『生命(いのち)』

気が付いたら病院のベッドの上だった。
仕切りの向こうで医者が電話をしていた。
話の内容からして電話の相手は南部博士だ。
「かなりの重症です」
と言っている。
古い傷だが弾丸(たま)の破片が脳に残っているだと?
それが致命的だと?!
その後の言葉が俺の頭から離れなくなった。
『お気の毒ですが、今の彼の症状から見て、1週間、或いは良くて10日持てばいい方かと……』
俺は反射的にベッドから抜け出し、窓から飛び降りた。
それから街の中をゆらゆらと歩き続けた。
仔犬を助けた時か?
それとももっと遡って女隊員に爆弾でやられた時か?
アランの教会でギャラクターに撃たれた時か?
どちらにせよ、俺はもう生きられねぇって事だ。
俺の生命がそんなに残り少ないだなんて、思ってもみなかったぜ。
夜の街を彷徨い歩く。
『1週間、或いは良くて10日持てばいい方かと……』
その言葉が頭の中をぐるぐると回っている。
俺は死ぬのか。そんなに早く。
ギャラクターと闘って死ぬ事なら、とっくに覚悟はしていたが、病気で死ぬ事については、ちゃんとした覚悟は出来ていなかった。
日に日に症状が悪くなって行くのは解っていたが、それでも最終決戦が近づいている事だし、ギャラクターを斃したら、それから治療を受ければいい、と思っていた。
死ぬ程の事はねぇだろうと……。
俺は甘かったぜ。
だが、此処で余命宣告を受けた事は良かったのかもしれねぇ。
残りの生命を無駄に遣う事がなくなった訳だ。
確かにショックだが、どうせギャラクターに復讐する事と引き換えに、自分に死が訪れても構わねぇって覚悟していたじゃねぇか。
こんな事で弱気になる事はねぇ。
俺はこの生命と引き換えにギャラクターを斃してやるんだ。
カッツェが言っていた『クロスカラコルム』と言う地名。
あれはきっと、重要な拠点の筈だ。
ヒマラヤとの境にあるその地域に、何かありそうな気がする。
俺はこの生命を無駄にしねぇ為に、敵地に乗り込む。
この1週間以内には決行するつもりだ。
出来るだけ早い方がいい。
これからどんどん体調が悪化して行くに違いねぇからな。
自分の生命の限界を聞けた事は悪くはなかった。
俺はその事を生きるエネルギーにするんだ。
ギャラクターに復讐をする為に生きて来た。
この生命、その為に捨てるつもりだったのだ。
病気なんかで潰えるよりは、ずっといい。
俺は闘いの中で死を迎えるんだ。
俺らしい死に方をしてやろうじゃねぇか。
余命宣告を受けて後ろ向きになっている時間なんて、俺にはねぇのさ。
残りの生命をどう生きるか。
俺の生き様はそれで決まる。
俺にはギャラクターと刺し違える事以外に考えられる生き様はねぇ。
クロスカラコルムはきっとこれまでより大掛かりな基地だ。
俺はその基地を潰して華々しく死んでやる。
ギャラクターには大きな損害が出る事だろう。
科学忍者隊のみんなに大きな置き土産が出来るぜ。
行くタイミングはまだ決めていねぇが、恐らくは近い内に南部博士から呼び出しが入るだろう。
今は心の整理をしている途中だから、ブレスレットの通信は切ってある。
だが、明日になれば俺は通信装置を入れる。
いつ出動が掛かってもいいようにな。
南部博士は今頃必死に俺に呼び掛けているに違いねぇ。
俺の余命を一番知られたくない人物に知られてしまった。
悔いが残るが、俺にはどうしようもなかった。
多分呼び出されたら出動を禁止されるだろう。
俺には解っている。
それでも、みんなの顔を見ておきてぇから、俺は出動の呼び出しになら応じるつもりだ。
きっと今頃博士も俺を呼び出すのを諦めている頃だ。
明日の朝になったら、ブレスレットのスイッチを入れよう。
そう決めていた。
それにしても、やはり俺の心が受けた衝撃は強い。
ギャラクターを斃したら、レースに打ち込もうと思っていたが、俺にはもう未来がねぇ。
ギャラクターと刺し違えるつもりだった筈なのに、未来を考えていたとは、我ながら矛盾していると思うが、それは自分の中では両立していたのだ。
世界に羽ばたくレーサーになるつもりだった。
それももう果たせねぇな……。
果たせねぇ夢をいつまでも思っていても仕方がねぇ。
きっぱりと諦めるさ。
俺はもう死ぬんだ。
それならば、この生命を散らすのに相応しい場所で死んでやる。
それがクロスカラコルムだ。
俺が生きた証を刻み込んでやるぜ。
俺はギャラクターに復讐する為にこれまで生きて来たんだ!
