『パトロール』

草木が生い茂る森の中、トレーラーハウスの近くに吊ってあるハンモックで気持ちの良い目覚めを迎えたジョーは、目覚めのコーヒーを淹れる為に、トレーラーハウスに戻った。
今日も良い天気だ。
森の木が切り取る青い空には、雲ひとつない。
爽快な晴れ模様。
これはサーキットに行けと言わんばかりの天気だった。
だが、今日はパトロールの予定が入っていた。
目覚めのコーヒーで一服しながら、優雅に外を飛んでいる鳥達の会話を暫く楽しんだ。
木々も風に揺れて、擦れ合わさり、さわさわと何か囁いているかのように聴こえた。
朝食は元々それ程食べない。
カップスープを用意してゆっくりとそれを飲んだ。
オレンジも絞って果汁にして飲んだ。
液体ばかりで固形物がない。
元々イタリア系の人々は余り朝食を摂らない。
10時頃からゆっくり食べるのが習慣だったのだ。
ジョーもそれが抜けていない。
朝食は簡単に摂って、昼にしっかり食べる。
昼食には大体ジュンの店に行く事が多かった。
今日はパトロールがあるし、いつも通りジュンの店に行くつもりだ。
出動する時には竜を乗せてヨットハーバーに行くのが常だった。
竜はジュンの店まで徒歩で来ている。
ヨットハーバーは近くはないが、徒歩圏内にあった。
ジョーは食器を洗い終えて、洗面所に向かった。

『スナックジュン』はいつも通り空いていた。
昼よりも少し早く来たからだろう。
これから昼休みのOLやら会社員で一杯になる筈だ。
その波が引いた頃には、パトロールに出動だ。
『今日は14時までの営業です』
と張り紙が出されていた。
「こう、年中休んだり早仕舞いしていたんじゃ、客も定着しねぇよな」
ジョーはジュンに同情する気持ちになった。
「そうねぇ。でも、甚平の料理が評判いいから、ランチの時間には来てくれる人も多いのよ」
「そうだな。忙しくなる前に食事を頼むぜ」
健も竜ももう来ていた。
既にパスタに舌鼓を打っている。
竜の前にはピザもあった。
「相変わらず良く食べる奴だ」
ジョーは呆れたように言いながら、自分もパスタを注文した。
「サラダを付けてくれ」
「あいよ!」
甚平は元気良く答えた。
これからがもっと忙しくなるのだ。
時間を外して来てくれる仲間達は有難かったのだろう。
ジョーは途中で買って来た祖国の新聞を開いた。
特に気になる事件はなさそうだ。
F1の記事ぐらいしか、読む処はなかった。
良い事だ、と彼は思った。
カウンターの片隅に3人は固まっていた。
これから来るだろう客の邪魔にならないように、一応気を遣ってはいる。
ジョーは新聞を閉じて、甚平が作ったパスタを食べ始めた。
彼は食が細い方だったが、パスタは喉を通り易かった。
食べ慣れているからなのかもしれない。
自身でも作る事がある。
ソースに拘りがあって、母親仕込みの作り方があった。
だが、任務などで食事には余り時間を割く事が出来ないので、ソースだけはいろいろな出来合いの物を試してみて、一番近い味を探し当て、それをレースの時などに纏め買いするようにした。
後はそのソースを元に、自分でアレンジする。
甚平程の料理の腕はなかったが、両親が不在の事が多かったので、困らない程度には仕込まれていた。
だから、今のトレーラーハウスでの暮らしは快適だったし、困る事は何もなかった。
洗濯は纏めてコインランドリーで行なっている。
水はタンクで買っているし、排水は森の中なので問題はなかった。
何よりも移動出来るのがいい。
今日はあそこの夕陽を見ようと思えば、すぐに移動出来る。
サーキットに泊まり込む事もある。
「甚平。今日のパスタも旨いぜ」
ジョーは甚平の料理の腕を褒める事を忘れなかった。
作る者にとっては一番の謝辞だ。
イタリア人はそう言う処に抜かりはない。
但し、女性に対して…の場合が多いのだが、ジョーは男女問わずに同じ事をした。
「ジョーの兄貴、有難う。また頑張って作るからね」
甚平は嬉しそうに答えた。
そろそろ昼休みの客達が入って来た。
3人がカウンターにいても、客が溢れ返る事はないだろう。
このままパトロールの時間まで居続けるつもりでいた。
こんな時に出動が入ったら大変だ。
店は大騒ぎになる。
わざと甚平が倒れるなどの芝居を打たなければならない。
それでも食事中の客がいたら、店を閉めるのに時間が掛かってしまう。
客商売はそれが困る。
今はギャラクターに大人しくしていて貰いたいものだ、とジョーは天を見上げた。

「有難うございました!」
最後の客が出て行ったのは、13時45分だった。
「甚平。『CLOSED』に札を変えて来て」
「いいさ、俺がやってやる。早く片付けちまえ」
ジョーはそう気軽に言って立ち上がり、札を裏返しにして、張り紙を剥がした。
ジュンと甚平もヨットハーバーまで一緒に行く。
健だけはバイクで飛行場に戻らなければならないので、先に出た。
「はぁ〜。何事も起こらずに済んで良かったわ」
皿を洗いながら、ジュンが思わず溜息を吐いた。
「客商売だからな」
ジョーが答えた。
「ホント、急に出動になったらと思うと、ヒヤヒヤするわい」
竜も言った。
「いつもこんな風に肝を冷やして営業してるの、おいらもう嫌になるよ」
「甚平、それは言っては行けない事よ」
「だが、気持ちは解るぜ。俺がレースを抜け出すのとは訳が違う」
「そうねぇ。お客様がいなければいないで、商売上がったりだし、困ったものだわ」
「お姉ちゃん、テーブルは拭き終わったよ」
「じゃあ、こっちを変わって。私は閉店の準備をするから」
「あいよ」
甚平はシンクを使う時には踏み台に乗っている。
それを引き摺って来て、皿洗いの続きを始めた。
「まあ、客が入るのはいい事だな。おっと忘れていた。此処に代金を置いておくぜ」
「ああ、おらもだ」
2人は代金をカウンターに置いた。
「相変わらず誰かさんは『ツケで』とさえ言わずに出て行ったわ」
ジュンが苦笑した。
「その誰かさんの事を密かに思っているんだから、仕方があるめぇ」
「まあ、ジョーったら!」
ジュンは思いっきりジョーの背中を平手打ちした。
「いてっ!」
ジョーは叫んでから、笑顔を見せた。
「まあ、そう照れるなよ。みんな解っている事なんだからよ。
 誰かさん以外はな……」
4人が声を揃えて笑った。
笑われている『誰かさん』は今頃くしゃみでもしているに違いない。
「さて、竜。行くぜ」
「よっしゃ」
ジョーは竜を乗せてガレージから出発した。
ジュンと甚平もそれに続いた。
竜を下ろしてから場所を見極めて変身するのだ。
G−2号機は単座だ。
パトロールも科学忍者隊の重要な任務。
何か発見して、そのまま闘いに突入する事もある。
決して気の抜けない任務だった。
健のセスナが4人の上空を翻って行った。




inserted by FC2 system