『小切手の使い道』

ジョーは今日もサーキットで文句なしのトップで優勝し、トロフィーと賞金、花束を受け取った。
賞金は無造作に折り畳んでジーンズのポケットに捩じ込み、トロフィーはナビゲートシートに置き、花束だけを持って『スナック・ジュン』へと入って行く。
今回の賞金は小切手での授与だった。
スポンサーが付いていたので、高額だったのだ。
ジョーはその賞金で新しいレーシングカーを買おうと決めていた。
もう目処は立ててある。
ストックカーレースだけではなく、レーシングカーでもレースに出るようになっていたのだ。
これまではサーキットから借りて乗っていたのだが、自分の車が欲しかった。
今回のレースに勝てば、それが実現する事は解っていたから、必死に闘った。
そして、勝ったのだ。
黄色いレーシングカーを買う事に決めていた。
色は蒼が良かったが、その機種では黄色しか出ていなかった。
色などどうでもいい。
問題は機能と自分との相性だ。
サーキットから借りて乗ったその機種が、自分に凄く合っていた。
だから、それを買うと心算していたのである。
今日の賞金はそのレーシングカーが買えるには少し足りない金額だったが、これまでの貯金を崩せば何とか射程距離に入る。
ジョーはローンを組む事など考えてもいなかった。
大体プライベートレーサーにローンを組んでくれる処などないだろう。
「ジョー、今回も優勝を攫ったのね。おめでとう!」
店に入るとジュンの華やいだ声が飛んで来た。
いつも貰った花束の処理に困って、この店に持って来ている。
その為の花瓶も買ってやった。
「ジョー、いつも有難う。女性のお客様が喜ばれるのよ〜」
「そうかい?そいつは良かった」
ジョーはそう言って、仲間達のいるカウンター席に座った。
「今日は応援に行こうかと思ったんだがな。
 俺が珍しく寝坊してしまって……」
健が頭を掻いた。
「別に珍しい事じゃねぇだろ。任務の時以外はシャキっとしてねぇからな。
 前に甚平がいなくなった時に夜中にジュンに呼び出されて、寝かせてくれよ、と情けねぇ声を出したのはどこのどいつだ?」
「何でそんな事を知っている?」
「さあな」
「さあ、どうしてでしょうね?」
ジュンもジョーと一緒になって惚けた。
「そんな事はどうでもいいけんども、今回の賞金はなかなかの物だったそうじゃ。
 ジョーは何に使うつもりなんかいのう?」
竜がのんびりとした声で言った。
「あ、それそれ!おいらも気になる」
「話すから、注文を取ってからにしてくれよ」
ジョーは笑いながら言った。
そして、パスタとコーヒーを注文した。
「今回の賞金の使い道はな。もう最初から決まっていたんだ」
「ふむふむ。何を買うんじゃい?」
「レーシングカーだ。これまではサーキット場から借りていたんだ」
「ほう〜。それは大きな買物じゃないか。やったな、ジョー」
健が羨ましそうな顔をした。
いつも財布の中身が乏しい彼にとっては、レーシングカーが買える程のお金を持つ、ジョーが本当に羨ましかったのだ。
「俺だってそれを買えばすっからかんさ。貯金も使い果たすからな」
「それでも欲しいんだろ?ジョーの兄貴」
「自分のマシンが欲しいのは当たりめぇだ。
 G−2号機にはすまねぇが、レーシングカーでのレースにももっと出場してぇからな」
「ジョー、気持ちは解るが、余りのめり込み過ぎるのも良くないぞ」
「健、水を差すような事を…」
ジュンが言った。
「解っているさ。何よりも任務を優先しなければならねぇって事はな。
 レースにのめり込むなと言われてもそれは出来ねぇ相談だ。
 だが、任務となれば話は別だ。俺は何よりも任務を優先するさ。
 ギャラクターを斃さない限り、俺の夢は一歩も前に進めねぇんだ」
「そうねぇ。私達、みんなそうね。
 ギャラクターに関わっている限り、青春もないのよね」
「ジュン、まあ、そんなに暗くなる事ぁねぇだろう?