その生き様を今更否定は出来ねぇのさ。
誰にもな……。
俺には俺の矜持がある。
立派な死に様を見せてやるぜ。
俺は、自分にそう言い聞かせた。
俺にだって、迫り来る死への恐怖はあるんだ。
それを押し殺そうとしている。
俺はそんなにメンタルが弱い人間じゃあねぇ筈だ。
だが、心が揺れ動く。
ギャラクターへの復讐の二文字を考えていねぇと、死への恐怖が溢れて来るんだ。
俺もただの18歳だな。
この若さで死ななきゃならねぇって言うのは、ちょっと無常を感じるが、仕方のねぇ事さ。
どうせ早く受診したとしても、助からなかったんだ。
死期を悟るのが少し早くなっただけさ。
それに、南部博士に知られて任務から外されただろうしな。
後悔する事はねぇ。
これで良かったんだ。
俺は俺のまま残りの生命を生きる。
それだけじゃねぇか。
闘いの中で死んで行く。
それだけが望みだ。
ベッドに縛り付けられて朽ちて行くだなんてとんでもねぇ。
俺はもう覚悟を決めたぜ。
迷う事なく、ギャラクターに突っ込んで行くだけだぜ。
それが俺の生き方だ。
健達はきっと水臭ぇ、って俺を非難するかもしれねぇが、仕方がねぇんだ、許してくれ。
俺の生き方を貫き通す為には、どうしてもおめぇ達には話す事は出来ねぇ。
俺の身体を心配してくれた健の気持ちは有難ぇ。
だがよ、俺から闘いを取ったら、もう何も残らねぇのさ。
それが俺の人生だ。
もう残り少ねぇ生命を自分の為に使い果たす。
それだけの事なのさ。
いつか解ってくれる時も来るだろうぜ。
いや、解って貰えなくても構わねぇ。
俺はそんな事を望んでいる訳じゃねぇんだ。
ただ、あいつらはいい仲間だった。
出動が掛かったら、それが最後の別れになるだろうな。
それは覚悟しておきてぇと思っている。
有難うよ、みんな。
おめぇ達と組めて幸せだったと思う。
また生まれ変わる事があったら、おめぇ達と仲間になりてぇ。
俺の柄じゃねぇかもしれねぇが、本気でそう思える仲間に出逢えた事は、俺の短い人生の中では大きい事だったぜ。
それについては南部博士にも感謝しねぇと行けねぇな。
そもそも南部博士が俺をBC島から救い出してくれなかったら、今の俺はねぇしな。
科学忍者隊に入る事が出来て、俺は生き生きと闘える場を与えて貰った。
その事は俺にとってはとても重要な出来事だったさ。
あの時、爆弾で死んでいたら、と思うと、俺のこの10年はおまけみたいな物だったのかもしれねぇな。
そう思うと、死ぬ事なんて怖くねぇ。
当然の事なのさ。
誰だっていつかは死ぬんだ。
俺の場合はそれがちょっと早くなっただけだ。
折角救われた生命を大事に生きてやるぜ。
ギャラクターを斃す為に使えるのなら、こんなに有難ぇ事はねぇ。
俺の悲願が達成される時が近づいているのさ。
願わくばクロスカラコルムが本部に近い機能を持つ基地だといいんだがな。
本当なら本部であって欲しいと思っているのは確かだが、さすがにそれはねぇだろう。
俺はギャラクターの大掛かりな基地と心中して、健達を少しでも楽にしてやると共に、華々しく散ってやるのさ。
それでいい。悔しいが、それでいい。
それ以上、俺に一体何が出来るって言うんだ?
