『刑事事件(1)』

国連軍選抜射撃部隊の隊長であるレニック中佐が、サーキットを訪れたのは、そろそろ夕陽が落ちそうな時刻だった。
こんな時間に突然現われる事は今までなかった。
突然来るのはいつもの事だが、普段はもっと早くから来て、ジョーの走りを見ていた。
今日はそんな余裕がないような感じを、ジョーは見て取った。
此処に現われる時はいつもスーツ姿だった。
「どうしました?レニック中佐」
ジョーはどうやら射撃部隊へのスカウトにしつこく現われたのではないと知って、自分から話し掛けた。
「実は先日国連軍を引責辞任したマカランの事なのだが……」
「マカラン元少佐がどうかしましたか?」
マカランは妻子を人質に取られ、ギャラクターに利用された事を理由に引責辞任し、今は科学者として暮らしている筈だった。
射撃の名手でありながら、医療の心得もあり、科学者でもあったその身にギャラクターが付け込んだのだ。
「どうやら刑事事件に巻き込まれているらしいのだ」
「刑事事件って、殺人とか傷害事件とかにですか?」
「その通り……」
「どうして?」
「研究所の職員が頭から硫酸を掛けられる事件が多発している。
 マカランの研究所は彼の休みの日に襲われ、全員がやられた」
「つまり、マカラン元少佐だけは無事だったと」
「そうだ。だから、マカランが疑われた」
「アリバイは?」
「面会に行ったら、マカランは家で家族と一緒にいたと言っている。
 家族の証言ではアリバイにならんのだよ」
「それで?俺の処に来たって事は、俺にどうにかしろ、と言っているのですか?」
「私は立場上動けんのだ」
レニックは苦しそうに言った。
「マカランはもう軍を辞めた人物だからな」
「それはそうでしょうね。でも、事件捜査の専門じゃない俺に、何が出来ると思うんです?」
「科学忍者隊の諸君にこっそり張り込んで貰えないものかとな」
「科学忍者隊は南部博士の命令なしには動けません。
 また事件が起こると思っているのですね。
 マカラン元少佐が拘留されている内に事件が起こったら、自動的に彼は犯人じゃないって事になるんじゃないですか?」
「確かに…、それはそうなんだが…」
「是非とも真犯人を挙げたい、そう言う事ですか」
「そうだ」
「俺1人なら個人的に協力出来ない事はないですよ。
 でも、どうやって次のターゲットを絞るんです?」
「狙われているのは、細菌系の研究所ばかりだ。
 マカランの研究所がその地域では6番目に襲われた。
 残りはもう、1つしかないのだ」
「そこに張り込めばいいんですね」
「南部君に言わなかったのは、察してくれ」
「解りましたよ。立場上、そうするしかなかったって事はね」
ジョーはG−2号機に乗り込んだ。
「そこの地図はありますか?」
「ああ、これだ」
レニックは懐から出した地図を広げた。
「丸で囲ってあるグランフィールド研究所。
 此処が次に狙われるに違いない」
「1つ訊きたいんですが、細菌類は盗まれているのですか?」
「ああ。その通りだ」
「ギャラクターの可能性もあるな…」
ジョーは顎に手を当てて、呟いた。
「この件、正式に南部博士に報告します。いいですね?
 貴方からではなく、俺からの報告と言う事でなら問題ないでしょう」
「そうしてくれるか?」
「それなら科学忍者隊も動ける筈です」
レニックはホッとした風だった。
国連軍の人間が、退任した者の為に動く事は出来ない。
その事はジョーにも良く解った。
細菌類が盗まれているとなれば、それを利用する為に決まっている。
マカランがそんな事をする筈がなかった。
マカランを逮捕したのは、国際警察だそうだ。
そんな事も解らねぇのか、とジョーは憤った。

「ジョー、事情は良く解った。レニック中佐が君を頼るしかなかったのも良く解る。
 レニック中佐が介在した事はなかった事にして、ちょっと事件の事を詳しく調べてみるから待っていてくれたまえ。
 全容がハッキリしたら、諸君を招集しよう」
「解りました」
南部博士の別荘に行き、事態を報告すると、博士はすぐに情報収集に動いてくれた。
博士はギャラクターが絡んでいる可能性があると言って、国際警察に電話をしたらしい。
国際警察は国際科学技術庁の重鎮からの電話に、渋々ながら事件の概要を説明した。
最初の事件が起きたのは、1ヶ月半程前の事だった。
オランジーナ研究所に硫酸を持った男が侵入した。
研究員に次から次へと頭から硫酸を掛けて怪我を負わせ、迷わずに保管庫にある『マグリナ菌』と言う最近発見された細菌を奪って行ったと言う。
残りの5件も手口は同じだ。
いずれも、最新の細菌だけを盗んで行くのだった。
犯人は、サイバーテロを企んでいると考えられた。
それぞれの研究所に、マカランは足を運んだ事があった。
つまり、土地鑑があったのだ。
そして、全ての事件当日偶然にも彼は悉く休みを取っていた。
そんな不運が重なって、マカランは身柄を拘束されたのである。
しかし、自分の研究所まで襲うような愚を彼が犯すだろうか、とジョーは考える。
盗み出したいのなら、機会を狙って仕事中に行なう事も出来る。
大体、マカランがサイバーテロなどを企てる筈もない。
考えられるのは、ギャラクターより他になかった。
「とにかく残ったグランフィールド研究所を科学忍者隊の諸君に張り込んで貰う事にした。
 今、全員を呼び出した処だ」
博士が司令室に戻って来て、ジョーにそう告げた。
「有難うございます」
「君が礼を言う事じゃない。この事件を知る事が出来て、助かった。
 こんな事が発覚しないで、密かに行なわれている筈だ。
 発覚しただけでも、こちらとしては有難いのだ」
「ギャラクターは知らぬ間に暗躍していると言う事ですね」
「その通りだ。諸君が集まったら、すぐにグランフィールド研究所に向かって貰う事とする」
「解りました」

そんな経緯があって、科学忍者隊はグランフィールド研究所に出動した。
グランフィールド研究所はアメリス国の郊外にある。
ゴッドフェニックスで近くの山脈まで出向き、後は徒歩で駆け付ける事になった。
アメリス国はユートランドと同じで時差がなかった。
今は夜半過ぎである。
考えてみれば、何故この時間に襲わないのか?
ジョーはそれを考えた。
「夜中は自動警備システムがしっかり働いているんだな。
 だから、それが解除されている日中に襲うのか……」
彼がそう呟くと、健も頷いた。
「ギャラクターらしいな。それも1人で襲うそうだぞ」
「ああ……。いきなり硫酸を掛けられちゃあ、研究員達は恐れるだけだ。
 1人で充分なんだろうぜ」
「国際警察もいくらアリバイがないからと言ってマカランさんを拘束するとはな」
健が言った。
「ああ、よりによってあの人がサイバーテロなんて考える筈もねぇ」
この件がレニック中佐からのジョーへの依頼で始まった事は仲間達に伏せてある。
南部博士がそう判断したのだ。
「横暴よ。アリバイがないって言うだけじゃない」
ジュンも言った。
「とにかく、新しい事件が起これば、マカラン元少佐は無罪放免だろうぜ。
 ギャラクターの陰謀も防げる。一石二鳥だ」
ジョーは眼をギラギラと輝かせた。
「しかし、まだテロリストの犯行である可能性も一応は考えないと行けない、と南部博士は言っていたぞ」
「こんな事をする奴はギャラクターに決まっているぜ」
ジョーはそう言い切った。
彼の勘は、100%ギャラクターの犯行だと言う線を告げていた。




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