『回想』

「ジョーの身体はそんなに悪いんですか?」
そう訊いた時の博士の顔が忘れられないわ。
眼を伏せて俯いてしまった博士。
もう、ジョーの生命が残り僅かだって事が博士には解っていたのね。
だから、声には出来なかった……。
ジョーの様子がおかしかったのは、私達も見て来た筈よ。
それなのに気付かなかったわ。
健だけが気付いていて、自分を責めて……。
あの竜巻ファイターの失敗の時から、ジョーは既に発症していたのよ。
博士の話だともっと前だと言うけれど……。
私達の前で異常を見せたのは、あの時が初めてだった。
なのに気付かなかったなんて、私もどうかしてる。
ジョーは病気を押し隠してまで、科学忍者隊から外されたくなかったのでしょうけど、もしかしたら残りの生命が少ないと解ったら、健はジョーを本部に連れて行く決断をしたかもしれないのに。
だってジョーの望みはギャラクターを斃す事ですもの。
私達に言えなかったジョーの気持ちは良く解る。
でも、言って欲しかったわ。
みんなそう考えていると思うの。
1人で苦しまないで欲しかった……。
どれだけジョーが苦しんだのかと思うと、胸が張り裂けそうよ。
それでなくても、ジョーには苦しい事が沢山あった。
彼にばかり悲劇が起こったわ。
健にもお父さんとの別れ、と言う悲劇があったけれど、ジョーの場合は自分自身がギャラクターの子だったと言う事、幼馴染を死に至らしめた事……。
特に憎むべきギャラクターの血が流れていると知った時の彼の思いを考えると、辛過ぎるわ……。
自分の身さえも呪った事でしょう。
仇と思っていたギャラクターに、両親が与していたと言う事実は受け入れ難かった事でしょう。
それでも、思い出してしまったその事は紛れもない事実で、ジョーはきっとのたうち苦しんだ筈。
心の痛みを隠していたけど、BC島にお墓参りに行ったのは、やっぱり動かずにはいられなくなったのね。
そんな風に散々苦しんだジョーに、今度は病いの驚異が……。
私、言葉も出ないわ。
まさか、死を呼ぶ程の事だとは思っていなかったのかもしれない。
医師に診せたら、南部博士に知られると思ったのでしょうね。
ジョーにはそれがどれだけの苦しみを呼ぶ事になったのか、想像が付くわ。
生命を落とす事よりも、科学忍者隊から外される事の方が彼には恐ろしい事だった。
どんな気持ちで病気の苦しみに耐えていたのか……。
眩暈や頭痛がしたのでしょう?
バードミサイルを失敗したのだって、そのせいだった。
何故、私はそれを解ろうとしなかったのかしら?
健は流石にリーダーだわ。
ちゃんと気付いて、ジョーと話そうとしたのね。
それがあの時の喧嘩だったと、後で聴いたわ。
ジョーったら、拳で応えるなんて、貴方らしいわね。
それ程までして隠し通したんですもの、健が苦しむ必要なんてない筈よね。
でも、健は貴方を置いて行った事で苦しんでいるのよ。
私も良く解る。
同じ気持ちだから。
貴方を連れ帰る事が出来たら良かった……。
だって、戻ったら貴方はいなかったのですもの。
爆風に攫われたのかしら?
私達はそんな最後を予想していなかった。
戻ったら、ジョーはそこに横たわっていると思ってた。
だから、居なかった時の衝撃は凄いものだったわ。
でもね。ジョーの遺体を見なかった事はある意味では幸せなのかもしれないわ。
だって、ジョーが生きているかもしれない、って現実的ではない事を考える事が出来るんですもの。
ちゃんと葬りたかったと言う気持ちもあるわ。
そこは複雑なのよ。
ジョーが苦しみ抜いて1人で死んで行ったなんて、考えただけで恐ろしくて、とても哀しいわ。
あんなに激しく傷を受けて、血を喀いて……。
私達には強い声音で最後の言葉を述べたけれど、本当はもう虫の息だった……。
一番長く傍にいた私には痛い程それが解ってた。
ジョーは強い意志で私達の士気が下がらないようにしてくれたのね。
立派だったわ。
ジョーは強い人だった。
人間として。
18歳とは思えないわ。
早く逝く運命にあったのに、それを受け入れて、「これが俺の生き方だったのさ…」と言えてしまう強さ。
まだ先があった筈なのに。
レーサーとして上を目指して行くつもりだったのでしょう?
