『剣先』

「竜、危ねぇっ!」
ジョーが身を挺して竜を突き飛ばした時、彼は背中に灼け付くような痛みを覚えた。
マントを貫いて、剣が突き刺さり、背中から胸部へ向かって突き抜けていた。
「ジョー!」
唇から激しく血を噴いて横倒しに倒れ込んだジョーを竜が抱き起こした。
ジョーの意識は途絶えていた。
「竜、無理に動かしては行かん。そっと抱き上げてゴッドフェニックスに退避するんだ!。
 そのまま基地へ戻ってくれ」
様子に気づいた健が命令した。
「解った!」
「剣は抜くなよ」
「ラジャー」
竜は剣を刺激しないように注意しながら、弛緩したジョーの身体を軽々と持ち上げた。
血を喀いている。
間違いなく肺を傷付けられているに違いない。
竜は唇を噛み締めた。
自分がうっかりしていたが為に、ジョーに傷を負わせてしまったのだ。
「ジョー、済まん。助かってくれよ」
健達はまだ闘っている。
2人が抜けたのは、大きい痛手の筈だ。
しかし、健はジョーの容態が一刻を争うものだと気づいたのだ。
だから即刻退却の命令を出したのである。
今はギャラクターの基地の中だった。
「済まねぇ。ジョーを基地に送り届けたら、おらはすぐに戻る」
「解った!ジョーを頼んだぞ」
健はブーメランをパシっと手に取りながら、返事を返した。
竜はジョーの身体が激しく揺れないように、走りたいのを堪えながら、そろそろと進んだ。
敵兵は既に此処までに倒して来たので、戻る分には攻撃して来る者はなかった。
やがて、ゴッドフェニックスに到着し、竜はトップドームまで跳躍した。
ジョーの身体を横向きに横たえる。
その身体に剣が貫かれている。
竜はジョーが呼吸をしているか確かめた。
微かにだが、呼吸はしているようだった。
しかし、荒い呼吸で、その回数も僅かだ。
非常に危険な状態である事は間違いなかった。
竜はゴッドフェニックスを早速離陸させながら、南部博士への通信ボタンを押し、事情を説明した。
『何?ジョーの容態はどんな具合だ?』
「意識がないぞい。血を喀き、呼吸も微弱」
『何と言う事だ…。手術の用意をして待っているから、一刻も早く戻るのだ』
「ラジャー」
竜はジョーの身体が転がったりしないように気をつけながら、それでも必死にゴッドフェニックスを飛ばした。

博士の元に抱き上げたジョーを連れて行く。
ストレッチャーが用意されていて、博士がジョーの変身を解いた。
「おらのせいでこんな事に…。とにかくおらは闘いに戻らにゃなりません。
 博士、ジョーを宜しくお願いします」
竜は後ろ髪を引かれる思いで、基地を離れた。
南部博士は、ジョーの様子を見て、すぐに手ずから酸素マスクを付け、招集してあった医療スタッフに任せた。
医療スタッフも、これは…、と言う顔つきをしたが、何も口にしなかった。
すぐに血圧や呼吸数を計る装置が付けられ、ジョーの乗るストレッチャーは手術室へと運ばれた。
剣の刃の部分の長さは50cmぐらいはあった。
麻酔を掛けて刃を抜く時にジョーは、激しく血を喀いた。
それを隣室の監視室から見ていた南部博士は思わず眼を伏せた。
凄惨過ぎて、見てはいられない、と言う感じだった。
こんなに激しい闘いの中に、5人を投入しているのだ、と自分自身の事が嫌になる。
しかし、これは現実だ。
10代の若者の敏捷性が、科学忍者隊には必要だったのだ。
だから、自分は彼らを見つけて、科学忍者隊を組織した。
辛い思いをさせている、と思った事もある。
だが、彼らは非常に優秀で、任務にも忠実だった。
ギャラクターのやり口を憎み、敵愾心を燃やして頑張ってくれている。
特にジョーはギャラクターに恨みを持っているので、その思いは他の仲間よりも強いだろう。
そして、実は仲間思いだ。
仲間に危険が及ぶと、身を挺して守る事がある。
南部はそれを承知していた。
健以外の仲間は、1度や2度、ジョーに守られた事がある、と証言している。
ジョーが庇わなかったら、今頃此処の手術室にいるのは、竜だった筈だ。
博士は唇を戦慄(わなな)かせ、苦しんだ。
ジョーの手術はすぐに始まった。
傷が内臓にまで達している重傷だ。
医療スタッフは最高のメンバー。
しかし、この容態では最悪の事態も考えなくてはならない。
南部は手術をこれ以上、目視している勇気がなく、監視室から離れた。
手術室の外にソファーがある。
そこに座って待つ事にした。
自分も医師の癖に…、と自身を嘲笑った。
ジョーをBC島から救い出した時の事を思い出しながら、ジョーが無事に戻って来るように、とひたすら祈る。
今、自分に出来る事はそれしかなかった。
ジョーは生命の危険を何度も乗り越えて来た。
BC島での、8歳の時の爆撃。
あの時も意識がなかなか戻らない、重態だったのだ。
応急処置をして、すぐに本土の病院に連れ出した。
1週間後の日付でジョーの死亡診断書を書いて。
それを当時の神父に託したのだ。
あの時、ジョーの生命は風前の灯火だった。
今もまさしくそうだろう。
そんな危険な状況から、彼は不死鳥のように甦ったのだ。
南部はその奇跡を再び、とジョーの両親に祈った。
ジョーの容態は悪かったが、彼の両親なら、息子を救いたい気持ちが一番強い筈だ。
救けて欲しい、とそれだけを願った。
そして、科学忍者隊に彼を入れた自分の事を詫びた。
ジョーは科学忍者隊に入れた事を感謝している。
その事は知っていた。
両親の復讐に燃えていたからだ。
その思いを私は利用したのではないか、と南部は自らを責めた。
手術が終わるまで、その事を考えていた。
仕事に戻っても手に付く筈もない。
手術に何時間掛かっても、此処に待機しているつもりだった。
「南部博士!」
健達が無事に戻って来た。
「おお、良かった。無事だったか?」
「ジョーの容態はどうですか?」
「様子を見て来よう。私は手術を見ている勇気がなかったのだ。少し待っていてくれたまえ」
博士はまた監視室に入る事を決意した。
ジョーの手術は終盤に入っていた。
前胸部と背中を縫う作業が、二手に別れて行なわれていた。
血圧と呼吸数の数値が安定していない。
まだ傷の処置を終えたばかりで、これからが山となるだろう。
時折、血を喀いて、酸素マスクを外し、処置が行なわれている。
南部博士は溜息を吐いて監視室を出た。
「どうですか?」
健達が訊いて来た。
「手術自体はもうすぐ終わる。後はジョーの体力次第だろう」
「危険だ、って事ですか?」
「うむ。残念乍らその通りだ。まだ血を喀いている」
「ジョー……」
涙でぐしょぐしょになっている竜を、博士は軽く抱き締めた。
「大丈夫だ。ジョーならきっと戻って来る筈だ。そう祈るしかない」
やがて手術室のドアから、ジョーが乗せられたストレッチャーが出て来た。
「処置は全て終わりました。肺の傷が酷く、まだ当分は喀血が続くものと思われます。
 集中治療室で24時間体制で管理します」
執刀医がそう言った。
手術は4時間に及んだ。
「宜しく頼みます」
南部博士はそう言って、ストレッチャーで運ばれて行くジョーを見送った。
「ジョーは長い手術を乗り切った。助かってくれる筈だ。私は信じる」
博士は熱い物を感じて瞼を抑えた。




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