『頼りになる存在』

ジョーはサーキット場で1位でチェッカーフラッグを通過した。
今日も爽快な走りだった。
表彰も終わり、快い緊張感から解放されてサーキット仲間と談笑している時にブレスレットに通信が入った。
「こちらG-2号!」
いつものように仲間達に片手拝みで謝って、駆け足でその場を離れ乍ら応答する。
『ジョーの兄貴!助けてくれよー』
「甚平?どうした?!」
只ならぬ様子にジョーはG-2号機へと走り始める。
『お姉ちゃんが熱を出して倒れちゃったんだ…』
「おい、南部博士には連絡したのか?」
ジョーは車に乗り込む手前で立ち止まった。
『したよ。そしたら兄貴かジョーに頼んで別荘まで連れて来なさい、って』
「で?健はどうした?」
『航空便配達のバイト中だって。ツケを払って貰えるなら、と思ってジョーに連絡したんだ』
「ジュンにとっては健が行った方がどれだけ心強いだろうによ…。
 まあいい。すぐにそっちに向かうから心配するな。熱の他に症状はねぇのか?」
ジョーはG-2号機に乗り込んでエンジンを掛けた。
『熱だけみたいだよ。凄く汗を搔いてる』
「汗をマメに拭いてやれ。後は氷を砕いて氷枕を作って頭を冷やすんだ。
 出来るのなら脇の下も冷やしてやるといい」
『解った。ジョー、お願いだから急いで来てよ!』
「ああ、もう既に出発している。『CLOSED』の看板を出しておく事を忘れるな」
ジョーには子供らしくおろおろしている甚平が微笑ましかった。

『スナックジュン』に着くと、ジュンはカウンターの中に倒れていた。
甚平がジョーの指示通りに氷枕で頭を冷やしていた。
「ジョー!」
心からホッとした様子で甚平が振り返った。
「お姉ちゃんが倒れるなんて、今までに1度もなかったから、おいらどうしたらいいか解んなくて…。
 ジョーの兄貴が来てくれて心強いよ。
 正直言ってこんな時は兄貴よりジョーの方が頼りになるからね」
「おいおい…」
ジョーは言い乍ら狭いカウンターの中に入った。
ジュンの脈を取り、呼吸の状態を見る。
「脈が早くて呼吸が少し荒いな。熱はそれ程高くはねぇ。38度前後って処だろうぜ」
ジョーはそう言うとジュンを抱き上げ、軽々とカウンターを飛び越えた。
「甚平、氷枕を持って着いて来な」
「ラジャー!」
カウンターの下を潜(くぐ)って甚平も出て来た。
ジョーはG-2号機のナビゲートシートを倒し、そこにジュンを寝かせた。
「甚平は後部座席に座って、氷枕がずれないようにしてやってくれ。急ぐぞ!」
「うん!」
甚平が百の味方が着いたような表情になって答えた。

ジュンの発熱は、風邪の初期症状だった。
甚平によると、『スナックジュン』の客の中に酷い風邪を引いていた人物がいたと言う。
「甚平、お前も気をつけろ。ウイルスを貰ってねぇとは限らないぜ」
「うん…。有難う、ジョー。本当はレースで優勝して祝勝会をする処だったんだろ?」
「あ?」
甚平は後部座席にあったトロフィーを眼にしていたのだ。
「いいって事よ。ジュンが寝込んだら、お前も困るし、俺達だって困るんだからな」
「大した事がなくて良かったよ…」
甚平が溜息をついた。
「じゃあな。俺が年頃の娘の枕元にいつまでも居るのはマズイだろ。健は別だがな…」
ジョーはそう言うと立ち上がった。
「健が来たら、2人にしてやれよ」
甚平の頭に優しく手をやるとジョーは小声で呟いた。
「解ってるって!本当にジョーの兄貴が来てくれて助かったよ。
 こう言う時に頼り甲斐があるのはやっぱりジョーだね」
謝辞を述べる甚平が健気だった。

ジュンが寝かされている部屋を出ると、丁度南部が歩いて来るのに出くわした。
「ジョー、ご苦労だったな」
「いえ。ただの風邪で良かったですよ」
「うむ。インフルエンザの検査の結果が出たが、陰性だった。心配は要らない」
「俺はこれで帰ります。16歳のお年頃のお嬢さんの枕元に俺が居るのは良くないでしょうから」
ジョーは笑いを含んだ声で言った。
「一応、ジュンも女の子ですからね」
「甚平への指示は的確だった。症状を事前に連絡してくれたのも役に立ったよ。
 緊急を要するものではないと解ったからね」
「それは役に立てて良かった…。じゃあ、俺はこれで」
「今日もレースに優勝したそうだな。……おめでとう」
擦れ違いざま、南部が珍しい事を口にした。
甚平から聞いたのだろう。
驚いて振り返ったジョーに背中を向けたまま、南部はジュンの病室へと入って行った。
(博士…。無関心なようでいて、普段の俺達の事も気に掛けていてくれるんですね…)
その背中に無言で声を掛けて、ジョーは踵(きびす)を返した。




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