『恋愛話』

「今、何て言ったの?ジョー」
ジュンがカウンター内から振り向いた。
甚平は仕入れに出掛けている。
客はジョーだけだった。
エスプレッソの香りが満ちている。
「ギャラクターとの闘いが終わったら、健と一緒になっちまえ、って言ったのさ」
「そんなぁ。無理に決まってるじゃない。健の気持ちは私には向いてないわ」
「ギャラクターとの闘いが終われば、ジュンに振り向く余裕も出来るんじゃねぇか?
 あいつには今、恋愛沙汰にかまけている余裕がねぇのさ」
「そうかしら?」
「勿論、鈍感な部分もある。恋愛沙汰には疎いようだからな」
「ジョーったら、もうその話はいいわよ」
ジュンは半ば諦めている。
ジョーはそう思った。
「少なくとも俺と甚平と竜は、ジュンの味方だ。
 それだけは覚えておけよ。
 出来る事があるのなら、何でもしてやるつもりだ」
「有難う。ジョー」
「俺達が外部の人間と恋愛するのは御法度だが、ジュンの場合は内部での恋だ。
 何の弊害もない筈だぜ。
 健は頭が固いから、そう言った事を嫌っているんだろうぜ」
「いいえ。私を女性として見ていないのよ」
「今はな……」
ジョーは言葉を区切って、エスプレッソの味を楽しんだ。
「ギャラクターとの闘いが終われば話は別だ。
 最大の関心事がなくなり、健もテストパイロットとしての仕事が順調に入るようになるだろう。
 稼ぎもしっかりして来れば、考えるさ」
「そう言うものかしら?健にとってはただの仲間の1人なんじゃないかしら?」
「俺は憎からず思っていると思うぜ」
「まあ!」
ジュンが真っ赤になった。
「恋する乙女だな…」
ジョーは笑った。
「そう言うジョーはどうなのよ?貴方、サーキットでモテモテじゃない」
「俺の取り巻きの事を言っているのなら、全く相手にしていねぇ」
「サーキットにはいい人はいないの?」
「1人いたが、事故で死んださ」
ジュンはしまった、と思った。
マリーンと言う存在を忘れていた。
「大体女性レーサーなんて珍しいからな。
 彼女以降は誰も出て来ねぇ」
「そ…そうなの……」
「遠慮する事ぁねぇぜ。マリーンの事はもう吹っ切れている」
それは嘘だった。
ジョーはマリーンが事故死してから、愛している事に気づいたのだ。
今も吹っ切れてはいない。
話を変えた。
「健の事は、ギャラクターを斃したら、おめぇに眼が行くように俺達が計らってやる。
 だからよ……」
「だから、何?」
「甚平に習って、今の内に料理を覚えとけ。
 結婚したら、毎日料理を振舞わなければならねぇんだぞ。
 インスタントと言う訳には行かねぇ。
 おめぇは器量はいいんだから、後は家事が出来るようにする事だ。
 男はな。胃袋を掴めと良く言うだろう?」
「聴いた事があるわ」
「健は料理が全く出来ねぇ。おめぇには甚平と言ういい先生がいる。
 今の内に教わっておけば、結婚適齢期になる頃には上達しているだろうぜ」
「甚平がおかしく思わないかしら?」
「甚平は解っている」
「え?」
「おめぇの恋心なんて、とっくに知っているさ。健よりも敏感にな」
「あらやだ」
「あらやだ、じゃねぇっ!本当の事だ。竜だって解っているぞ」
「解らないのは健ばかりね」
「あいつ、解っているのに解らねぇ振りをしているのかと勘ぐった事もあるんだが、どうやら天然だな」
「天然?」
「天然のトンチキだ!」
「なる程……」
ジュンは溜息を吐いた。
「あいつにジュンの恋心を解れなんて言うのは、百年早いな」
「そんな……」
「ギャラクターを斃したら、俺達が直球で話してやるさ」
「何だか、それって恥ずかしいわ」
「じゃあ、ジュンは健に面と向かって好きだって言えるのか?
 言えるのならもう言っているだろう」
「態度で示した事はいくらでもあったわ。でも駄目だった…」
「あのトンチキにはそのぐれぇじゃ駄目だ。ハッキリ言ってやらねぇとな」
「言葉で言ったからと言って、解ってくれるかどうか……」
ジュンは涙を浮かべた。
「心配するな。俺が何とかしてやる」

ジョーはこの時に約束した事を忘れなかった。
今際の際にジュンに言った言葉は、そのまま健に向けたものだった。
その事に気づいたのは、当のジュンだけでなく、健も同様だった。
(ジョー。俺にジュンを幸せにしろ、と言っているのか……?)
健はその時、初めてジョーのそんな気持ちを知ったのである。
そして、ジュンの行動にそれらしき行動があった事も思い出したのだ。
ジョーはギャラクターとの闘いが終わってからと思ったが、それまでには自分の生命が持たない。
だから、最終決戦に入る前にそれを言ったのだ。
ジュンは約束を覚えていて実行してくれたジョーに、感謝した。
この状況で健がどれだけその言葉の重みを知ってくれたかは解らなかったが、ジョーの最期の言葉だ。
背中を向けてはいたが、聴いていた筈だ。
ジョーと恋愛話をして3ヶ月が過ぎていた。
ジュンは溢れる涙をそっと拭いた。
ジョーはこんな状態なのに、私達の心配をしてくれる。
本当に仲間思いだった……。
ジュンは最期までジョーの温かさに触れた。
(ジョー、有難う。闘いが終わったら、私は自分で何とかするわ。
 もう心配しないで……)
涙が滂沱と溢れた。
死なないで欲しい。
でも、それが無理なのは、ジョーを最初に発見した時から既に知っていた。
健はジョーを置いて行く決断をしたけれど、ジョーはもう動けなかったし、その決断を恨んだりしていない事も、ジュンには解っている。
竜がゴッドフェニックスでジョーを連れ帰ると言ったが、戦力が1人でも減る事は、科学忍者隊のリーダーとして許せない事でもあっただろう。
それにジョーは、「さあ行け」と皆の背中を押した。
健の決断が正しい事を、ジョー自身が裏付けたのだ。
最期の瞬間まで、ジュンの幸せを願ってくれたジョー。
これからの闘いでどうなるか解らないが、生きて帰って来る事が出来たのなら、きっと健と幸せになるわ。
ジュンは仰臥して健のブーメランを手に苦しそうに眼を閉じているジョーに誓った。
そして、健の指示に従って、敵の本部へと突入した。




inserted by FC2 system