『物憂げな朝』

コンドルのジョーは過酷な任務で左肩に手傷を負っていた。
傷を負ったのは一般市民を守る為だった。
何針か縫う程の傷だったが、入院する必要はなく、治療後は暫く自宅で静養するように指示を受けていた。
夜半トレーラーハウスに戻ったジョーは、背の高い彼には少々狭いベッドで惰眠を貪っていたが、小鳥の鳴き声で浅い眠りを遮られた。
明るい光が差し込んでいる。
ジョーは起き上がろうとして痛みに顔を顰(しか)めた。
(ちっ、まだ痛みやがるぜ…。このままじゃレースにも出られねぇ。
 任務にだって支障を来たしちまう)
ジョーは苛(いら)ついていた。
長身で痩せているが逞しい筋肉を身に纏うその上半身裸の身体には痛々しく包帯が巻かれていた。
食事を摂る気にもならない。
何とも物憂い目覚めだった。
南部博士からはスクランブルが掛からない限りは大人しくしているように、と命じられており、三日月基地へも来る必要はないと言われていた。
(くそぅ。この俺がこんな傷ぐらいで…)
ジョーは包帯を外したい衝動に駆られ、包帯に手を掛けたが、今は確かに治療に専念する事の方が大事だと言う事実に気付いて、その手を止めた。

「ジョー、起きてるか?入ってもいいか?」
外からノックの音と共に聞き慣れた声が聞こえて来た。
「ああ、開いてるぜ」
ジョーはぶっきらぼうに答えて、ベッドから降りた。
「つっ!」
つい呻き声が出てしまった。
健が入って来る。
「傷はどうだ?まだ痛むだろう?」
「まあな。だが何て事ないさ。すぐに良くなる。その為に鍛えているんだからな」
健は眉を顰(ひそ)めた。
「まだ無理はするなよ。傷が開いたりしたら大変だ。
 お前が思っているより深手だったんだぞ」
「解ってるさ。任務やレースに支障が出るような事にならないように自重するさ」
「ジョーにしちゃあ、上出来だな」
健は笑った。
「悪かったな。どうせ俺は捻くれた男だからよ。おめぇのように真っ直ぐに育ってねぇのさ」
ジョーは湯を沸かそうとポットに手を伸ばした。
「俺がやるよ」
健は言ったが、ジョーは軽く手を振り、
「この程度の事が出来ねぇような重傷じゃねえよ」
と断った。
「コーヒーでいいか?」
「ああ」
健は短く答えて、ジョーが先程まで仰臥していたベッドの端に座った。

目覚めた時は物憂い朝だったが、健の訪問で少し気が晴れていた。
「たまにはゆっくり身体を休めておけよ。いつ召集が掛かるか解らんからな」
健はジョーが丁寧に淹れたコーヒーを旨そうにゆっくりと1口味わってから言った。
「まあ、これじゃあサーキットにも出られねぇからな。全く退屈だぜ」
「そう言うかと思ってさ。みんなからの差し入れだ」
健が差し出したのは、レーシングカーのカタログだった。
どっさりあるが、どれもジョーには目新しい物ではなかった。
(こいつらどこからこんなに集めて来やがった?)
ジョーは苦笑しながら受け取った。
「気遣いは有難く受け取っとくよ」
焚き火をするような季節ではないが、薪の代わりぐらいにはなるだろう。
ジョーにはそんな使い方しか思い浮かばなかった。

その時、ブレスレットにスクランブルが掛かった。
「こちらG−1号どうぞ」
「こちらG−2号どうぞ」
それぞれが応答する。
『アメリス国にギャラクターの鉄獣メカが出現した。科学忍者隊の諸君はすぐに出動してくれたまえ』
南部博士の渋い声が聞こえて来た。
『ジョーは決して無茶をするな。いいな!』
「ラジャー!」
ジョーは急いでTシャツを着た。
「朝飯、喰ってなかったぜ…」
急に空腹を覚えたが、そんな暇は無い。
トレーラーハウスの隣に置いてあるG−2号機に華麗な動作で乗り込む。
肩に激痛が走ったが、すぐに忘れた。
「健、G−1号機は?」
「基地に置いてある。竜に頼むさ」
「じゃあ、乗れよ」
ジョーは親指でナビゲートシートを示した。
G−2号機は変身前なら、ナビゲートシートがあるのだ。
健はブレスレットに向かって竜に呼び掛けた。
「竜!聞こえるか?G−1号機を搭載して、ジョーのトレーラーハウスの近くで拾ってくれるか?」
『ラジャー!』
竜の明快な声が返って来る。
2人は竜に拾って貰うべく、平地へと出て行った。
健はG−2号から降りた。
ジョーがバードスタイルに変身すると共にG−2号機も1人乗りのマシンに変化した。

こうしてコンドルのジョーは物憂げな朝からあっと言う間に慌しい闘いの渦中へと引き込まれて行くのであった。
特別な事ではない。
これが彼の日常なのだ。




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