『花水木』

ある日の日中、任務を終えて森に戻ったジョーは、途中でG−2号機を停めた。
花水木の白やピンクの花が咲いているのを見掛けたからだ。
「今年も咲いたか……」
ジョーの心を楽しませてくれる花だった。
楕円形の葉が自由に伸びやかに育っている。
そんな中で気を引くのが、花弁がハート型のように見える花水木の花である。
色は木によって個体差があり、真っ白な物から薄いピンク、濃いピンクの物もあった。
この一角に花水木が群生していた。
ジョーはトレーラーハウスを此処まで引っ張って来る事にして、一旦その場を離れた。
トレーラーハウス暮らしはこう言った自由が効くのが利点だ。
此処にはハンモックはぶら下げていないのだが、トレーラーハウスの扉を開けておけば、ベッドに横たわってでも、観賞する事が出来る。
丁度良い位置関係の場所に、トレーラーハウスを設置した。
ジョーには案外風流な処があるのだ。
健達は驚くに違いない。
今夜の宿を此処へ決めて、ジョーは暫く花水木を観賞する事にした。
1つの花でも、色がグラデーションになっていて、その様が美しい。
ジョーは南部博士の別荘にいる頃、花を育てるのが好きでもあったから、花壇を作ったりしていた。
今はテレサ婆さんが面倒を看てくれているようだが、彼には元々そう言った花を愛でる心が備わっていたのだ。
一頻り近くで観てから、ベッドに横たわった。
木によって花の色が違うので、楽しむ事が出来た。
そのまま気持ち良くふと眠ってしまった。
任務の疲れが溜まっていたのだ。
花水木の香りが届いている気がした。
気がついたら、夕焼け空になっていた。
「しまった。眠ってしまったか……」
ジョーは呟き、跳ね起きた。
花水木にオレンジ色の夕陽のベールが重なっている。
それは見事な自然の織り成す美しさだった。
この時間帯が好きだった。
夕陽の色に全ての物が染まる時。
森は別の生き物のように輝いて見える。
それは言葉では言い尽くせない。
ジョーはその輝く時間が好きだった。
此処にはハンモックがないので、トレーラーハウスの外に出て、叢の上に座り込んだ。
両手を背中の後ろに着き、上を見上げるようにして、花水木の色合いの変化や、夕陽のパノラマを楽しんだ。
飽かずにそうしていると、段々と空がコバルトブルーに支配され、花水木も目立たない存在となって来る。
ジョーはそうなってから、初めて空腹に気づいた。
尻に着いた草を払って、トレーラーハウスの牽引部分を取り外してから、G−2号機に乗り込んだ。
今夜は『スナック・ジュン』で食事を済ませよう。
そう思ったのだ。
しかし、花水木の香りが捨て難かった。
「やめだやめだ!」
ジョーはそう独り言を言って、G−2号機を降りた。
自分でパスタを茹でる事に決めた。
トレーラーハウスを開け払い、パスタを茹で始めた。
手が掛かるからと買い込んであるソースを使って、簡単にスパゲッティーを作り終えたジョーは、折り畳み式になっている簡易テーブルを持ち出した。
それに蝋燭を置き、火を灯した。
そして、同じく折り畳み式の椅子を持って来た。 花水木の木々の真下である。
甚平にバーベキューをご馳走する時などに使っているテーブルセットだ。
そこで贅沢なディナーをしようと言うのである。
蝋燭の火は強い光を放つ事はなかったが、花水木の花をチラチラと揺れながら照らした。
ジョーはそれを楽しみながらゆったりと時間を掛けて食事を摂った。
蝋燭の光が揺れる度に違った表情を見せてくれる花水木に、ジョーは心で快哉を叫んだ。
今日の寝床を此処にしたのは、正解だった。
こんな贅沢な夕食は科学忍者隊の仲間の誰も体験していない筈だ。
トレーラーハウス住まいのジョーだけの特権に違いない。







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