俺には時間が残されてはいねぇ。
だからこそ、今出来る全ての事をやって、悔いのないように生きてぇのさ。
俺が俺である為には、それしか道がねぇ。
真摯に自分の運命に従う事に決めたんだ。
そう、これは俺の運命。
既に決められたレールの上で俺はただ踊っていた。
だがよ。それだけでは終わるめぇ。
俺は自分で自分の道を切り拓いてやる。
この生命、無駄にしてなるものか。
そろそろ夜が明けるな。
俺はついに最期の日を迎えたのかもしれねぇ。
朝日を見るのはこれが最後かもなぁ。
綺麗だぜ……。
これが最後だと思って見ると、いつもと違って見えるんだな。
初めて気付いたぜ。
おっと、ブレスレットのスイッチを入れておこう。
いつ出動命令が出てもいいようにな。
スイッチを入れた途端に南部博士からの呼び出しが入った。
俺1人への呼び出しなら応じねぇつもりだった。
だが、それは『科学忍者隊』への緊急招集命令だった。
「G−2号、ラジャー」
俺は急いで、サーキットへと走った。
幸い俺はサーキットの近くまで来ていた。
早速頭痛と眩暈に襲われたが、そんな事は言っていられない。
レーシングカーを回収して、博士の別荘に向かうんだ。
別荘に着いてから、ほんの少しの時間だけ、G−2号機と対面した。
最期の別れを言っておきたかった。
G−2号機は黙って俺の事を見送ってくれた。
本当は言いたい事もあっただろうが、奴には言葉がねぇからな。
でも、俺には充分に伝わっているぜ。
「おめぇは、俺の代わりにゴッドフェニックスに載って行ってくれよな」
俺はそう言い残すと、G−2号機のコックピットを出て、博士の司令室へと向かった。
司令室では案の定、宣告があった。
「ジョーは残れ!」
南部博士に余命を知られた以上、覚悟はしていた事だった。
「俺は行くぜ!」
と答えたが、許される筈もなかった。
俺はみんなとの別れの時が来た、と悟った。
今こそクロスカラコルムへ出奔する時だと。
健にG−2号機を託した。
科学忍者隊のみんなに俺が出来る事はもうそれしかねぇ。
みんな、すまねぇな。
俺はクロスカラコルムの話を誰にもせずに1人で逝く。
これが俺の最後の闘いさ。
自分との闘いでもある。
やれるだけの事はやって見せるさ。
とにかく無駄死にだけはしねぇから、見ておけよ。
おめぇらにも南部博士にも、何も別れは告げられなかった。
それでいい。
別れなんか言えるものか。
俺は単身ギャラクターの基地に飛び込んで死んで行くんだ。
それが今の俺にはお似合いさ。
最後の落とし前を着けてやる。
待っていろ、ギャラクター。
俺は中途半端な事はしねぇぜ。
志半ばで折れる事がねぇように、しっかり闘うつもりだ。
俺が生きた証としてな。
覚悟しておけ。
きっとやって見せる。
……親父、お袋。
俺は本懐を遂げて、そっちの世界に逝くぜ。
地獄が待っている事は解っている。
俺は敵とは言え、多くの生命を奪って来たからな。
それでも構わねぇ。
俺を待っていてくれるか?
もう少しだけ待っていてくれ。
もう少しだけ、俺は悪足掻きをしてぇんだ。
俺の魂が満足したら、きっとそっちに行くぜ。
さあ、行こう!最後の闘いへ!!

※この話は、103話で余命宣告を受けた後のジョーの心理を描いた2015年の命日フィクです。




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