で殺されている。
その薔薇でやられたのはジョー自身だった。
だが、記憶が鮮明過ぎる為に、薔薇の爆弾を持った殺人者が両親を殺した事を覚えていたのだろう。
10年前の事だ。
恐らくはあの少女の母親…。
犯人はそうに違いない。
あの時の爆発で、自分自身も生命を落としたのか。
だから世襲制のギャラクターはあの娘にその殺人術を教え込み、デブルスター2号として使ったのか…?
アランによると、あの少女はギャラクターを抜けたがっていたと言う。
自分のした事は間違いだったのか?
いや、やらなければ今度こそ殺されていたかもしれない。
アランの婚約者だと知っていたら、躊躇なく羽根手裏剣で止(とど)めを刺す事が出来ただろうか。
結果的に羽根手裏剣は薔薇爆弾を貫き、彼女の胸に刺さった。
そのまま自分が放った薔薇爆弾と運命を共にした名も無き少女。
ジョーとサーキットで走るのを楽しみにしていたに違いない。
ジョーはずっと娘を待っていた。
だが、彼女が来ない理由が、自分との闘いで死に至ったから、だとはその時は思い至らなかった。
アランの部屋で写真を見て、『コンドルのジョーに殺された』と聴いた時に彼女の事を思い出したのである。
BC島に墓参りに行って、まさかこんなに絶望感を感じる事になるとは思わなかった。
身体に受けた様々な銃創よりも、胸に痛い傷を受けて帰って来たのだ。
だが、ジョーはそれを誰にも吐露する事はなかった。
傷が癒えるのをひたすら待っていた。
しかし、こんな事があるだけで、心の瘡蓋は剥がれてしまう。
また血を流し始める。
(俺と言う存在はこんなに弱いものだったのか……?)
ジョーは涙を流している自分に驚き、そう思い至った。
(アランまで手に掛けてしまった俺は、お前ら2人にどう懺悔すればいいんだ?
 復讐は虚しいものだ、とアランは言った。
 だが、俺はその虚しい事をせずにはいられないっ!)
ステアリングを握っているのに、決して爽快な気分ではなかった。
ジョーは自分の心がどくどくと血を流しているのを感じていた。
(あの時の傷は癒えてなんかいねぇ。俺が一生背負って行かなければならねぇものだ)
その覚悟はした筈だったが、こんなに辛いものだとは思わなかった。
後悔しても始まらない事だ。
もう元に戻る事は出来ないのだから。
ジョーは自分の手で2人を死に追いやった事実から逃げる事は出来ない。
(俺はもっと苦しむべきなんだ。そうだろ?アラン……)
胸が痛かった。
泣き叫びたくなる程に。
アランは敢えて自分に撃たれたのだろう。
死を覚悟してまで、『復讐の虚しさ』を身を以て教えたつもりなのだろう。
だから、苦しい。
そこまでしてアランが教えようとしてくれた事を、守り切れない自分が……。
(すまねぇな、アラン…。俺はおめぇの死を無駄にしようとしているのだろうか…?)
胸が塞がれる思いだった。
だが、復讐心を抑える事など出来なかった。
水陸両用車を運転しているだけなのに、こんなに激しく落ち込む自分がいるなど、ジョーには認めたくない事だったし、また、弱い自分を知る事にもなった。
普段から自分の殻に篭っているジョーだったが、本当は多感な少年なのだ。
『ジョー、済まない。予定よりも早く終わりそうなんだが…』
南部博士から通信が入った。
「解りました。地下駐車場で待っています」
『頼んだぞ』
博士はジョーを信頼し切っている。
何度もギャラクターに襲われたのを、ジョーの運転で切り抜けている。
ジョーはTシャツの袖で顔を拭った。
バックミラーを見て、自分の姿に異変がないかを確かめると、車をUターンさせた。
博士はジョーの思いを見抜いてしまうだろう。
それだけは避けたかった。
この傷口には、誰にも触らせたくなかった。
例え自分をBC島から救い出してくれた南部博士であっても、だ。
健達も今では、BC島での出来事の話題は禁句にしてくれている。
ジョーはその事に感謝していた。
仲間とはそう言うものである。
時には触れないでいて欲しい事もあるのだ。
それを言わずとも解ってくれる。
気遣いを受けている事は少し後ろめたいものがあったが、そんな事は段々と気にしなくなった。
そんな時に、今日のような突然ぶり返しがやって来る。
(アランの事を風化させてはならねぇって事だな…)
ジョーは自分が受けるべき罰として、考えていた。
自分が死ぬ時は地獄へ堕ちるのだと思っていた。
何故ならアラン達2人だけではなく、任務の中で手に掛けてしまった敵は多く存在したからだ。
地下駐車場に公用車を入れて、暫くすると、南部博士がトラッシュ発電所の所長と共に降りて来た。
わざわざ見送りに来たのだろう。
ジョーは車の後部座席のドアを恭しく開けた。
その時、妙な影を見た。
「博士!伏せて下さい!」
そう叫ぶとジョーは横っ飛びに飛んだ。
博士を暗殺しようと銃を構えていた男をいとも簡単に取り押さえた。
男は覆面をしていた。
「てめぇ。ギャラクターか!?」
「くそ〜。もう少しだったのに!」
「博士、こいつはどうします?」
「逃げ出せる程度に縛って、此処に放置しておきたまえ」
「解りました」
トラッシュ発電所の所長はジョーの素早い行動に驚いていた。
さっさと敵を縛り上げて、地下駐車場の鉄筋に括りつけてしまった。
「さすが御子息は護衛も兼ねていらっしゃるだけの事はありますな」
嗄れた声でそう褒めているのが聴こえた。
「お陰様で…」
「成る程、科学忍者隊が護衛に就く必要はない訳ですな」
「ええ」
博士はニコリと笑って見せた。
「では、宜しく頼みますぞ」
「ああ、その件に付きましてはお任せ下さい」
「では」
博士は公用車に乗り込んだ。
「ジョー、どうかしたかね?」
「え?」
「何だか疲れているように見えるが…」
「まさか、あんな雑魚1匹で疲れたりなんてしませんよ。
 帰り道も油断は出来ません。シートベルトをお願いします」
「うむ。解った」
「では、出発します」
ジョーの表情にはもう憂いの1つも残ってはいなかった。
博士の前ではそんな顔は出来ない。
トレーラーハウスに戻ってから甦って来るのかもしれなかったが、今は博士を無事に基地まで送り届ける事が最重要の任務だった。
任務の時には忘れる事が出来た。
ジョーは心の傷を押し隠しながら、見事に自分だけの胸に仕舞い込んだのである。




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