 俺達の手でギャラクターを斃せばいいだけのこった」
「でも、おちおち恋もしていられないわ」
「そいつは……、ギャラクターを斃してからでも……、どう、かな?」
さすがのジョーも歯切れが悪くなった。
隣にいるトンチキがジュンの気持ちに気付かない限りは、望めない事だ。
全く世話が焼ける奴だ、とジョーは思った。
甚平でさえ、ジュンの気持ちには気付いているのだ。
それが解らないのは、恋愛沙汰に疎いからだけなのか?
ジョーは呆れるしかなかった。
「はい、お待ち!」
甚平がパスタを出して来た。
「ほう、今日も旨そうだな」
ジョーは急に空腹を覚えた。
今日のレースの為に、朝食を抜いていたのだった。
朝食とは言っても彼の場合、カップスープとフルーツジュースぐらいなのであるが…。
手が空いた甚平が言った。
「ジョーの兄貴、どんなレーシングカーを買うの?」
「1週間前のレースで乗っていたのと同型の奴さ。
 サーキット場で借りた奴では、一番俺に合っていた。
 いろいろレースで試してみたからな」
「いいな〜。ジョーの兄貴は夢に向かってどんどん突き進んで行っている、って感じだね」
「じゃあ訊くが、おめぇの夢は何だ?」
ジョーの質問に甚平は真剣になって考え込んだ。
「ギャラクターを倒した後の事は、まだ考えてもいなかったよ」
「これからゆっくり決めるんだな。おめぇには充分な時間がある。
 おめぇにその時間が残されている内に、ギャラクターを斃さねぇとな。
 なあ、健……」
「ああ、その通りだ。俺達が普通に暮らせる時間も必要だ。
 それを勝ち取らなければならない」
「ああ、やろう。おら達の手で」
「そうね。私達で団結してきっとやり遂げましょう」
「おいらも頑張るよ」
ジョーが言ったたった一言の言葉で、全員が一致団結した。
甚平は小さい頃から科学忍者隊として訓練をされて来て、気の毒な存在だった。
健を始めとする科学忍者隊のメンバーは全員そうだ。
青春と言うものをまだ知らない。
闘いに明け暮れる毎日を送っているからだ。
その中で小さな夢を大きく育てようとしている。
健は大きく空に羽ばたきたいだろうし、ジョーはレース界でもっと上を狙っている。
ジュンも、甚平も、竜も。
確固とした夢がまだないまでも、将来について思い描く事はあるだろう。
上の2人はそれぞれに道が拓けそうだが、3人にだってきっと輝かしい未来が待っている筈だ。
ジョーの優勝を切っ掛けにそんな事を少し考える午後だった。
ジュンはジョーが持って来た花束を、彼が買ってくれた花瓶に活けていた。
「綺麗ねぇ〜。今の私の楽しみはこれと、デーモン5のライヴだけだわ〜」
「バンドはどうした?」
ジョーが訊いた。
「最近、メンバーが集まれなくて……」
「そうか。それは残念だな」
「営業を休む事が多いから、ゴーゴー大会をする程お客さんも来ないしね」
甚平が言った。
「それがネックだな」
ジョーは言ったが、解決策などある筈もない。
ギャラクターを斃す事以外には……。
「ギャラクターを斃して、店を順調に立て直すしかねぇな」
「結局結論はそこなのよ。健だってバイトを頸になる事も無くなるでしょうし」
「平和になれば、テストパイロットの仕事ももっと入るようになると思うしな」
健も言った。
「俺達の手に、健のツケが回収出来るかどうかが掛かっているようだぜ、ジュン」
ジョーがニヤリと笑った。
「そのようね…」
ジュンも苦笑いをした。
「とにかく私達、前に進めるように頑張るしかないわね」
「ああ、全員が闘いの日々から脱して、夢に向かって行けるようにな」
ジョーは頷いた。
明日にでもディーラーの元に行こう。
漸く夢だったレーシングカーが自分の物になるのだ。
これからは活動の幅が拡がる。
ギャラクターにレースを邪魔をされる事はあるだろうが、それでも前を見ると決めた。
そして、いつかはギャラクターを斃し、レースに専念出来る日がやって来るのだ。
ジョーはそう信じた。
その日の為に、自分は敵に向かって行く。
その決意を胸に帰途に着いた。




inserted by FC2 system