『未来の思い出』

ベルク・カッツェが逃げ出す時に激しい爆風が起き、ジョーはそれにもろに巻き込まれてしまった。
もう少しで捕まえられる処だったのだ。
爆風はジョーの身体を激しく吹き飛ばした。
彼は壁に頭を打ち付け、気を失った。

「水素自動車?低公害だって?」
ジョーはサーキットでフランツと話していた。
「そんな物がレースで使えるって言うのか?」
「何を言ってるんだ、ジョー。もう既に実用化されて、スピードも出るようになっているんだぞ。
 お前が買った新しいレーシングカーだって水素自動車じゃないか」
「えっ?」
ジョーは固まった。
これは近未来なのか?
確か任務中だった筈だ。
バードスタイルではない自分が、サーキットにいる。
途中までの記憶が抜けているのか?
いや、そんな筈はない。
自分は水素自動車など購入した覚えはなかった。
だとしたら、タイムスリップして来たのだろうか?
「ジョー、どうかしてるぜ。疲れてるんじゃないのか?」
良く見ると、フランツも5年ぐらい老けているような気がする。
此処は今から数年先のサーキットなのだ。
フランツに示された自分の水素自動車を見る。
蒼いレーシングカーだ。
やはり覚えはない。
だが、自分の車だと言われれば、乗ってみたくはなる。
何故かポケットにはキーが入っていた。
「よし、走ってみるか」
「それがいい。疲れを吹き飛ばしてくれるぞ」
ジョーは親指を立ててフランツに答え、水素自動車に乗り込んだ。
水素自動車は、低公害で走ると言う事で盛んに開発が行なわれた。
最初の内はガソリン車の半分のスピードしか出ないと言われていたのだが、その後開発が進んで、この時代ではレーシングカーに使える程にまでなったらしい。
ジョーはその開発がされている事は知っていたが、実用化された事は知らなかったのである。
恐らくはあれから4〜5年は経っている。
ギャラクターはどうしたのか?
科学忍者隊はどうなったのか?
それよりも過去に戻る事は出来るのか?
ジョーは一瞬その事を考えたが、水素自動車に乗ってみたら、そんな考えは消えてしまった。
レーシングカーとしては、絶妙な造りになっている。
これは多分走り易いだろう。
コースに出てみる気になった。
外の溜まりから中に入って行くまでの走りもスーっと気持ち良く滑るように走った。
「これじゃあ、今までのレーシングカーと一緒には走れねぇな。
 水素自動車専用のレースにしねぇと……」
ジョーはギアを確かめ、コースに乗ると走り始めた。
やはり走り易い。
コーナーでスピードを落とさずに方向転換をする事が出来る。
勿論乗る人間の腕が精密でなければ、それは無理な話だが……。
「低公害車か……。良い物が開発されたな。南部博士辺りが考えたのかな?」
ジョーはステアリングを切りながら、スムーズな動きに感動していた。
「こりゃあ、いいぜ!」
調子がいい。
何周しても、エネルギーが減って行かない。
かなり長時間持つようだ。
未来の夢の乗り物か。
ジョーはすっかり水素自動車に魅了された。
しかし、また任務が気になって来た。
俺はカッツェを追い詰めた筈だ。
それがどうしてこんな場所に飛ばされたのだ?
激しい爆発だけは記憶に残っている。
あれのせいで、タイムスリップしたと言うのか?
いや、それともこれはタイムスリップではなく、現実なのか?
だとすれば、これまでの記憶はどこへ消えた?
カッツェを追い詰めた記憶がこれだけ鮮明である以上、やはりタイムスリップをしたと考える方が現実的だった。
しかし、この水素自動車はいい。
近い将来現実になるのなら、是非また乗ってみたいものだ。
その時、ジョーの前を走っていた車がスピンして、爆発・炎上した。

「ジョー!ジョー!しっかりしろ!」
ゴッドフェニックスの中で、健が叫んでいた。
「むっ?」
ジョーは意識を取り戻した。
現実に戻ったのか?
今の体験はタイムスリップによるものだったのか、それとも夢だったのか?
ジョーにはそれすら解らなかった。
しかし、どうやら意識を失って仲間達に助け出されたらしい。
「良かった…。異常はないようだな」
「すまねぇな。俺は未来にタイムスリップしていたようだ」
「タイムスリップ?」
甚平が訊いた。
「ああ。記憶が鮮明だ。夢にしてはおかしいぜ。それよりカッツェはどうした?」
「逃げたさ……」
健が悔しそうに唇を噛んだ。
「そうか…。俺がもう少ししっかり捕まえていればな……」
「ジョー。お前のせいじゃない。カッツェが小狡いだけだ」
健が慰めるように言った。
「それで、お前が見た未来って言うのはどんな感じだった?平和だったのか?」
「サーキットにいただけだから、それは解らねぇ。
 ギャラクターがどうなったとか、そう言った事は一切解らなかったんだ。
 ただ、低公害の水素自動車が開発されて、それがレーシングカーにも応用されていた」
「南部博士がやったんだな」
「多分な」
「博士がそんな事に力を注げる時代なら、きっと平和になっていたに違いないさ」
健が言った。
「そうだといいがなぁ」
ジョーは本心からそう言った。
水素自動車に乗った感覚は、身体で覚えている。
レーシングカーに応用されるまでにはまだまだ時間が掛かる事だろう。
スピードを出せるように研究しなければならないからだ。
でも、未来の技術ではそれが出来ていた。
ジョーは未来の思い出に思いを馳せた。
「良い時代になっていたと信じてぇな。
 俺達がギャラクターを斃して、平和を勝ち取った時代だったと……」
「何年後の話だい?ジョーの兄貴」
「恐らくは4〜5年先の話さ」
「その頃には平和が来ているのね〜」
ジュンが感慨深げに言った。
「やってやろうじゃねぇか。俺達の手で」
ジョーは力を込めてそう言った。
「そうとも。俺達はやるぞ。ギャラクターを殲滅させる為には、この生命を賭ける覚悟などとうに出来ている」
健も言った。
「勿論俺もそうさ」
「私もよ」
「おいらも」
「おらもじゃ」
全員の気持ちが1つになった。
ジョーがほんの僅かに覗いて来た未来が、彼らに希望を与えたのである。
任務はまだまだ続くだろう。
だが、いつか、ギャラクターを斃す日は確実にやって来る。
科学忍者隊はその日が来るまで闘い抜くのだ。
その決意を新たにして、基地へと帰還する5人であった。




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