『爆破(後編)』

敵は午前零時にやって来た。
ジョーは21時頃に王宮への潜入を試み、自分の計画通りに屋上の外壁にぶらさがっていた。
さすがに痺れを切らした頃に、マフィアはマンホールを持ち上げてやって来たのだ。
王宮の警備隊はまだ気が付いていない。
庭にも警備隊はいるのだが、広い範囲を見なければならないので、彼らの眼が離れた隙の僅かな時間を逃さずに、マフィアは侵入したのである。
侵入路がそこなら、退路もそこだろう。
金塊を持ち出しては、マンホールから箱を担いで逃げていたのだ。
恐らくはマンホールの中にも仲間がいる。
ジョーはそう踏んでいた。
バケツリレーのように運んで行くのだろう。
まずは軍隊を皆殺しにする事から始める筈だ。
マフィアを見つけたサーベルを持った軍隊がそれを取り囲む中、ジョーはその前にワイヤーを遣って弾みを付けて飛び降りた。
「誰だ、てめえ!」
「科学忍者隊G−2号」
ジョーは短く名乗りを上げると、マフィアとの戦闘を開始した。
「軍隊の奴らは、地下にある金塊を守っていろ!」
そう言って、高く跳躍した。
我に返った兵士達は、先を争うかのように王宮の建物の中に消えた。
実は怖かったのだろう。
いきなり自分の眼の前に現われたジョーを見て、マフィアはその跳躍力に驚きの声を上げた。
「何だ?まるで鳥のようだぞ」
「そうさ。俺の別名は『コンドルのジョー』だ」
ジョーは言うが早いか、その男の首に手加減して手刀を入れた。
男は「うっ」と呻いて、崩れ落ちた。
ジョーにとっては、マフィアなど本気で闘うレベルではなかった。
手を抜く事に苦心をした。
加減を考えなければ、殺してしまうかもしれない。
ジョーはマフィアを叩きのめしながらも、気を失う程度の打撃で済むように力を抜いた。
国際警察に引き渡すのだ。
逮捕した後の取り調べに耐えられないようだと困る。
彼は回転しながら、手加減をして長い脚を振り回した。
「準備運動にもならねぇな……」
ジョーは呟きながら、マフィアの子分達を倒して行った。
そして、地上に出ているマフィアを根こそぎ叩くと、彼はマンホールの中に飛び込んだ。
そこでもまた同様の戦闘が繰り広げられる。
余りにも拍子抜けする程の簡単さで、ジョーは全てのマフィアを倒してしまった。
「マフィアにももう少し骨のある奴がいるかと思ったぜ…」
「強過ぎる…」
ジョーに最後にやられたマフィアの子分がそう呟いて、気絶した。
そうなのだ。
ジョーは強過ぎるのだ。
彼はギャラクターとの真剣勝負の中にいるから気付かないだけだ。
マフィアとは言え、一般人相手に本気など出したら、殴っただけで殺してしまう事だろう。
ジョーが加減をしたのは、正しい事だった。
試してみて、相手が強ければ、それに見合った力を出せば良いだけの事だ。
軍隊の隊長が地上に出て来て様子を覗いていた。
「此処に来ているマフィアは全部倒した。
 国際警察を呼んで、早く逮捕させるといい」
ジョーはそう言うと、自分もマンホールの中に飛び込んだ。
「ああ、このマンホールの中にもマフィアがいるから、忘れないようにしてくれ」
「貴方は…?」
「帰るのみさ」
ジョーはマンホールの中に消えた。
これでマンホールの中から王宮への侵入が出来ると言う事が解った筈だ。
これからは何らかの対処をする事だろう、と彼は思った。