そんなジョーを、私達も見たかったわ。
颯爽とレース界に飛び出して行くジョーをね。
段々有名になって、私達には手が届かない存在になってしまうの。
でも、時々逢って私の店で楽しく優勝祝賀パーティーなんかしたりして……。
そんな事を妄想してしまうわ。
ジョーがどこかで生きていてくれれば……。
博士には、それが非現実的な希望だと言われたわ。
貴方は残り1週間か、良くて10日の生命だったって。
それもあれ程の銃弾を受けていて、残念乍ら息絶えない訳がないって。
私は絶望の淵に立たされて泣いたわ。
健が慰めてくれた。
自分の方が辛い筈なのにね。
ジョー、そんな事もあってか、私と健の距離は縮まったわ。
貴方の言葉が健にも響いたのでしょう。
ギャラクターが自滅し、私達の科学忍者隊としての活動はパトロールだけになったの。
だから時間が取れるようになって、健と出掛ける事もあるわ。
貴方が通っていたサーキットにも行ったのよ。
どうしても貴方のG−2号機を探してしまう。
未だにジョーが死んだなんて信じられないのよ。
貴方は笑うかしら?
貴方の羽根手裏剣が地球を救ったって事は、ISOの調査団が調べて報告書を上げたそうよ。
本懐を遂げる事が出来たわね。
ジョーはその事を知っているの?
知らないで逝ったのなら、せめて亡くなってから行く世界で知って欲しい。
貴方はギャラクターの野望を潰えさせ、そして、自滅に追い込んだのよ。
あの身体で良くやったわね。
凄い事よ。
きっと執念の羽根手裏剣だったのでしょう。
その羽根手裏剣は健が形見として持っているわ。
私達、みんなそれを見て泣いたのよ。
ジョーが本懐を遂げて死んで行ったと言う事実を知る事が出来て、嬉しかった……。
私達は結局、本部で何も出来なかった。
レッドインパルスは亡くなってしまったし、総裁Xは宇宙へと逃亡、ベルク・カッツェはマグマに身を投じて自殺したわ。
私達は分子爆弾を停めようとして、それすら出来なかった。
それをジョーの羽根手裏剣がやり遂げたなんて。
歯車を壊しただなんて。
そんな劇的な事が起こるのは、ジョーの執念があったからこそ。
私達はそう信じてる。
ジョー、この世での暮らしは辛い事ばかりだったでしょ?
せめてそちらの世界では安穏に暮らして欲しい。
貴方は地球を救ったんだから、きっと良い処に行っている筈だと思っているわ。
貴方の姿が見えなくなって、貴方の不在をそろそろ認めないと行けないわね。
なかなか辛い事だけれど、受け入れられるように努力してみるわ。
健とは仲良くするから、安心してね。
貴方にもう心配は掛けたくないわ。
良かったら、私達がそちらの世界に逝くまで待っていてくれない?
貴方にもう1度逢う為にはそれしかないでしょう?
また逢いたい。
それまで私達を見守っていて。
退屈だったら、そちらの世界でレースでもしていてよ。
きっと貴方はそっちでも台頭して、立派なレーサーになるわ。
私には解るもの。
もう、思いっきり好きなだけ走れるのよ。
風を切って走るジョーをまた見てみたい。
だから、待っていてね。
約束よ……。




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