『罠だらけのレース』

サーキットは快晴だった。
今日は大きなレースが行なわれる。
ギャラクターよ、今日ばかりは出て来ないでくれ、とジョーは祈った。
賞金も大きいが、何よりも名声が上がる。
ジョーはストックカーレース界の中での評価を更に上げる事になるのだ。
レーサーとしての将来の為には、必要な事だった。
ギャラクターを斃したら彼の行く道はただ一つ。
その将来の為の布石を打つのだ。
その為にも今日は優勝しておきたかった。
今日のコースは、事前試走が出来ない決まりになっている。
途中にいろいろな仕掛けがあるらしい。
恐らくはコース上に隆起があったり、思わぬ場所にタイヤが積んであったり、そう言った類いの事だろう、とジョーは思った。
そう言った突然の出来事に対応出来るかどうかを判断する為のレースなのだろう。
しかし、1周すればコースの癖は解る。
最初の1周に全てが掛かっていると言ってもいい。
いや、もしかしたら、何か仕掛けがあって、途中のコースで何かの障害が起こる可能性もある。
今回のレースの為に、サーキットは5日間閉鎖された。
その間に特殊な工事が行なわれたらしいのだ。
その内容については、工事に関わった者以外は誰も知らない。
厳しい箝口令が敷かれていた。
だから、いつもの勝手知りたるコースではないのだ。
多分、ジョーは1位2位を争うスピードで走り抜ける事になるだろう。
最初にその『異変』を体験するのは彼だと言う事になる。
後ろを走るレーサーは、それを見て対処法を考える時間があるかもしれない。
そう言う意味では、いつ後方から抜かれるか解らない、そう言ったレースである。
G−2号機の整備は入念に行なった。
後はレース開始を待つばかりだ。
フライングスタートには気を付けないと行けないが、G−2号機は立ち上がりが早い。
すぐに最高スピードを出す準備は出来ている。
「ジョー」
フランツがやって来た。
先日ある事件で怪我をしたのだが、無事に復帰して来た。
今回のレースが復帰第一弾だ。
「調子はどうかい?フランツ」
「上々だ。もう怪我の方は問題ない。問題があるとすれば、この俺の腕さ」
「海のものとも山のものとも解らねぇ仕掛けがされているらしいですからね」
「お互いに事故にだけは気を付けよう」
フランツが言った。
「ええ」
ジョーもそう答え、2人は握手をした。
いよいよ、サーキットに入る瞬間が来た。
くじ引きで並びを決めた。
ジョーは2列目だ。
充分に躱してトップに躍り出る事が出来るだろう。
興奮の一瞬がやって来た。
数字の表示が10からカウントダウンして行く。
エンジン音が唸りを上げる。
ジョーは前を走る車を上手く摺り抜けて、すぐにトップへと躍り出た。
それぐらいの事は彼にとっては朝飯前の事だ。
これから未知のコースが待ち受けている。
早速、進路に蔦が這い回っているのが見えた。
もしかしたら、蔦には棘があるかもしれない。
ジョーはその場所をジャンプしてやり過ごした。
後続の車はそのまま行こうとして、タイヤをパンクさせている。
「こりゃあ、サバイバルレースだな」
思わず呟いた。
その先には、急な段差が用意されていた。
ジャンプ台のように、コースがせり上がっているのだ。
ジョーはこれも難なくクリアしたが、後方ではクラッシュが相次いでいた。
これでは、下手をすれば、ゴール出来た者がイコール優勝、と言う事になり兼ねない。
いや、誰もゴール出来ないと言う事態に陥る可能性もあった。
彼は気を引き締めた。
1周目はこれで終わったが、途中で何が起こるか解らない。
今回のレースはこのコースを30周する事になっている。
普段のレースよりも少ないのは、こう言った理由があったのだ。
残念な事にフランツもリタイアの憂き目に遭っていた。
クラッシュした車はそのまま放置された。
普通なら進路妨害になるので、すぐに取り除かれるのだが、このレースはそうではないらしい。
中からドライバーだけを救い出して、車は置かれたままだ。
しかし、コースを外れる事は出来ない。
コース内に障害物が増えて行く事になる。
これ以上の罠はない。
この後は、恐らく特殊に改造した罠は出て来ない事だろう。
クラッシュした車自体が罠そのものだ。
ジョーはジャンプしてこれを避け、周回を稼いで行った。
横転して裏を見せている車をジャンプ台に使う事もあった。
容赦なくそうしなければ、もう走り抜ける事は出来ないのだ。
気が付けば、コースを走っているのは、自分だけになっていた。
このサバイバルレースを走り続ける事が出来るのか?
もう、障害物は増えない。
ジョーは警戒した。
まだ何か罠があるのかもしれない。
あるとすれば、最終の周回の時か?
30周目が近づいて来ていた。
ジョーは警戒感を強めながら、ステアリングを切り続けた。
もうタイムなど気にする事はない。
こんなレースにタイムなどあるものか。
記録にも残らないだろう。
最後まで走らせないのが、このレースの目的なのだから。
最終の周回に入った。
ジョーは今まで通り、横転した車を飛び越えていたが、急に眼の前に10mぐらいの山が出来て行くのが解った。
「あれを上れ、と言うのか!?」
流石のジョーも、冷や汗を掻いた。
G−2号機の馬力なら大丈夫だろう。
悪路走行性に秀でている。
山が高くなる前に乗り越えなければならなかった。
ジョーはアクセルを踏んだ。
そして、その山に乗り掛かった。
流石にタイヤが軋んでいる。
しかし、ジョーはG−2号機を信じた。
「行ける!おめぇなら行ける筈だ!」
この滑稽なレースを完走してやる!
ジョーはそれに賭けた。
そして、G−2号機はガタガタと揺れながらも、山を制覇した。
後はゴールを待つばかりであった。
無事にゴールを果たしたのは、彼だけだった。
ファンファーレが鳴り響き、観客からの惜しみない拍手が轟いた。
ジョーは賞金とトロフィー、花束を次から次へと受け取った。
どうしてこんなハチャメチャなレースが行なわれたのか、ジョーには解った。
スポンサーがレーシングカー専門の会社だったからだ。
恐らくは修理代金を稼ごうと言うのだろう。
「汚ねぇな……」
大人の社会なんてそんなものだ。
ジョー以外は皆、その手に嵌り込んだのだ。
ジョーに賞金を出したのは計算外だった事だろう。
いい気味だ。
応援に来ていた健達もその事に気付いていた。
「随分横暴なレースだったな」
健の感想に全てが表わされていた。
「本当だ。俺は怒りを感じている」
ジョーもそう応じた。
「こんな酷いレースは2度と御免蒙るぜ」
「サーキットのオーナーにクレームを付けておくんだな」
「いや、恐らくは何も知らなかったんだろうぜ。
 素晴らしいエンターテインメントレースにするから、とか言われて丸め込まれたんだろう」
「でも、レースを中止にはしなかったじゃないか」
「一旦走り出した物を止める事は出来ねぇさ」
ジョーはそう言って天を仰いだ。
「いい天気だな」
納得出来ない部分もあったが、走り終えた爽快さが彼には残った。




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