ジョーはユートランドへと帰り、南部博士に事の次第を報告した。
「拍子抜けする程、簡単に終わりましたよ」
「そのようだね。マフィアのボスを始めとする子分達が国際警察に一斉検挙されたそうだ」
「それは良かった」
「ご苦労だったな。ギャラクターの仕業かもしれない、と思って健達を待機させておいたんだが、必要なかった」
「『エース』を恐喝する辺り、ギャラクターが絡んでいるとは思えませんでしたからね。
 だから、俺も1人で行ったんです」
「それで、『エース』の容態はどうかね?」
「これから見舞いに行ってみようと思います」
「そうか」
南部博士と別れたジョーは、花を買ってフランツが入院している病院へと訪ねた。
フランツの家族は丁度食事に行った処だと言う。
「事件が解決したそうだな」
ジョーを見るなり、ベッドの上でフランツが言った。
手足を骨折していたが、右手が無事だったので、病院食は自分で食べている。
「昼時に来ちゃってすみませんね」
そう言いながら、ジョーは丸椅子を足で引っ張って来て座った。
花束は、棚の上に置いた。
「ジョーがやったのか?」
「何の事です?」
「K国の事件さ」
「あの新聞に載っていた事件の事ですか。
 一介のレーサーの俺が、王宮の金塊強奪事件なんかに関われる訳がないじゃありませんか?」
ジョーは笑った。
「あれから、恐喝はどうです?」
「怪我をしてから、ピタリと止んでいる」
「そいつは良かった」
「お陰で傷の回復具合も悪くないしな。1ヶ月もしたら仕事に戻れる」
「無理はしない方がいい。折角奥さんと娘さんとゆっくり出来る時間が出来たんだ。
 ゆっくり休めばいい。仕事なんていつでも出来る」
「はは、そうだな…。ちょっと忙し過ぎたかもしれないな。
 休日と言えばサーキット通いだし、そう言った事を含めて忙しかった」
「そうですよ。だからと言って、サーキットに来なくなるのは寂しいですけどね」
「そんな事はない。いつ戻ろうかとわくわくして待っている」
「へへへ。貴方らしい。回復に向かっているようで何よりだ」
ジョーは案外元気そうなフランツを見て、心底から安心した。
「今度の日曜のレースには出るのか?」
「その予定ですよ」
「出たかったな…」
「仕方がないでしょう。その身体では。助かっただけでも、有難いと思わなければ」
「そうだな」
「マフィアがどう言った訳かひと思いに殺さずにいてくれたのは有難かったですね」
ジョーはしまった、と思った。
『マフィア』と言葉にしてしまった。
フランツは全て解っている事だろう。
「ああ、全くだ。車を爆破されて、こうして生きていられるとはな」
「奥さん達も心配しているでしょう?」
「家族には車の故障、と言う事にしてあるんだ。
 もし、君がいる内に戻って来たら、口裏を合わせてくれよ」
「解りました。余計な心配は掛けたくありませんものね」
ジョーは軽く請け合った。
しかし、そこまで長居をするつもりはなかった。
フランツの、家族との時間を邪魔したくないと言う思いがあったのである。
「じゃあ、俺はこの辺で」
「もう帰るのか?」
「ええ。今日は休みなんで、走りに行こうかと思いましてね」
「そうか……」
「ああ、配慮のない事を……」
「ジョーらしくないぜ」
「そうですね」
フランツと顔を見合わせて一頻り笑った。
「じゃあ、お大事に。サーキットに帰って来るのを待っていますよ」
「ああ、有難う」
ジョーは立ち上がって、病室を後にした。
フランツが無事で本当に良かった。
今回の事件は、ジョーにとっては忘れられない事件となった。
フランツがサーキットから姿を消す事など考えたくもない。
しかし、知らない事になっているとは言え、彼はISOの情報部員だ。
これからも危険に晒される事はあるかもしれない。
本人はその事を良く解っている筈だ。
自分の身は自分で守るだろう。
それが出来なければ、『ビート』のように殉職する事になり、自分の屍は拾って貰えないに違いない。
家族持ちのする仕事じゃねぇな、とジョーは思った。
出来るだけ早く偉くなり、内勤の仕事に就いて貰いたいものだ。
そう思いながら、病院を出た。




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