『戦慄』

最近の体調不良は、グレープボンバー戦から始まっていた。
最初は眩暈、それから激しい頭痛。
ジョーは自分の身体が弱って行くのを敏感に感じ取っていた。
それを手を拱いて見ていなければならないのか、と苦しむ日々だ。
かと言って、病院に掛かる事は憚られた。
何と言っても何かあれば南部博士の処に連絡が行く。
症状が酷い事から、只事ではない事をジョーは知っていた。
南部博士に病状を知られれば、科学忍者隊の任務から外されてしまう事も解っていた。
そんな状況で、頭の検査を受ける事など出来ない。
ギャラクターとの最終決戦は近づいている。
それが解っていたからこそ、今、戦線から離脱する事など出来なかった。
これから本懐が遂げられるかもしれないのだ。
ジョーは復讐の2文字しか考えていなかった。
例え自分の体調の悪さに戦慄する夜があっても、自分の望みを叶えるまでは死んでも死に切れねぇ、と思っていた。
薬局で薬を買って来ては気休めに飲んでいた。
若い身体なので胃を荒らす事はなかったが、食欲は確実に落ちた。
病状のせいなのか、薬のせいなのか解らない。
ジョーの頬は痩け始めていた。
痩せた身体には、無理をして筋肉を付けた。
1人トレーニングを重ねたのだ。
三日月基地は破壊されてしまったが、国際科学技術庁のユートランド支部に、科学忍者隊用の訓練室を設けて貰っていた。
そこを使って、必死に自分の身体を虐め抜いた。
筋肉をアップさせる事で、痩せた印象を誤魔化し、そして、闘いにも有利になるように、と言う考え方によるものだった。
実際、効果は発揮していたが、トレーラーハウスに戻る頃には疲労困憊で、食事を摂る気にもなれなかったのだ。
「これじゃあ、益々痩せちまう。筋肉まで落ちねぇように気を付けねぇとな…」
ジョーはシャワーを浴びながら、1人ごちた。
シャワールームの鏡に自分の身体を写す。
まだ何とか誤魔化せていると思う。
ダイエットをして痩せた身体でトレーニングをすると、より効果的に筋肉が付くと言う。
ジョーはそれを実践して、何とか痩せた事を眼に付きにくくしたのだ。
シャワーが終わると、フラリとベッドに倒れ込んでしまう。
そんな日が続いていた。
健達にはなるべく逢わないようにしていた。
不審がられると行けないので、レースが立て込んでいると言い訳をした。
自分を試す為に、レースに出る事もあった。
レース中に眩暈を起こすようだと、任務にも差し障りがあると言う事だ。
今の処、そこまで行っていると言う事はない。
それがジョーにとっては救いだった。
任務やパトロールに支障が出るようになったら終わりだ、と彼は思った。
何としても今の症状は隠し通したい。
病院に行って治療出来ないとなると、自分がどれだけ耐えられるか、と言う事になる。
厳しい訓練を自らに課して、堪えられるように鍛えるしかないのだ。
ジョーはベッドに倒れ込むとそのまま動けなくなった。
しかし、眠れる訳でもない。
今後の事を考えると、居ても立ってもいられない気分になるのだ。
これから自分の身体はどうなってしまうのか?
このまま症状が横這いになってくれるといい。
完全回復までは望まないから、とせめてそう願った。
決して楽な道程ではない。
それは痛い程解っていた。
しかし、自分の進む道はそれしかない。
彼にとっては他に選択肢はなかったのだ。
先に進むしかない。
そして、ギャラクターとの最終決戦が来る日まで、この体調を維持しておかなければ…。
ジョーはそれが自分の最重要課題だと思った。
きっと乗り越えて見せる。
治療は闘いが終わってからゆっくりすれば良いのだ。
彼はそう思っていた。
自分の未来が続くものと信じていた。
だからこそ、今はこの状態を耐え忍ぶ事が出来た。
ギャラクターとの闘いが終わったら、治療に専念して、治癒したら本格的にレースの道に進む。
それがジョーの夢となっていた。
今はギャラクターを斃す事、それだけを考えればいい。
夢を追うのは後の事だ。
本懐を遂げる日まで、ジョーは症状に苦しみながら闘って行くのだろう。
それでも構わない。
闘いの中で自分は生きて来た。
これからもそうだ。
それで良いのだ、と思う。
時折、自分の症状の進行に関して戦慄を覚える事があっても、それを押し殺せるだけの精神力が彼にはあった。
それはギャラクターを斃す、と言う鋼鉄の意思があったからに違いない。
ジョーは気が付かぬ内に眠りに堕ちていた。

翌日も訓練室に向かった。
今日は健達もやって来ていた。
「ジョー、随分精が出るな。入室記録を見たぜ。毎日のように来ているじゃないか。
 レースが立て込んでいるのに毎日訓練までしてたのか」
健が言った。
「ちょっと、試してみたい技があってな」
ジョーは言葉少なに語った。
「熱心だな。いい事だ。俺達も負けてはいられないぞ」
健はそう言って、自主訓練を始めた。
科学忍者隊はギャラクターとの最終決戦に向けて、それぞれが自らを鍛えようとやって来たのだ。
考える事はジョーと同じだった。
ジョーの場合はその動機に追記すべき点があったが。
仲間達はそれぞれの自主訓練に没頭し始め、自分に好奇の眼が集まらない事にジョーは安堵した。
彼も自分の訓練に没頭した。
仲間達が現われた時は一瞬動揺したのだが、この訓練室は彼専用と言う訳ではない。
仕方がなかった。
とにかく自分に関心が集まってはいない事にホッとしたのだ。
体調は相変わらずだ。
「相変わらず」なら良いと思わなければならない。
症状をこれ以上進ませない事も、ジョーにとっては重要な事だった。
但し、こればかりは彼にはどうしようも出来ない事だった。
せめてトレーラーハウスにいる時は出来るだけ安静にしておく事だ。
それ以外に手はない。
後は薬を飲む事ぐらいだ。
気休めだろうが何だろうが、それでこれ以上の進行を何とか抑え込むしかないのだ。
ジョーは意思の力できっとやり遂げてやる、と思った。
ギャラクターを斃すその日まで、絶対に倒れてなるものか。
しかし、彼の思惑とは違う処で、その身体はどんどん蝕まれて行くのである。
彼が夢見た未来もないとは、この時点では彼に思い至る筈もなかった。
これから残酷な運命に翻弄される事になるのだ。
それをせめてもの間、喰い止めようと言うジョーの努力が、無に帰してしまおうとは、さすがの彼も思いはしなかったのである。
彼は自主訓練に励んだ。
自分の本懐を遂げる為に、そして、心に抱える戦慄を取り除く為に。




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