『贅沢な休日』

「諸君に休暇を与えよう。最近、ギャラクターも大人しい事だし、2泊3日でホテルを取ってあるので、ゆっくり遊んで来るがいい」
南部博士が科学忍者隊を呼び出してそう言ったのは、ある晴れた日の事である。
珍しい事もあるものだ。
「但し、もし休暇中に事件が発生したら、休暇はすぐさま取り消しだ。
 それは解っていて貰わなければならない」
「それは勿論ですが、何故急に?」
気になった健が訊いた。
「ある筋から招待状を貰ったのだ。それは信用出来る筋だ」
「またアンダーソン長官ですね?だとすると、ドレスコードが必要な高級ホテルですか?」
ジョーが訊いた。
「高級ホテルには違いないが、ドレスコードは必要ない。寛げるリゾートホテルだ。
 今回は1人に1つずつ部屋が振り分けられている。
 部屋には露天風呂が付いているそうだ」
「なる程、私がいるから長官はそれで配慮されたんですね?」
ジュンが両手を合わせるようにして言った。
彼女としては有難い配慮だった。
「その通り。科学忍者隊に女性が1人いる事は、長官も知っておられる」
「露天風呂か…。悪くないのう。おら、ゆっくり浸かって水虫を治したいんじゃ」
「おめぇ、水虫持ちかよ?気持ち悪ぃな」
ジョーが顔を顰(しか)めた。
「休暇は今日からだ。ゆっくりして来るがいい」
「ラジャー」
「レジャー」
甚平だけがふざけてそう答えた。

ユートランド市内にあるホテルは、確かに豪華なホテルだが、中にいる人々は気取った服装などしておらず、リラックスムードに溢れていた。
中に入ると華麗なシャンデリアがいきなり5人を迎え、少し萎縮するような気持ちになった。
「とにかくチェックインして、各自の部屋へ行こう」
健が言って、各自チェックインを済ませた。
荷物はこれと言ってない。
着替えと水着を持って来たぐらいだ。
同じユートランドだから、何も持たずにやって来た。
5人は各自の部屋に一旦入った後、健の部屋に集合した。
「何だか落ち着かねぇな」
ジョーがみんなの気持ちを代弁していた。
ホスピタリティーがしっかりしたホテルで、従業員のサービスも完璧だ。
部屋のシステムを丁寧に教えて行った。
室内にはバス・トイレもあるが、何と言ってもベランダに位置する露天風呂が魅力だった。
そして、とても柔らかそうなベッド。
甚平などはもうベッドに飛び乗って一頻り楽しんで来たようだ。
「ベッドが凄く柔らかくて、寝心地抜群だよ!」
「まあ!甚平ったら。トランポリンの代わりにしたら駄目よ」
ジュンが窘めるが、どうやら既にやったらしく、甚平は舌を出していた。
持ち帰り可能のバスタオルやハンドタオル、歯ブラシなどのサービスも充実していた。
そして、手触りの良いバスローブも用意されていたし、高級な浴衣もあった。
ジュンの部屋には女性用の浴衣が、甚平の部屋には子供用の浴衣が、竜の部屋には大きいサイズの浴衣があると言う念の入れようだ。
「ジョー、浴衣の着方は知っとるのかいのう?」
「知らねぇが何とかなるだろうよ」
「おらが教えてやるわい」
「ジョー、こうやって着るんだ」
健が自分の浴衣を出して、いつもの服の上から着て見せた。
「ほう〜。意外と似合うじゃねぇか」
ジョーはそう言えば健は純粋日本人だったな、と思った。
しかし、ユートランドにこんなホテルがあるとは知らなかった。
寝る時は浴衣を着るのか……。
まるで日本の旅館のようだ。
「夕食は上のレストランで摂るらしいから、間違っても浴衣で来るなよ」
ジョーが言った。
「浴衣で来る奴もいるかもしれないじゃん」
と甚平。
「それでもだ。一応はTPOを弁えろ、と言っているんだ」
「解ったよ」
「まあ、こう言ったホテルにはジョーが一番慣れているだろうからな。
 ジョーが言った通りにしていれば、間違いはないさ」
健が言った。
ジョーはレースで遠征する時に、ホテルに泊まる事があった。
今はギャラクターとの闘いが始まったので、そう言った事はなかなかしていられないが、以前はそう言う事もあったのだ。
科学忍者隊として本格的に訓練が始まった時点で、遠征はやめた。
ジョーにもそう言った分別はあったのである。

夕食はそれはそれは豪華な物だった。
日本料理とフランス料理を選べるようになっていて、5人はフランス料理のコースを選んだ。
ジョーが日本料理を苦手としたからである。
彼は生物が得意ではなかった。
刺身など出されてはお手上げなのだ。
フランス料理のフルコースは、前菜から始まって、最後のデザートに至るまで、5人を満足させるものだった。
甚平と竜は少しずつ出て来るスタイルに少しイライラしたらしいが、ジョーがテーブルの下で足を蹴ってその様子を窘めていた。
「おら、まだ食べられたぞい」
「おいらも!」
レストランを出た2人はそう言った。
「足りなかったのなら後でルームサービスでも取るんだな」
ジョーは呆れながら、突き放すように言った。
「さあ、これで解散だ。各自露天風呂を楽しもうぜ」
健が言ってお開きになった。
ジョーは部屋に戻って、露天風呂に洗い場がない事を知ると、沈思黙考して、まずは部屋のバスを使って、シャワーを浴びる事にした。
彼は普段から浴槽に浸かる習慣がないのだが、露天風呂には少し興味があった。
シャワーを浴びて、身体を隅々まで丁寧に洗ってから、タオルを巻いて、ベランダ側にある露天風呂に移動した。
外からは当然見えないようになっているが、景色がいい事に気づいた。
街中に建つホテルなので、夜景が美しいのだ。
宝石を散りばめたかのように、街の灯が光り輝いている。
その様はとても美しかった。
普段は森の中やサーキットに泊まる事が多いジョーにとっては、新鮮な光景だった。
「ふ〜ん、街の光ってのも、こうやって見ると美しいものだな」
露天風呂に足を入れてみる。
熱いが、彼は熱めのシャワーを好むぐらいなので、大丈夫だった。
温泉は源泉掛け流しで、少し黒ずんでいた。
効能としては疲労回復が挙げられるらしい。
身体に温かさが染み渡る。
「ほう、温泉って言うのは意外と乙なものだな」
ジョーは全身を露天風呂に入れ、肩まで浸かった。
気持ちがいい。
温泉に入ってみて、初めて自分がギャラクターとの闘いで疲れているのだと言う事を実感した。
「俺は疲れていたんだな……」
意外に感じていた。
いつも、寝れば元に戻っているつもりだったからだ。
「こいつはいい休暇になりそうだ」
アンダーソン長官の気遣いが有難かった。
身体を伸ばして、存分に露天風呂を楽しんだ。
「もう1泊出来るなんて、何て贅沢な休暇なんだ。
 願わくば南部博士も招待してやって欲しかった処だな」
ジョーは今日も忙しく立ち働いているに違いない南部博士の事を思った。




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