『四十九日に舞った風』

「ジョーの身体はそんなに悪いんですか?」
ゴッドフェニックスの中でジュンがスクリーンの中の南部博士に訊ねた時、博士は瞳を閉じ、俯いただけだった。
言葉は無くても、その様子でジョーの容態が良くない事が解った。
しかし、生きて戻れる希望はまだ捨てていなかった。
敵の本部の入口を伝える為に這い上がって来たあの痛々しいジョーの姿を見るまでは……。
「ジョーは自分の余命を知って、居ても立ってもいられなかったのね」
ジュンは南部博士の別荘の一角に作られた真新しいジョーの墓に立ち寄っていた。
今日はジョーの四十九日に当たる日だった。
「何だかまだ信じられないわ。貴方がひょっこり店に現われるような気がして……」
彼女の頬を涙が伝った。
「還って来て欲しい…。今でもずっとそう思っているわ」
ジョーの墓の前に座り込んだまま、ジュンは1人呟いていた。
「みんなも後から来る筈よ……。
 私はいつまでも泣いてばかりいる処を見られたくないから、思いっ切り泣く為に先に来たの。
 ジョー、貴方はこんなにもみんなから愛されていたって、知ってた?」
ジュンが花が欠かされた事のない、ジョーの小さな墓を見回して言った。
「貴方は皮肉屋で、せっかちで、ギャラクターを憎む余りに暴走してしまう処があったけれど、本当は優しい人だったのよね……」
冷たい墓石にそっと触れてみた。
「私達、もっと普通の若者として、一緒に遊びに行ったりしたかったわ。
 ジョーだって、普通に恋愛して、18歳なりの青春を送っていたでしょうね……」
涙がまた溢れ出した。
「病気だったとは言え、早過ぎるわよ、ジョー。
 そしてあの別れは私達にとってどれだけ残酷な物だった事か……。
 貴方は私達の大切な人だったのよ。誰1人として、苦しまなかった人は居ない。
 ジョーを失った事で、みんなとてつもない喪失感で一杯なの」
墓石の彼の名前を指でなぞってみる。
「今、ジョーがいてくれたら…。私達これから一緒に青春を過ごす事が出来たのに……。
 ジョー!あんまりよ!私達を置いて逝ってしまうなんて!」
感情が迸り出た。
ジュンは両手で顔を覆い、ついに声を上げて泣き始めた。
『馬鹿だな、ジュン。俺はいつもみんなと一緒さ…』
ジョーの声が優しく彼女の耳を擽(くすぐ)った。
『いつまでも泣いていられちゃ、あの世とやらへ行けねぇじゃねぇか?今日は俺の四十九日だぜ』
ジュンは気が付くと、彼の墓石の上に突っ伏して泣き崩れていた。
墓石の上に涙が染みとなって広がっている。
『墓なんてのは、ただの形さ。俺の魂はいつだっておめぇ達の傍にいる。
 だから、もう泣くな…。例えあの世に旅立とうとも、俺はみんなと共に在る……。
 その事を忘れるな。俺は辛くなんかねぇぜ。辛いとすれば、おめぇ達の涙を見る事だ…』
「ジョー!」
ジュンは漸く顔を上げた。
『俺は、おめぇ達を苦しめてしまった。心残りがあるとすれば、ただそれだけだ』
爽やかな風がジュンの頬を掠めて、彼女の涙を洗い流した。
『ジュン、おめぇはいつでも笑顔でいろ。今から健と普通に恋愛をして、きっと幸せになれよ』
それを最後にジョーの声は聞こえなくなった。
ジュンはまだ赤い顔をしていたが、その眼にはもう涙は浮かんでいなかった。
「ジョー、貴方って人は……」
ジュンは空を振り仰いだ。
「今、貴方はこの世から旅立ったのね……」
きっとジョーは仲間達1人1人にもメッセージを送って旅立って行った事だろう。
ジュンはそう確信していた。
「そうね、ジョー。どこに居ても関係なく、貴方は私達と共に在るのね。
 お墓に来なくても逢いたい時に念じればきっと逢えるのね……。
 私達が貴方を忘れないでいれば、それが可能なのだわ」
ジュンはジョーの墓の前から立ち上がった。
「でも、貴方に内緒話がしたくなった時には、此処に来させてね……」
最後にそう話し掛けると、ジュンは背中を向けて、前へと歩き始めた。




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