『みるくの冒険』

それは雨が続いて久し振りに晴れた日の事。
ジョーはコインランドリーから帰って来て、彼が設置したハンモックが乾いている事を確認した。
ふと見ると、ハンモックには珍客がいた。
「仔猫じゃねぇか…」
白と茶と黒のブチになっている子猫がちょこんと乗っていた。
「おい、どうした?親猫は?」
ジョーは仔猫の喉を人差し指で撫でた。
ゴロゴロと喉を鳴らし、子猫はジョーに懐いた。
良く見ると、手足がハンモックに絡んで降りられなくなっていたのだ。
ジョーは慎重に絡みを外してやり、自分の胸元に抱き寄せた。
仔猫が「ミャー」と鳴いた。
「冒険したんだな」
ふっと笑い、子猫をトレーラーハウスに連れて入った。
親猫が探しに来ると行けないので、ドアは開けたままにした。
小鉢にミルクを入れてやって、仔猫に与えた。
空腹だったのか、子猫は良くミルクを飲んだ。
「おめぇ、女の子だな?」
ジョーはこの仔猫を暫く預かる事にした。
親猫が現われないようなら、サーキットに連れて行き、里親を募ろうと思った。
自分は任務があるので、ペットは飼えない。
このまま野良猫にさせるのも可哀想だ。
もう情が移ってしまった。
仔猫はミルクを飲み終わり、小首を傾げるようにして、背の高いジョーを見上げていた。
その仕草が堪らなく可愛かった。
ジョーはジーンズの裾を捲り、仔猫をシャワールームに連れて行った。
綺麗にして上げようと言うのだ。
仔猫は水を怖がったが、水勢を弱く調整し、直接掛けるのではなく、ジョーが手で湯を掛けてやりながら、丁寧に身体を洗った。
そして、タオルで拭いてやると、ふわふわとした毛並みの良い艶のある毛が現われた。
「おめぇ、将来美人さんになるぜ」
それからジョーと仔猫の共同生活が始まった。
餌はミルクだけで良いのが手が掛からなくて助かった。
ジョーは赤い首輪を買い与え、名前を『みるく』と名付けた。
仮の名前だ。
里親に渡したら、好きな名前を付けてやって貰って構わない。
そうして数日が過ぎた時、みるくはまたあのハンモックに乗って、同じ状態になっていた。
「また冒険しやがって。このハンモックに何か意味があるのか?」
あれから親猫は現われない。
猫は死ぬ時に身を隠すと言うが、もしかしたらこの辺で親猫と別れたのかもしれねぇな、とジョーは思った。
みるくをハンモックから救い出して抱き寄せ、ジョーは「よしよし」と言った。
「おめぇ、ママとはぐれたんだな?」
可哀想に…、と思った。
自分の身に重ね合わせてみた。
恐らくはあの時の自分よりもずっとずっと幼い筈だ。
ジョーはサーキットのオーナーに断りを入れて、受付に張り紙をさせて貰った。
仔猫の里親を探す為に、である。
勿論、ジョーの眼に適った相手にでないと、みるくを譲る気はなかった。
翌日、サーキットに行ってみると、早速仔猫に逢いたがっている人物があると聴いた。
ジョーはその人物が次に来るのはいつかと訊ね、その日にみるくを連れて来ると伝言した。

それからもみるくは何度となく、ハンモックへの冒険をした。
ジョーは可哀想になった。
でも、もう親猫は現われないに違いない。
それなら新しい飼い主に可愛がって貰う方がずっと幸せな筈だ。
いつかは哀しみを忘れる事だろう。
その日、ジョーは丁寧にみるくの身体を洗った。
もうシャワーで身体を洗われる事に抵抗はしなくなっていた。
ジョーが優しく洗ってやるからだと思われる。
最初の時よりも大人しくしていた。
「よしよし、綺麗になったぜ」
もう1週間以上、同居生活を続けていた。
「おめぇは器量良しだな」
ジョーは身体を拭いてやりながら、そう呟いた。
「きっと気に入って貰えるぜ」
みるくをG−2号機のナビゲートシートに乗せ、可哀想だが、首輪に紐を繋いだ。
落ちたら危ないからだ。
それをナビゲートシートの右上の取っ手に繋ぎ、車をスタートさせた。
「今日は新しい飼い主さんとのご対面だぞ。お行儀良くしていろよ」
新しい飼い主に名乗り出たのは、フリップマンと言う男だった。
5歳ぐらいの女の子を連れて来ていた。
「この子が仔猫を欲しがってね」
相好を崩して笑う風は、決して裏表のない好人物のように思われた。
「仮に『みるく』と名づけていますが、名前は好きに付けてやって下さい。
 それから、まだトイレの躾は出来ていませんので。
 不妊手術もしていません」
ジョーが丁重に言うと、フリップマンは「解りました」と答えた。
「随分君に懐いているようだが…」
「でも、事情があって飼えないんです。預かっているのが精一杯で……。
 この子は俺の住処の近くで親猫とはぐれたようで、その場所をなかなか離れようとはしなかったので」
「親猫は現われませんでしたか?」
「ええ。眼に付くように外で遊ばせていましたが、現われませんでした」
「では、死んでしまったのでしょうな」
「多分そうだと思います」
ジョーは沈んだ声で答えた。
みるくは自分と同じ境遇なのだ。
自分が南部博士に助けられ引き取られたように、この子もこれからフリップマン一家に可愛がられる事だろう。
ジョーはみるくを紐から解放し、5歳の女の子に抱かせた。
みるくは渡される時に「みゃあ!」と鳴いたが、女の子に手出しをする事はなく、大人しくしていた。
「わあ!可愛い!」
女の子は歓声を上げた。
これならみるくも可愛がって貰えそうだ。
「みるくちゃん」
女の子はそうみるくを呼んだ。
「名前は君の好きに付けて貰って構わないんだよ」
ジョーは彼女に合わせて屈み込み、そう言った。
「いいの。みるくちゃんが戸惑うから。それに可愛い名前だと思うし。
 お兄ちゃん、有難う。私、みるくちゃんを大事にするから」
5歳児にしてはしっかりとした口調で、女の子が言った。
ジョーは立ち上がり、彼女の頭を撫でた。
「宜しく頼むぜ」
それからフリップマンに頭を下げた。
「この子を立派に育ててやって下さい」
「お約束します」
それからフリップマンと女の子はみるくを連れて帰って行った。
ジョーは心にぽっかりと穴が空いたような気がした。
短い期間だったが、みるくとの交情は楽しかったし、心に安らぎを齎していた事に改めて気づく。
「みるく、幸せにな」
ジョーはそう呟き、G−2号機に乗り込んだ。
みるくはもう冒険をする事もないだろう。
新しい家族に迎えられて、幸せに暮らしてくれるに違いない。
それがせめてもの慰めだ、そう思った。
みるくの首輪と繋いでいた紐を解いた。
それを握り締めて、みるくの愛らしさを思い出した。
彼は億尾にも出さなかったが、本当は辛い別れだった。
でも、自分には任務がある。
そう言い聞かせて、女の子にみるくを手渡したのだ。
きっと幸せに暮らしてくれる筈だ。
ジョーはそう信じて、サーキットのコースの中に入った。
走っている時、一筋の涙が風に攫われて行った事に、ジョーは驚きを隠せなかった。
それ程までにみるくとの生活が癒しになっていたのだろう。
しかし、これ以上の結末はない事も解っている。
これで良かったのだ。
ジョーは表情を引き締めて、アクセルを踏んだ。




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