『トマトのカッペリーニ』

ユートランドの街はその日、少し暑かった。
ユートランドに四季はない。
1年中半袖でいられる良い気候だった。
「おい、今日は何だか暑いじゃねぇか……」
『スナック・ジュン』に入ったジョーは開口一番そう言った。
「そうね。最高気温が30度を超えるらしいわ」
カウンターの中からジュンが答えた。
「あら、ジョー。サーキットの帰り?顔にオイルが着いているわ」
ジュンがおしぼりを寄越した。
「ああ、悪いな……」
サーキットでG−2号機を整備した時に着いたのだろう。
「健も竜も今日はまだ来ていねぇのか?」
「そうね。任務がないから朝寝坊でもしているんじゃないのかしら?」
「そろそろ昼時だって言うのにな」
「ジョーは宵っ張りの癖に朝は早いのね」
「時間を無駄にはしたくねぇだけさ」
「サーキットで走る時間を少しでも取りたいって事ね」
「そうさ。いつまでもグタグタとストックカーレースをしているつもりはねぇんだ」
「ジョーの兄貴はいつでも上を目指しているからね。ご注文は?」
甚平がお冷を出しながら訊いた。
「今日のお勧めのパスタは?」
「トマトのカッペリーニさ」
「じゃあ、それを頼む」
トマトのカッペリーニの作り方は、茹でたパスタを冷水に晒して、その後水を切り、オリーブオイルをまぶして冷蔵庫で冷やしておく。
そこまでの作業は既に行なわれていた。
ぶつ切りにしたトマトと、千切りしたきゅうりを用意し、ツナとケイパー、塩、ブラック、オリーブオイル、ワインビネガー、柚子ポンを加え、それを良く混ぜて行く。
これを冷蔵庫から取り出したパスタと良く和えて、最後にかいわれを乗せて出来上がりだ。
「甚平。こんなレパートリーをどこで見つけて来る?」
ジョーは驚きを隠さなかった。
「へへへ。おいらだって商売だもの。料理本をお姉ちゃんに買って来て貰うのさ」
「ほう〜。ちゃんと研究しているんだな」
ジョーは感心した。
「じゃないとお客さんがゴーゴー喫茶だけじゃ飽きてしまうだろ?」
「確かにそうだな」
「軽食を出すにしても、レパートリーは多い方がいいからね」
「ジュン、おめぇも少しは甚平を見習えよ」
ジョーはからかうようにジュンを見た。
「男の胃袋を掴めと言うじゃねぇか。料理の腕を磨いて、健の胃袋を掴んぢまえ」
「お姉ちゃんには無理だよ〜。センスの欠片もないんだから」
「まあ、甚平!」
いつもの軽い姉弟喧嘩が始まった。
ジョーは放っておき、「戴くぜ」とカッペリーニを食し始めた。
トマトが効いている。
きゅうりのさっぱり感もいい。
その中で主張しないツナが良い味を出している。
オリーブオイルも決してしつこくはない。
そして、何よりも暑い日に冷製パスタを出すと言う心遣いが良いと思った。
「甚平。旨いぜ。おめぇは料理の天才だな。
 これからも店を続けるのなら、調理師の資格を取って置いた方がいいぜ」
「そうだよね。でも、おいらはまだやりたい事が見つかっていないんだ……」
「そうか。まあ、焦る事はねぇ。おめぇにはまだ時間がたっぷりあるからな」
「そうかなあ。ジョーなんか後2年もすれば二十歳じゃんか?
 おいらもすぐにその歳になるんじゃないのかなぁ?
 だってジョーはおいらの歳の時にはもうカートに乗っていたでしょ?」
「ああ、まあな」
「その時にはもう目標が出来ていた訳じゃん。
 そう思うと、おいらも早く将来の事を決めないと行けないと思うんだけど、店の事や任務に追われてそれ処じゃないのさ」
「だが、焦って決める事ぁねぇさ。大切な事だ。ゆっくり決めろ」
ジョーはカッペリーニを味わい乍ら、ゆっくりと食べた。
食後のコーヒーを飲み始めてからも、将来の夢に関する話は続いていた。
「ジョーは将来的にはF1まで上り詰めたいと思ってるんだろ?」
甚平が訊いた。
「まあ、それはそうだが、ギャラクターの闘いが長引けば、年齢的に厳しくなるかもしれねぇな……」
「そうね。せめて二十歳までに片付くといいわね」
ジュンが皿を洗いながら言った。
「そうだな。まだF3など上はいくらでもあるしな」
「でも、ジョーならすぐにやって行けるわよ。誘いもあったんでしょう?」
「確かにあったが……。即答は出来ねぇ状態だからな」
「その為にも早くギャラクターを斃さなければならないわね」
「おいら達もそうしたいよ。だって、おいら普通の子供として暮らしたいもんね」
「そうね……」
ジュンが甚平の肩に優しく手を置いた。
「ジュンの恋も闘いが終われば、少し進歩するかもしれねぇしな」
「そうかしら?」
「あのトンチキだって、ギャラクターと言う関心事が無くなれば、少しはジュンに眼を向ける時間も出来るだろうぜ」
「そうだといいんだけど……」
「俺達が後押しをしてやるさ。科学忍者隊はみんなおめぇの味方だから心配するな」
「ジョーがそう言ってくれると心強いわ」
「そうだよ。兄貴はどうかしてると思うけど、科学忍者隊の任務を解かれたら、ちゃんと考えると思うよ」
「ギャラクターを倒したら、それぞれにやりてぇ事があって、それに邁進してもいいんだからな。
 科学忍者隊が任を解かれるかどうかは別にしてよ」
「多分任は解かれないと思うわ。パトロールなどやる事は沢山あるんですもの」
「ギャラクター以外にも悪い奴らはいるしな」
「いろいろと事件・事故も起こるだろうしね」
甚平も言った。
「甚平。旨かったぜ。このメニューは定番にするといいさ。
 冷蔵庫が一杯になって大変かもしれねぇがな」
「お勧めのパスタって事で、日替わりで出すつもりだよ」
「ああ、それがいいさ」
ジョーはポケットから財布を抜き出し、代金を支払った。
「有難う、ジョー」
「こっちこそ礼を言いたい気分さ。パスタはどうも故郷を思わせる」
「ジョーの兄貴の故郷はパスタの国だもんな」
「また来るぜ」
「うん、待ってるよ」
「ジョー、もう帰っちゃうの?これから健達が来るかもしれないのに」
「来るかもしれねぇだけの奴らは待てねぇさ。他にもやりてぇ事があるしな。じゃあな」
ジョーはそう言って店を出て、隣のガレージに入った。
G−2号機は良い感じにチューンナップされている。
これからトレーラーハウスに戻って、羽根手裏剣の訓練をしようと思っていた。
森の木々には、手製の的がぶら下げられている。
ギャラクターを1日でも早く斃す為には、少しでも自分の技を磨かなければならないのだ。
ジョーはそれを強く実感していた。
軽快にG−2号機に乗り込んで、彼は出発した。




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