『暗い花畑』

お花畑で膝を抱えて座り込み、自らの掌をじっと見つめているジョーの後姿は、彼に仲間意識以上のものを持っていないジュンでさえ、背中から抱き締めて上げたいと思う程、普段の彼が醸し出す強いオーラが消え去り、弱々しささえ感じさせた。
ジョーの方がジュンよりも2つ年上だが、あの時の彼は母性本能を擽らせる何かを抱え持っていた。
(健と海底1万メートルに潜ったあの任務の後、BC島に行って重傷を負って帰って来たジョー…。
 あの辺りから彼は何か変だったのよ)
みんなが心配してるのよ、と話し掛けるとジョーは疲れているから1人にしてくれないか、と言った。
今思えばあの時、既に身体に異変があったのね……。
私が感じていた違和感が悪い方向の物だったと言う事がその後の任務で判明した。
もしあの時彼にメディカルチェックを受けさせる事が出来ていればどうなったのかしら?
脳にあった傷と言うのがあの仔犬を助けた時に脳に受けた爆弾の破片が原因だったとしたら、どちらにしてもジョーは助からなかったのかもしれない。
それでもあんなに辛い思いをしなくても済んだのではないかしら?
でも、こうも思うの。
あなたが病院のベッドで大人しく寝ている筈がないって事。
自分に死が迫っている事が解ったら、きっとじっとなんかしていられないわね。
ギャラクターへの復讐を誓って来たジョーはそれだけを生きる糧にしていた。
自分の呪われた出生を彼はギャラクターを憎む事で負い目にならないようにエネルギーとして変えていた。
私、あなたの気持ちが痛い程解るもの。
健の憎しみとはまた別の次元であなたが苦しんでいた事を。
ギャラクターの子だったと知った時から、ジョーは以前のように笑顔を見せてくれる事が殆ど無くなったわ。
病魔だけではなく、あなたには苦しみが多い今生だったのね……。

ジュンは今にも降って来そうな夕焼けが空を染める時間にあの花畑を訪れた。
手を伸ばせば夕焼けに届きそうな気がする。
ジョーが座っていた場所に同じポーズで座ってみた。
(あの時のジョーは、自分の身体の変調に悩んでいたのかもしれないわね。
 私達では力にはなれなかったのかしら?
 あなたは科学忍者隊から外される事を恐れていたのでしょ?
 最後の闘いに近づくに連れ、私達があなたをフォロー出来るだけの余裕がなかったものね…)
ジュンは手近にあるオレンジ色の花を摘んだ。
小さな花束に纏めてジョーの墓に備えて上げようと思った。
(この場所はあなたにとって思い出したくない場所?いいえ、違うわよね?
 1人になりたい時にいつでも来れる安らぎの場だったのでしょ?)
ジュンは暫く花を摘む事に専念した。
(健から聞いたわ…。あなたが放った羽根手裏剣が地球を救ったのですって…)
それを知って逝けたのならジョーも少しは浮かばれただろう、と思う。
しかし、彼は知らずに逝った。
(ジョー、あなたは凄い人よ。この緑はあなたが私達へプレゼントしてくれたものなのよ!)
夕闇が迫って来ていた。
ジョーは暗闇になるまでこの花畑に佇んでいた。
ジュンも同じように日が暮れるのを待ってみる。

「ジュン、やっぱり此処だったか…」
声に振り向くと健が立っていた。
「ジョーは昔からこの場所がお気に入りだったからな…」
さり気なく私の隣に座る。
「此処に来るとジョーと逢えるような気がするから不思議だ」
健はそのまま横に寝転んだ。
「ジョーって、クールなようで居て優しい処も沢山見せてくれたわね。
 何だかこの場所が似合っているように思えて来るから不思議だわ」
「全くだ……。花になんて縁がなさそうだが、あいつ柄にもなく子供の頃から花を育てていたんだぜ。
 気のせいか故郷を思わせる花が多かったような気がするな」
健は夕焼けが消えて行く様をじっと見つめていた。
その瞳はジョーの幻影を追い掛けているように私には見えた。
(健…。あなたはずっとジョーと一緒だったわ…。
 最後のコマンドもあなたにとってはどれだけ辛いものだったか…。
 ジョーの遺品が出て来た事で、あなたは立ち直ったのね。
 私もそろそろ卒業しなければ……。
 ジョー、あなたの事を忘れるのではなく、あなたの死を乗り越えて生きて行く為に…)
ジュンはジョーの温もりを確かめるかのように草に手を付いた。
「ジョーはいつだって私達の傍に居るのよね?」
口に出して言ってみた。
「そうだ。俺はジョーに助けられた。魂が遠くに行っても、あいつは俺達と常に一緒だ」
「私達が年老いて死ぬまで?」
「ああ…。多分そうだろう。俺達の、みんなの幸せを見届けるまではな」
健が私の腰に腕を回した。
「帰ろう。風邪を引くぜ」
「この花をジョーの墓前に供えてから…」
ジュンは健に頷いて見せるとそう呟いた。


※この話は086『G−2号との旅から帰還して…』の続きの話となります。




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