『博士が描く未来』

「おい、ジョー。そろそろ南部博士を迎えに行く時間じゃないのか?
 国際科学技術庁に行ってる筈だろう」
三日月珊瑚礁基地の特別シューティングルームでの射撃訓練中に、健が手を止めて訊ねた。
ジョーは1人、別のメニューをこなしていたが、集中力を途切れさせないまま射撃を続けていた。
「博士は最近、護身術を習ってるんだ。柔道と射撃程度だが、自分の身は自分で守りたい、と言ってな……。
 確かに俺達の任務も厳しくなって来て、常に張り付いている訳には行かねぇだろ?」
正確に的を射抜き乍ら、ジョーは言った。
「忙しい間を縫って、国際科学技術庁内の特別室でボディーガードから直接指導を受けてる。
 だから今日はそのまま泊まり込むらしいぜ」
「大丈夫なのかい?博士も忙しいのに」
甚平が心配そうに言った。
「俺は博士には幼い頃に生命を助けて貰った恩があるからな。
 いつまででも護衛に就いているつもりでいたんだが、博士はこう言うんだ」
ジョーは射撃の手を止めない。
『いつか闘いが終わって、科学忍者隊を解散出来る日が来るかもしれない。
 そうなれば、いつまでも君達を私の護衛に就けている訳には行くまい。
 君達の未来を私が預かったままにする訳には行かないのだ』
南部博士はジョーにそう言ったのだ。
「俺は少なくとも博士が護身術を習う事は悪くねぇ、と思った。
 これからギャラクターとの最後の闘いに向かって行く中で、いつ何が起こるか解らねぇからな。
 だから敢えて反対はしなかったのさ」
「博士も俺達の将来の事を考えてくれているんだな」
健が呟いた。
ジョーもついに射撃をやめた。
激しく動き回っていたのに、息ひとつ切れていない。
「みんなも知っている通り、博士が俺達を科学忍者隊として編成したのは、俺達を闘いの渦の中に投げ込む意図では無かった…。
 ギャラクターが滅びる日が来たら、それぞれの人生を歩ませようとしてくれているんじゃないのかな?」
健が無人の管理室を仰ぎ見た。
「俺達の将来か…。ギャラクターを倒す事ばかり考えていて、余り考えた事は無かったぜ」
「ジョーの兄貴は世界的レーサーになりたいんだろ?
 闘いが終わって、本腰を入れてレーサーを始めればきっとなれるよ」
甚平が言った。
「博士は私達に普通の若者として夢を持って生きて欲しいんでしょうね」
「んだなぁ。おらはこのまま海に関わって生きて行きてぇな」
「健はやっぱりパイロット?」
ジュンが微笑み乍ら訊いた。
「そうだな…。俺もそんな夢を追っていた事があったんだったな」
「何じゃあ?健もジョーと同じで夢を忘れてた口かえ?」
「親父が死んでからは、特にそうだったかもしれんな」
健はバードスタイルを解いた。
「博士が俺達の将来の事を考え始めたって事は、博士自身が決戦の日が近いと肌で感じてるからだろうぜ」
ジョーもエアガンを腰に戻すと変身を解きながら呟くように言った。
「俺達はまだまだ気を抜けねぇぜ。さて、俺はそろそろ国際科学技術庁までひとっ走りして来るぜ」
「あれ?ジョーの兄貴ぃ、行かないんじゃなかったの?」
「そっと様子を見て来るだけさ。博士に護身術を指導している奴らの事をまだ信用出来ねぇんでね」
「案外ジョーも心配性だのう…」
竜が笑った。
「俺は生憎捻くれ者だからな。人を疑って掛かる癖が付いてるのさ」

ジョーのこう言った予感は何故か良く当たる。
この日、南部博士に護身術を指導しようとしていたボディーガードの男は、実は既に殺されていた。
ベルク・カッツェが南部に直接接触して殺害する為にその男に変装していたのだ。
ジョーが国際科学技術庁の特別室に駆け付けた時、中から銃声がした。
「む!」
ジョーは素早くバードスタイルになると、羽根手裏剣を手にドアに体当たりして部屋に転がり込んだ。
まさに南部博士がベルク・カッツェと銃撃戦を始めた処だったのだ。
羽根手裏剣がカッツェが手にしている銃を弾き飛ばした。
「くそぅ。また科学忍者隊か?」
カッツェが飛び退いた。
しかし、カッツェの戦闘能力自体は決して高い物ではない。
逃げ足が速い事だけがこいつの特技だ、とジョーは思った。
カッツェを斃したい処だが、南部博士を守る事が先決だった。
エアガンでカッツェのマスクを狙ったが、煙幕を張られて逃げられてしまった。
「博士!怪我はありませんか?」
「ああ。君のお陰で助かった。良く見破ったな、ジョー」
「俺の嫌な予感は良く当たるんですよ。さあ、送りましょう。
 やっぱり博士の事は俺達が守ります」
「すまんな、ジョー…」
南部の顔が曇った。
「でも、博士。ボディーガードの護身術訓練の成果はあったようですね。
 カッツェに殺られずに済んだじゃないですか」
「君が来なかったら、どうなっていたか解らなかったがね…」
南部博士の声は自嘲的だった。




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