『スカウト』

「ジョー、済まないが少し残ってくれたまえ」
任務を終えて、解散となった時にジョーは南部博士に呼び止められた。
じゃあな、と健達に手で合図をして、ジョーは博士の席に歩み寄る。
此処は南部博士の別荘である。
三日月珊瑚礁の基地がギャラクターに破壊されて以来、科学忍者隊はまた拠点を此処に戻している。
「今からどこかに出掛けるんですか?」
「いや、そう言う訳ではないのだが…。君に逢いたいと言う人が訪ねて来ている」
「まさか…国連軍のレニック中佐では?」
南部はジョーの勘の良さに眼を瞠(みは)った。
「良く解ったね。まさにその通りだが…」
「やはり…。戻って来た時に車を見掛けましたのでね。それで一体俺に何を?」
「私が突っぱねてしまっても良かったのだが、彼は君の射撃の腕に痛く惚れ込んでいるのだ」
「で?まさか俺を国連軍に引き抜こうとでも?」
冗談じゃない、と言下に匂わせてジョーは答えた。
「君に国連軍選抜射撃部隊の訓練を手伝って欲しいと言うのだ。
 レニック中佐は君が科学忍者隊である事を知らない。
 私の私設護衛部隊の人間だと思っているからこそ、返答に困ってしまうのだ…」
「へぇ…、博士でも困る事があるんですね」
ジョーは鼻の下を親指で掻きながら答えた。
知らず知らずの内に父親の癖が移っていたのだが、それは彼の知る処ではない。
「解りました。俺がきっぱりと断りますよ。博士には立場と言うもんがあるでしょうから」
「君が進んで訓練を手伝いたいと言うのであれば、私に異存はない。
 但し出動があればそれを最優先して貰うと言う条件付きで、良ければの話だ」
「いや、博士、軍隊なんてもう御免蒙りますよ」
ジョーは手を振った。
「どこに行けばいいんですか?どこかで待っているんでしょう?」
「私が呼べばすぐに此処にやって来る」
南部が内線電話を取って、小声で話をすると、1分もしない内にレニック中佐が入って来た。
「おお、ジョー!久し振りだな。元気そうじゃないか?」
肩を叩き、軽く抱き締めるような仕草をして来たので、ジョーはパッと身を引いた。
その身の引き方が忍者を思わせる動きだった。
(しまった、つい…)
「博士の護衛の実務に就いて、また身のこなしが一段と鋭くなったようだね」
レニックがシニカルに笑った。
彼は挨拶のつもりだったのだが、ジョーの行動を特別気に留める風もない。
元々、国連軍にて射撃の特別訓練を行なった時から、彼らの身のこなしが只者ではない事は見抜いていた。
「今度は君に我々の新入りを扱(しご)いて貰おうと思ったんだが…。
 どうやら君の任務も煩雑になって来ているようだね。
 南部君、邪魔をしたね。これで失敬するよ」
レニックは軍隊式の敬礼をして、去って行った。
「何なんです?アレは…」
ジョーはレニックの足音が充分に遠去かってから、博士に振り返って訊いた。
「どうやら、君の正体を見破ったようだね…」
南部が苦笑いをした。
「すみません、迂闊でした。身体が勝手に動いちまって…」
「まあ、気にせんでくれたまえ。彼は君の正体を知った処で自分の心に閉まっておく人だ」
「そう言えば、あの人は博士の先輩なんですか?あの不遜な態度…」
「ケンブリッジ大学に居た時、ショートステイさせて貰っていた家で知り合ってね。
 あれでも弟のように私を可愛がってくれたのだ。
 元々君達の事を私の私設護衛部隊だとは思っていなかったのかもしれん。
 それを今日確信したのだろう。だから自ら引き下がったのに違いない。
 君の事を喉から手が出る程欲しがっていたのは私も人伝手に聞いていたのだがね」
「ほぉ〜……」
ジョーは他人事のように相槌を打った。
「君には射撃よりもレースの方が魅力的なのだろう。
 私にはそれが解っていたので、断ろうとは思っていたのだが…。
 余計な手間を掛けた。……食事でもして行くかね?」
南部が相好を崩して、昔、幼いジョーを引き取った頃の顔を垣間見せた。
「いえ…。健達が何故俺だけが呼ばれたか気にしてるでしょうから、『スナックジュン』に寄って帰ります」
「そうかね?」
「博士は?今夜は此処に留まるのですか?ISOに行くのなら送って行きますよ」
「いや、調べ物があるので帰ってくれて構わない」
南部博士は立ち上がると自分の居室へと立ち去って行った。




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