『ピスタチオペースト』

ジョーがサーキット帰りにユートランドの街を走っていると、信号の処で隣にスっとバイクが停まった。
「何だ、健?」
「ジュンの店の帰りさ。お前はサーキット帰りか?」
「ああ。満喫したさ」
「それは良かったな。今日は出動もなかったし」
「ジュンの店でだべって1日を過ごしたって訳か?」
「まあ、そんな処だ」
「平和だな」
「いい事じゃないか」
信号が青になった。
「ジョー、ちょっと俺に着いて来てくれ」
健が言うので、仕方なく、ジョーは健に着いて行った。
「ちぇっ。帰って飯の支度でもしようと思ったんだが…」
着いたのは健の父親が遺した小さな飛行場だった。
事務所が彼の住居になっている。
「パイロット仲間に貰ったんだが、俺には食べ切れなくてな。
 ジュンの店や竜にも引き取って貰った」
「こんな大量のピスタチオをどうするよ?
 ジュンの店に全部寄付すれば良かったんだ。
 大体、おめぇ、料理なんかしねぇだろ」
「ご名答」
健は悪びれずに答えた。
「お前にこれを何とかして貰おうと思ってな」
事務所の建物には一応シンクとちょっとした調理器具がある。
「ペーストにするのが一番だな」
ジョーは顎に手を当てながら答えた。
彼の故郷ではピスタチオを砕いてペースト状にし、それをパスタに和えたりするのだ。
「保存容器に入れて冷蔵庫に保存しておけばいい」
「流石だな。お袋さんに仕込まれていただけの事はある」
「必要最低限だがな」
「ミキサーに掛ければ油が出て、自動的にペースト状になるんだが。
 そんな洒落た物はおめぇの処にはねぇな……」
「じゃあ、トレーラーハウスに行こう」
「そう来ると思った…」
ジョーは額に手を当てた。
「まあいい。どうせ夕飯を作らなければならねぇんだ」
そうして、ピスタチオの大盛り袋を持って、2人はジョーのトレーラーハウスに移動する事になった。
途中でタッパーをいくつか購入する。
出来上がったピスタチオのペーストを保存するのに、ジョーの持っている保存容器だけでは足りなかったからだ。
ジョーは一応ミキサーを持っていた。
トレーラーハウスに着くと、それをシンクの上の棚から取り出した。
背が高いので、高い場所に入れておいても問題はないのだ。
中を洗って布巾で拭き、電源を繋ぐ。
そこにピスタチオを入れた。
ピスタチオは優にミキサー2杯分はあった。
「こりゃあ、甚平でもなければ手に負えねぇだろうよ。
 竜はこのまま喰う気かもしれねぇな」
ジョーは笑った。
「俺の故郷じゃ、ピスタチオを使ってパスタを作るのが当たりめぇのように行なわれていたからな」
ジョーは慣れた手つきで、ミキサーを回し始めた。
ピスタチオはどんどんと砕かれて行き、直に油が出て来て自然にペースト状になった。
「ほれ、その容器の蓋を開けろ」
「ああ」
健は言われた通りに容器の蓋を開けて行く。
ジョーはそこに出来上がったペーストを入れて行った。
これを2回繰り返した。
少しミキサーの容器にペーストが残った。
「残ってしまったな…」
「いいんだ。これでパスタを作る。どうせおめぇも食べて行くつもりなんだろ?」
「まあな」
「ピスタチオのペーストは半分持って帰れよ」
「いや、いいよ。俺には使えない」
ジョーはそれを聴いて呆れた。
最初からみんなに全部配るつもりだったのだ。
「まあ、俺にもちょっと多いが…。貰っておこう」
ジョーは容器に蓋をして、冷蔵庫に入れ始めた。
「さて、パスタを茹でるとしよう」
「ジョー、これは?」
少しだけペースト状にせずに残しておいたピスタチオがある。
「ああ、これも砕いて使うんだ」
そう言って、包丁の柄の方でラップに乗せたピスタチオを砕き始めた。
手馴れている。
ジョーは冷蔵庫から玉葱と生ハムを取り出して、スライスした。
生クリームも出した。
フライパンを取り出し、最初に玉葱を、それから生ハムを入れて炒める。
そこに、先程作ったピスタチオのペーストと生クリームを適宜入れて行く。
ソースを作っているのだ。
塩を振って味を付ける。
ジョーは少し味見をして、塩味を足した。
「よし、これでいいだろう」
そう言って茹で上がったパスタとソースを和えた。
皿に盛ると、最後の仕上げに先程砕いたピスタチオをパラパラと乗せた。
「これで完成だ」
フライパンに水を入れておき、ジョーは簡易テーブルに座った。
「狭いが我慢しろよ。1人用なんだ」
「解ってるよ。旨そうだなぁ」
「さあな。男の手料理だし、甚平とは違うぜ」
「甚平は料理の天才だからな」
「まあ、食べてみろよ。不味くても文句は受け付けねぇ」
「はいはい」
健は「戴きます」と言って、器用にパスタをフォークで巻いて、最初の一口を口に入れた。
「旨いじゃないか!」
健は余りの美味しさに夢中で舌鼓を打った。
ジョーも食べてみる。
我ながら上出来だ。
「ピスタチオでパスタを作るなんて久し振りだったが、上手く行ったな」
「お前もやるじゃないか。少なくともジュンよりは料理の腕は上だな」
「当たりめぇだろう。ジュンはレトルト食品しか作れねぇんだぜ!」
ジョーが呆れたように言った。
彼女と比べる事自体が間違っている。
「おめぇ、今からジュンに言って、上手い事料理を覚えさせておくんだな」
「何で?」
健の答えは単純明快だった。
ジョーは頭を抱えた。
「まあいい。今言った事は忘れてくれ」
「ジョー、本当に旨かったよ。ご馳走様」
「ピスタチオを貰った礼だ。久し振りに故郷の味を口にしたぜ」
「それは良かったな。お前の故郷にこれがあったとは知らなかった」
「ピスタチオのペーストが普通に売られているぜ」
「へぇ〜!」
健は知らなかったのか、眼を丸くした。
「そんなに家庭に馴染んでいるんだ」
「ああ」
ジョーも懐かしそうな眼をした。
「これくれぇの料理なら、甚平も考え付くだろうから、明日からはもっと高尚なピスタチオパスタが喰えるかもしれねぇぜ」
「そうだな。このペーストなら飽きないな」
「ジュンの店の新メニューになるだろうぜ」
ジョーは笑った。
恐らくは一番沢山引き取ったのが、彼女の店だろう。
「だが、俺は家でもピスタチオのパスタだからな。
 その内、飽きるかもしれねぇな」
「……まあ、何とか食べてくれ。じゃあな!」
健は気詰まりになったのか、さっさと退散した。
ジョーは食器を片付けながら、瞬間故郷に思いを馳せた。




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